祈りの翼


フィリピンの刑務所にいる方が作った(1973年頃)、朝陽を受ける聖母子像(2015年5月26日撮影 自宅にて)


カトリック山手教会 2013年7月2日撮影


この美しい聖母像は1868年にフランスから贈られ、開国後、初の

キリスト教教会として、1862年(文久2年)居留地に建てられた

イエズスの聖心教会の入口の上より人々を見守る形で設置され

ました。



1906年(明治39年)に教会が山手44番地に移転の際、現在の

場所に移されました。






ローマ、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会堂コルナロ礼拝堂
「聖テレジアの法悦」





ヤスナグラの「黒い聖母」




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ルルドの奇跡を映画化した「聖処女」で聖女ベルナデッタ
を好演技した、Jennifer Jonesin 。映画の場面より




 



ナショナル ジオグラフィック 2012年3月号

マグダラのマリア





アッシジの聖フランシスコが洗礼を受けた司教座聖堂「聖ルフィノ」にある
ピエタ(嘆きの聖母像)1499年に、この御像のマリア様が涙を流されたと
伝えられています。





「太陽の奇跡」ファティマの聖母マリア

 
 



平和を願う祈り・・・アッシジの聖フランシスコ



ああ主よわれをしておんみの平和の道具とならしめたまえ

われをして憎しみあるところに愛をもたらしめたまえ

争いあるところにゆるしを

分裂あるところに一致を

疑いあるところに信仰を

誤りあるところに真理を

絶望あるところに希望を

悲しみあるところによろこびを

闇あるところに光をもたらしめたまえ


ああ主よわれをして慰めらるるを求めずして慰むることを求めしめ

理解さるることよりも理解することを

愛さるることよりも愛することを求めしめたまえ


そはわれらは自ら与うるがゆえに受けゆるすがゆえにゆるされ

    おのが身をすてて死するがゆえに永遠の生命を得るものなればなり




Por que chamamos a Virgem Maria de Nossa Senhora? |
Associacao dos Campistas Santa Terezinha do Menino Jesus



天使祝詞


めでたし聖寵満ち満てるマリア、主御身とともにまします。

御身は女のうちにて祝せられ、ご胎内の御子イエズスも祝せられたもう。

天主の御母聖マリア、罪人なるわれらのために、今も臨終のときも祈り給え。

アーメン。



File:Bernadette Soubirous en 1861 photo Bernadou 1.jpg - Wikimedia Commons


 


