リジュの聖テレーズ(幼きイエズスの聖テレジア)

1873-1897

リジュの聖テレーズは、シエナのカタリナ、アビラの聖女テレサとともに、女性としては

ただ3人の教会博士に数えられます。



 





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テレーズ16歳の時の写真



 


「ミサの前に読む聖人伝」C.バリョヌェボ著 中央出版社 より引用


テレジアは、明治6年、フランスの西北で生まれました。父は時計技師、母はレースで有名な町でレース編みを

する婦人でした。両親とも修道生活を望みましたが、入会できず結婚し、9人の子どもに恵まれました。司祭に

なる子どもが与えられることを望みましたが、5人の娘だけが成長しました。テレジアはその末娘でした。両親は

真面目に働き、彼女が生まれた時には蓄えもでき、裕福な生活でした。家族の人びとは信仰と愛徳にすぐれ、

まれに見る温かい家族で、自尊心の強い頑固なテレジアを甘やかすことなく、正しく育てました。母親は彼女が

4歳の時他界し、姉たちに育てられました。2人の姉はカルメル会に入会し、テレジアも小さい時から同じ道を歩

もうと望んでいました。15歳にならないうちに、入会したいと教皇に願い出ましたが許されず、15歳になって、

やっと姉たちと同じカルメル会に入ることができました。



修道生活は、わずか9年ちょっとでしたが、この期間、21人以下の小さなグループの中で、外面的には隠れた

生活を行ないました。食堂の掃除や準備、香部屋係、また修練女の教育の手伝いなど、地味な生活でした。

しかし、テレジアは、何々をすることよりも、どのような心をもって毎日の生活を行なうかが大切であるということ

を見せました。テレジアは、そのあらゆることを、神に対する熱心な愛をもって行ないました。彼女が言うように、

「宣教師になりたいし、殉教者にもなりたいし、教会で博士のような仕事もしたい。これを同時にすることはでき

ないということがわかりました。だから、そのいろいろな活動をする教会の神秘体の中で、自分の居場所を見つ

けました。それは教会の心、その活動の泉である愛の場所であったことがわかりました」。



神を愛することによって、宣教師たち、特に司祭の力になるということが彼女の使命でした。テレジアが言って

いるように、カルメル会に入った目的は、罪人を救うことと、司祭のために祈るということでした。それは小さな

行いによって実行されました。彼女は、強いデリケートな感受性をおさえ、気の合わないシスターに好きである

と思わせるほど近づいたり、祈りの最中にうるさく音をたてるシスターにも我慢したり、洗濯の時にきたない水を

かけるシスターにも文句を言わず、感情をおさえました。また、寝られないほどの夜の寒さにも耐えました。こう

したことは死の前まで、だれにも言いませんでした。



テレジアのすばらしい愛の秘訣は、神に対する絶対的信頼でした。神は自分の父であり、『母親が自分の子ども

を慰めるように、私はあなた方を慰める』(イザヤ66・13)という聖書のことばは、テレジアの心を貫いて、自分に

おちどがあっても失望するどころか、神の慈悲に信頼して、新しい力をもって歩むための励ましとなりました。そ

れを、テレジアの「小さな道」、または「霊的幼児の道」と名づけました。こうしてこの道を歩みはじめ、8年で完徳

に達したのでしょうか、テレジアは聖木曜日の夜、かっ血しました。そうした中で彼女は、神はいない、永遠の

幸福もないい、迫ってくる死は無の暗い淵に落ち込むことであると感じる、恐ろしい誘惑と試練に閉じ込められ

ました。この暗闇の中でテレジアは、「主は慈悲深く、いかに優しい方であるかを悟りました」と言い、「この試練

に会わせてくださった時は、その試練を耐え忍ぶ力を持つ時だったからです」と話しました。それからテレジアは、

その恐ろしい思いが浮かんでくるたびに、「天国があるということを証明するために、最後の血の一滴まで流す