アビラの聖女テレサ(イエズスの聖テレジア)の生涯と「霊魂の城」

「太陽の奇跡」 ファティマの聖母と「第三の秘密」 マグダラのマリア

エジプトの聖マリア 「聖処女 ベルナデッタの歌」

リジュの聖テレーズ 「ピオ神父の生涯」 現代の神秘家 モーリス・ズンデル

「聖者マキシミリアノ・コルベ」

聖母マリア 世界で最もパワフルな女性 ナショナル・ジオグラフィック2015年12月

聖書の世界が見える 使徒たちの旅路 ナショナル ジオグラフィック 2012年3月号

「アルメリア 虐殺の影」 ナショナル・ジオグラフィック2016年4月



ルルドの泉 「聖母マリアの奇蹟 メジュゴリエ ファチマ ルルド」菅井日人・著 グラフィック より引用。


A chegada dos peregrinos a Fatima


聖母子への祈り



2012年4月1日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



フィリピンの刑務所に服役している方が作った聖母マリア像で大切にしているものです。



随分前のテレビでブッダの足跡を追ったNHKの番組があり、梅原猛さんと瀬戸内寂聴さんが解説して

おられた。晩年のブッダが母親の故郷だったか亡くなった場所を目指していたのではないかとの問い

に、瀬戸内寂聴さんは「それはありません。ブッダはそれを超えた目的のために向かった」と話してお

られましたが、梅原猛さんは瀬戸内寂聴さんに対して「いや、仏陀の心の奥深くにはそれがあった」と

言っておられたのが強く印象に残っています。



ブッダ、そして梅原猛さんも生まれて1週間後に母を亡くしています。宗教学者の山折哲雄さんは梅原

猛さんのことを次ぎのように記しています。



「仏教にたいする梅原さんの心情の奥底には、母恋いの気持が隠されている。それは微かに沈殿して

いるときもあるが、激流となってほとばしることもある。梅原さんがしばしば語っているように、それは養

父母に育てられた体験からきているのかもしれない。とりわけ、母上に早く死なれてしまった辛い体験

が、その後の梅原さんの思想の形成に大きな影を落としているためなのであろう。その深い喪失感が、

梅原さんの文章に切迫した気合いをみなぎらせ、その言葉に美しいリズムを生みだす源になっている

のだと思う。」



ブッダ、そして梅原猛さんは同じ喪失感を味わったものだけしか理解しあえない次元で繋がっているの

かも知れません。



勿論、瀬戸内寂聴さんの「仏教塾」は万人に理解できる言葉で仏教を紹介している素晴らしい文献です

が、それと同様に梅原猛さんの「梅原猛の授業 仏になろう」はユーモアを交えながらも奥の深さを感じ

ます。また手塚治虫が書いた漫画「ブッダ」と共に、今読み始めている「超訳 ブッダの言葉」小池龍之介

・翻訳もそのような優れたものなのかも知れません。



私は読んだことはありませんが、当時の日本の哲学界の重鎮であった西田幾太郎や田辺元を梅原猛

さんは評価しながらも批判をしています。



「西田・田辺の精神はよろしい。西洋哲学と東洋哲学を総合して、今後の人類に生きる道を示すような

独創的な哲学を立てるという精神には大賛成です。だけど、もっとやさしく語れ、もっと事実に即して語れ

というのが、私の学生時代からの西田先生、田辺先生に対する批判です。」



専門家向けに書かれた本なら専門用語を駆使して書くことは当然かも知れません。しかし万人を対象と

するとき、敢えて難しい言い回しや専門用語を使うことは、自らの学問の使命を忘れているのではと感じ

てなりません。勿論私の読解力のなさがそう思わせている面もあるのですが、学問は人類に限らず地球

や地球に生きるもののためのものであるはずです。学問を自分自身の名声・名誉や金銭、社会的地位

を得るための手段としてしか捉えられない者は、哲学であれ科学であれ道を踏み外しているように思い

ます。



「母の愛を象徴化したような観音やマリア崇拝が、宗教の根源ではないか」と梅原猛さんは言っています

が、梅原猛さんが母の慈愛を観音様に重ね合わせるように、私は聖母マリアに重ね合わせているので

しょう。



ただ児童虐待などで母の慈愛を感じらずに育った子供たちは、物心がつくまえに母を亡くした方と同じよ

うな喪失感が横たわっているのかもしれません。



(K.K)


 


2016年5月30日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



「聖テレジアの法悦」


ローマ、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会堂コルナロ礼拝堂
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598〜1680年)作


アビラの聖女テレサ(聖テレジア)、彼女が生まれた1515年はルネッサンスや宗教改革などの

激動の時期でした。



あるべき修道院の姿を希求した彼女は宗教裁判にかけられ投獄、書いた詩なども焼却されますが、

その後の彼女は16世紀におけるカトリック教会改革の原動力となっていきます。



現在でもカトリック霊性の最高峰と言われる彼女の著作「霊魂の城」、その源となったのは、天使が

焼けた金の矢で彼女の心臓を貫いた時に感じた神への燃えるような愛でした。



ベルニーニによる像「聖テレジアの法悦」、天使が彼女を矢で射る像、その時の彼女の顔(写真は

他のサイトより引用)だけを撮ったものです。



宗教裁判や異端審問、話は変わりますが、これを題材にしたミュージカル映画「ラ・マンチャの男」

(ピーター・オトゥール、ソフィア・ローレン主演)は今でも私にとっては大切な宝物です。



真の「改革」とは、魂の奥底から突き上げてくる、自身の感情や知性などという自我を超えた次元

から、もたらされるものかも知れません。








2012年6月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。


聖母マリア(写真は私の家にあるマリア像です)



これまで世界各地に聖母マリアが出現した。その中でカトリックの聖地となったものではルルド、ファティマが

有名かも知れない。



アッシジの聖フランシスコも「小さき花」で描かれているように、イエス・キリストやモーセの臨在を数多く受け

ていた。



私自身の場合、過去に一度だけ神秘体験をしたことがある。苦しみを通り越して自分が息をしているかどう

かわからなかった時のことであるが、ただそれは強いストレスにさらされた脳に快感物質が出たからだと今

は思っている。



ルルドファティマに出現した聖母は真に神からの伝言だったが、私の場合は脳の防御反応でしかなかった

と感じている。



本当に真偽を見極めるのは難しいと思うし、私には出来ない。



たとえ私の前に過去の偉大な聖人が出現しても私はそれを吟味し続けるだろう。



その現象を自己の心の奥深くに落としながら、それは真なのかと問い続けるだろう。



それは私のような疑い深い人間には長い時間を要するものかも知れないし、時間をかけなければならない

ものだと思う。



ルルドやファティマで聖母を見た少女たち、彼女たちは純真無垢だけでは言い現すことができない何か、神か

らの特別な恩寵を受けていたと感じられてならない。




(K.K)



 

2014年10月19日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。


皆様のすぐそばに、いつも笑いがありますように。



以前にも話したことだが、フィリピンに2週間ほど滞在したことがある。



そこでは独裁政治だったマルコス政権を打倒しようとする人々。



森に生きる先住民で、政府の政策によりその生存範囲を奪われる人々。



両親を日本兵に殺され、許すことへの祈りによって、会いにきてくれた男性。



スラム街での貧しくとも屈託のない子供たちの笑顔。



ハンセン病の隔離病棟での女性たちの笑顔。



これらの貴重な出会い、あれから30年近く経とうとしているのに消化しきれない自分がいる。



その中でも天使と出会ったと感じたのは、ハンセン病の隔離病棟での短い時間での触れ合いだった。



昔は「らい病」と恐れられた病気で、女性だけが収容されている病棟に入ったのだが、何を言えばわからなかった。



恐らく幼稚な仕草をしたためだと思うのだが、いつの間にか彼女たちに囲まれ笑われていた。



そして陽気な国民性にもよると思うのだが、彼女たちの笑顔に、心にあった壁は取り除かれていた。



無邪気な笑い、故郷や家族から引き離された人々が見せる笑顔。



どのような過酷な状況に置かれても、違った世界を垣間見させてくれる笑いに人は身をゆだねる。



天使がどのような目を持っているのか私は知らない。



しかし彼女たちの悪戯っぽい目の輝きは、乳児が生まれて初めて微笑むように、光に満ちていた。





2015年7月26日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





「白鳥のロザリオ」 画像の赤い部分



10数個の繋がった星の並び、この並びは「はくちょう座の鎖」と外国では呼ばれますが、「はくちょう座」には鎖よりもロザリオ

(数珠)と表現するほうが相応しいと思い「白鳥のロザリオ」と自己流に命名しました。



この「はくちょう座」にアルビレオ(美しい二重星)が輝いていますが、今私達が見ているアルビレオは約386年前の光です。



日本では天草四郎が生きていた時代ですが、天草四郎が島原の乱で亡くなった後、幕府軍に捕らえられた四郎の母は「今ごろ

四郎は白鳥になって伴天連(バテレン)の国へ向かっているでしょう」と言ったとの説(定かではありません)があります。



「白鳥のロザリオ」



この星のつながりを見るには、望遠鏡ではなく双眼鏡で見るのが最適です。これはアルビレオの二重星(色の対比が美しい)

にも言えます。



過去のこと、未来のことなど様々な想いを、星に投影して見るのもいいものですね。


 


2016年1月12日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




(大きな画像)


「母の首飾り」と白虹(写真はNASAより引用)


ヒマラヤ山脈にあるアマ・ダブラム(6856m)はネパール語で「母の首飾り」という意味の山です。



この山の近くと言っても、富士山より100mも高い(3867m)ところにラマ僧が修行しているタンボチェ僧院があり、

僧院近くには世界初の厳冬期エベレスト登頂を果した故・加藤保男(植村直己さんと同じく現在まで遺体は

未発見)さんやシェルパ達の慰霊碑が建てられています。



最近、「神々の山嶺」(原作は第11回柴田錬三郎賞を受賞、映画(岡田准一・阿部寛・主演)も近く上映)という

漫画を読みましたが、誰も成し得ないことへの挑戦心の凄まじさを感じさせられるものです。



30年前に冬の谷川岳に登りましたが、山頂付近で吹雪に会い、冬山の恐ろしさと、命がいくつあっても足りない

という想いは今でも心に残っており、先輩の助けがなければ下山出来なかったかも知れません。



この冬登山のために購入した軽くて丈夫なジャケット(エベレスト遠征隊が使用したと店員は話していましたが)

は今では汚れが目立ちますが、その後の登山や外出時など使い続けてきました。



「汚れ」は想い出が刻まれた勲章のようなものかも知れません。



話は飛んでしまいましたが、写真の白虹。



太陽に薄い雲がかかった際に、光の輪が現れる大気光学現象で日暈(ひがさ、にちうん)・白虹(はっこう、

しろにじ)と言うそうです。



ネパールの人が母親の姿を思い浮かべたと思われる、腕を大きく広げた山々の姿と白虹、神々しいまでの写真です。







祈りのために作られたもののようで、お経(サンスクリット?)が記されています(1987年〜1988年)




樹齢2000年の大楠 2016年5月18日撮影








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