覚悟を持っています」と、キリストに向かって叫びました。また「主よ、あなたがなさることは、何でも私を喜びで

満たします。あなたの愛のために苦しむことよりも大きな喜びがあるでしょうか」とも言っています。



1年半の苦しい病気は、テレジアを死の門まで追いやりますが、ある日、シスターから「死がこんなに近いと、あな

たは死を恐れるでしょう」と聞かれると、「いいえ、毎日だんだんと恐れなくなります」と答えました。神に対する信頼

がなおも深まり、今までは忍耐が足りなかったのでは思った時には、「私は不完全なものですから、死ぬ時には、

神の慈悲が私には必要なのです。何とうれしいことでしょう」と言えるほどでした。2日間、最後の病気の苦しみに

もだえましたが、9月30日の夕方、「神よ、あなたを愛します」と、たえだえにやっと唱え終わると、今まで病気に

やつれていた顔は、元気な時の若々しさを取り戻し、生き生きと輝き、こうこつとした姿をちょっとの間見せて目を

閉じ、息を引き取りました。その時に写した写真が、喜びの表情を明らかに示しています。



テレジアは、院長たちの命令で自叙伝を書かされ、最後の部分を書く時は病気の最中でした。彼女の死後に印刷

されましたが、名もないテレジアの自叙伝などはだれも買わないだろうと思われていたのが、20世紀のベストセラー

になり、テレジアの名は、全世界にまたたくまに広がりました。テレジアがいた修道院にあてられた手紙は、まもな

く毎日200通を越え、やがて500通、千通にものぼるようになりました。この全世界からの便りは、テレジアの取り次

ぎを願うものであったり、テレジアの取り次ぎによって願いがかなえられたという報告であったり、さまざまです。例

のないほどの早さで列福され、そして列聖されました。祈りをもって宣教した聖テレジアは、教皇により、聖フランシ

スコ・ザビエルと同じように、宣教の保護者となりました。神への愛と信頼、布教のために祈ること、毎日の生活の

中で与えられる自分の持ち場といったものが、神のみ前にいかに大切であるかを、聖テレジアの姿を見て理解する

ことができるよう祈りましょう。













今日の歌


私のいのちは一瞬 過ぎゆく一時 私のいのちは 私からのがれ去り

束の間に消え去る一刻。御身は知っておられます。

ああ私の神よ この地上で御身を愛するために

私には 今日だけしかないことを!


私は御身を愛します イエズスよ! 御身に向かって私の魂は憧がれる・・・・

一日のためにだけ 私のやさしい支えとなってください

私の心に来て 統め 私に 御身のほほえみをお与えください

ただ今日のためにだけ!


若し 将来が暗くても 主よ それは私には何でもありません!

明日のために祈る・・・・ああ 私はそんなことは出来ません・・・・

私の心を清く保ち 私を 御身の陰でおおってください

ただ今日のためにだけ!


明日を想うと 私は 自分の変り易さを恐れます

私の心の中に悲しみと 倦怠が生じるのを感じます

けれども 主よ 私は試練も苦しみも欲します

ただ今日のためにだけ!


やがて 永遠の岸辺で 私はあなたにまみえます

導きの聖なる水先案内よ あら波の上に

私の小舟を やすらかに導いてください

ただ今日のためにだけ!


私は 私のイエズスを見たい 覆いなしに曇りもなしに

けれど この地上でも 私は彼のお側にいるのです・・・・

彼はその愛すべき みかおを おかくしにはならないでしょう

ただ今日のためにだけ!


 
 


「テレーズ・マルタン、リジュのテレーズ童貞、そしてばらの聖女。彼女は限られた環境

に短い生涯を送っていった。だが、幼子のほおえみのように輝くその魂は若い人の心

にたまらない憧憬をおこし、その古木のようなゆかしさは経験に富む人の魂を満足さ

せる。彼女の生涯は小説よりもドラマに富み、現実よりも真剣で、詩よりも美しい。こ

の現代のばらの芳香を知らないで現代人であると誇るのは、はたして妥当なことだろ

うか。」・・・・・・・「テレーズ・マルタン」M.・G・ドーレ著 ユニヴァーサル文庫より


 


「おむすびの祈り 『森のイスキア』 こころの歳時記」佐藤初女 著 より引用

小さきテレジア

前にもお話しましたが、父が事業で失敗した後、私たち一家は函館に移り住み、

私は函館山の麓にある女学校に入学しました。十三歳の頃のことです。まわりに

は教会がたくさんありまして、学校で朝礼をしているときなど、教会の鐘が一斉に

鳴り響きます。そこで再び、幼かった頃の、鐘の音に神秘を求める心が呼び起こ

されました。学校の帰りに友人を誘って教会の前まで何度も足を運んだのです

が、函館でもついに、教会の中に入ることはできませんでした。女学校三年生の

とき、私は胸を患いました。故郷に帰れば病も治るにちがいないという祖母の強

い希望で、私は函館の女学校を退学して、青森で静養することになりました。青

森に帰ってきましたら、ちょうど近所に現在の明の星高校の前身である青森技

芸学院を創設するための工事が進んでいました。学校の母体になっていたの

は、聖母被昇天会という修道会で、シスターたちが創設準備のために工事中の

学校に毎日通っているのを見て、この学校に入れば教会に行けるようになるの

ではと、私は両親に入学させてもらえるようお願いしました。その願いがかなって、

第一回生として入学することができたのです。青森に戻ってからも、喀血が止まっ

たわけではありませんでした。卒業間近の頃は、具合が悪くてもどうしても学校を

休めず、学校に行く途中で血を吐いたこともありました。電信柱につかまって少し

落ちつくと、次の電信柱までそろりそろりと歩いていって、ようやく学校にたどりつ

くというありさまでした。学校にたどりついても、そのままでは授業を受けることもで

きず、静養室で寝ていることもしばしばでした。ある日のことです。看護婦さんのシ

スターが休んでいた私の枕元に一冊の本をそっと置いていきました。それは『小さ

き花のテレジア』という本でした。それが私にとっては一番最初の、神様との出会い

だったのです。若き修道女のテレジアは、病に蝕まれ、咳き込み、血を吐きながら

も、そのすべての努力を、神様への祈りの隣人への愛に注ぎ込んでいました。

テレジアの信仰生活の根底には、神様の愛への無条件の信頼が流れていました。

そのとき私は十七歳、ちょうどテレジアと同じくらいの年齢でした。そんなこともあっ

て、私は、どんな困難にあっても一心に祈り続けたテレジアの生涯に大変感動し、

自分がいつかクリスチャンになれるときがきたら、テレジアの霊名をいただきたい

と、心に秘めておりました。その頃は戦争中でしたので、学校では宗教の話は一

切できませんでしたし、もちろん教会に行くこともできません。シスターとも授業の

話以外で言葉を交わすことはできませでした。それでも、私は自分から信仰の世

界を求めて学校に入ったのですから、何としてでも祈りの勉強を続けたいという

思いでいっぱいでした。放課後になると、修道院の前に行き、誰か見ていないか

あたりを見渡して、誰もいなければ修道院の裏口からさっと中に入り、お祈りの

ことを勉強していました。修道院に行くことは両親からも反対されていましたの

で、家にいるときは、何か用はないですかとお使いを申し出て、素早く用事を済

ませたら、その合間に急いで修道院に寄って、隠れて勉強もしていました。学校

を卒業したらすぐにでも洗礼を受けたかったのですが、まだ戦争が終わらず、

シスターも拘留されたりしていましたので、すぐ受洗というわけにはいきませんで

した。ですが、私の心の中では、どんな苦しい中にあっても神様への愛を見失う

ことのなかったテレジアが、信仰へのともしびを燃やし続けてくれていたのです。


 



「ミサの前に読む聖人伝」C.バリョヌェボ著 中央出版社

「聖者の事典」エリザベス・ハラム編 鏡リュウジ・宇佐和通 訳 柏書房

「聖者伝説 365日、あなたを守護する聖人たちのものがたり」茅真為 著 学習研究社

「聖人たちの生涯 現代的聖者175名」池田敏男 著 中央出版社
 



聖母子への祈り



 


2012年3月4日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



「ひょっこりひょうたん島」

幼児期や思春期に受けたトラウマ(心的外傷)は、まるで自分の影のように張り付いて、死ぬまで

決して離れることはないでしょう。



この不安感や恐怖を背負いながら、そして自分を責め続ける自己嫌悪に陥りながらも、人は生き

ていかなければなりません。



ただ美しい魂や世界が、思い出すことさえ拒否してしまった心の扉を少しずつ開けてくれるのか

も知れません。



私の場合、それは母の眼差しであり、「鉄腕アトム」「ひょっこりひょうたん島」でした。美しいもの

に触れられたから、今の私があるように思います。



そしてこの美を探しつづける旅の道中で、アッシジの聖フランシスコインディアン世界の先住民

そしてシモーヌ・ヴェイユと出会ってきました。



この美を探し続ける旅に終着点はないのかも知れません。



何か湿っぽい話になりましたが、最後に私の好きな言葉を紹介します。リジュの聖テレーズ(幼き

イエズスの聖テレジア1873~1897)は「薔薇の聖女」と呼ばれ、その生き方は薔薇の香りその

ものでした。



☆☆☆☆



困難なことにあったら、それをくぐりぬけなさい。



☆☆☆☆



(K.K)



 



My Private Twin Life: St. Therese: Little Things With Great Love

1897年9月30日(木) 愛の脱魂のうちに24年の短い生涯を終える。


Santa Teresita del Niño Jesús. 1ero. de octubre, año 1897. Católicos de Culiacán より引用


My Private Twin Life: A Prayer from St. Therese of Lisieux


† El Combate Espiritual: Santa Teresita del Niño Jesús, Doctora de la Iglesia.







夜明けの詩(厚木市からの光景)

アッシジの聖フランシスコ(フランチェスコ)

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