Final blitz and closing ceremony: The photos
Chess Apprentice (Perintis Catur) より引用
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Amazon.com Review Vladimir Kramnik is something of an anomaly in the chess world, a top-seeded grandmaster who has refused to devote all his energy to the game. "By nature, I am not ambitious," he says. Nevertheless, the Russian-born prodigy has managed to float to the top of the chess world, ranked just behind champion Garry Kasparov at the turn of the millennium. The subtitle to Kramnik's book is "My Life and Games," but there is, in fact, little distinction between the two; the game has dominated Kramnik's life from the age of 5. By age 16, he was playing on the world chess scene, and at age 25, in 2000, he is one of the few players who can regularly hold his own against Kasparov. Kramnik reads less like a traditional autobiography than a transcript of 50-plus games from his career. They include key matches with Kasparov, Karpov, Anand, Topalov, Ivanchuk, Shirov, and other greats, stretching back to 1984. Colorful biographical tidbits appear between games, offering glimpses of Kramnik's life outside chess--we learn he's a lousy cook, suffers insomnia from the pressure of the game, and tries to stay philosophical about winning and losing. But most revealing are the interior dialogues that accompany his matches; they are deeply annotated. Kramnik explains exactly what was running through his head as he pushed a pawn or sacrificed a queen at key points, and it's a marvel to watch his mind at work. His comments are never boastful and even betray a self-effacing wit--a refreshing change in a profession known for its outsize egos. Chess enthusiasts should find plenty to occupy them in Kramnik and would do well to take a page from his playbook. --Demian McLean From the Back Cover Since he first burst onto the world chess scene in 1992, displaying a maturity of play far beyond his sixteen years, Vladimir Kramnik has been tipped as a future World Champion. Still only in his mid-twenties, he is now firmly consolidated in the world's top three. He has won numerous tournaments in many countries, and is one of the very few players regularly to hold his own with Kasparov. This book, Kramnik's first, describes his life and chess career, beginning with his unusual childhood. It features more than 50 of his best games, deeply annotated, plus numerous additional games and game extracts, including some from quickplay and blindfold events. (7 x 9 3/4, 240 pages, illustrations) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
以下 「完全チェス読本2 偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで」から引用 「彼は私が知るかぎり、私の16歳のときのプレーよりも悪くないただひとりのプレーヤーだ。彼こそチェス プレーヤーである。たいていのプレーヤーはチェスをプレーしているのでなく、単に駒を動かしているだけだ」 これは雑誌「ニュー・イン・チェス」からの引用。 あのガルリー・カスパロフが後継者となりそうな男として注目するウラジーミル・クラムニクについて語った 言葉である。クラムニクは1975年6月25日生まれ、輝かしいデビューは1992年のオリンピアードである。彼は ロシアチームの第一控え選手として出場し、9戦して8勝1引き分け。彼はたぶん1996年の挑戦者になるには 年がまだ若すぎると思う。無理やりに予言するとすれば、彼は1996年の挑戦者となって敗退し、2002年に 栄冠をかちとることに賭けてみよう。 クラムニクはポジショナル・プレーヤーとして、その名を馳せているが、次のゲームをごらんになるとお分か りのように、タクティカル・シチュエーションにおいても、同じようにのびのびと戦っている。18...Bh6! の本当の 素晴らしさは、19.Qxh6? ならRxc2! として、つぎの手でメイトになる点である。カスパロフがなぜ、クラムニク を次期世界チャンピオンと見なしているかがお分かりいただけるであろう。 Michail Brodsky vs Vladimir Kramnik "The Pelikan Brief" (game of the day Oct-25-09) Ch URS (young masters) 1991 · Sicilian Defense: Lasker-Pelikan. Sveshnikov Variation (B33) · 0-1 brodsky_kramnik_1991.pgn へのリンク |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「決定力を鍛える チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣」 ガルリ・カスパロフ著 近藤隆文訳 NHK出版 より引用 私の大敵 私から世界チャンピオンを奪った人物について書くのは、つぎの世代にまかせたほうがいいのかもしれない。 ロンドンでの2000年のタイトルマッチをめぐって強烈な感情が渦巻き、その後私がこのかつての教え子との 再戦を模索したという経緯もあって、客観視するのは困難である。とはいえ、彼は私が棋士として、また意思 決定者として成長するうえで重要な人物だったのは間違いなく、ここで無視することはできない。 私は当時十代のクラムニクがもつ並なずれた才能に気づいた最初のひとりだった。彼がボトヴィニクと私の スクールの生徒だったころのことである。出身は黒海沿岸の小さな街トゥアプセだったが、クラムニクにも彼 のチェスにも小さなところはひとつもなかった。1992年、私は名高いロシアのチェスオリンピアード代表チーム への彼の参加を後押しする。重要なイベントに出場するにはまだ若すぎるし、経験も足りないというメディア や一部チームメイトからの反対を押し切ってのことだった。彼は私の高い期待をも上回る8勝1分けを記録。 ここに新たなスターが誕生した。 クラムニクは着実に力を伸ばし、まもなく世界のトップ3入りを果たして、私の宿敵アナトリー・カルポフに取っ て代わる新生代のリーダーとなる。1995年、私はクラムニクを分析チームのメンバーに選出してニューヨーク での世界チャンピオン戦に挑み、ヴィスワナータン・アーナンドに勝利した。このときクラムニクは準備と分析 を手伝いながら、私の癖や手法、知識をも学び、5年後にそれを活用して大きな成果を挙げる。 2000年10月には、クラムニクは私のセコンドからタイトルを目指す対戦相手となっていた。われわれはロンド ンを舞台に16局が予定されたタイトルマッチを戦った。宿題をきちんど片づけてきたクラムニクがすぐに主導 権を握り、早くも第二局で、私が黒番で用いる主要ディフェンスを粉砕した。彼は黒番にまわったゲームでも 秀逸なアイデアを用意していた。さほど人気のない古いディフェンスを使ったのだが、それが私が苦手として いることを知っていたのだ。彼がベルリン・ディフェンスの複雑さを熟知していたのに対し、私にはそこまです る時間がなかった。クラムニクは2勝0敗13分けで私を退けた。 いったんチャンピオンのタイトルを奪うと、つづいてクラムニクは国際的レイティングリストで私を抜くことに ねらいを定めた。だが私を負かすために完成させた保守的な棋風は、トーナメントの世界ではさほど効果的 でなく、彼の戦績がかつての水準に達することはまれになる。キャリアの早い時点で頂点をきわめたせいか、 モチベーションの維持に苦労した。クラムニクは一流の競技者であったし、それはいまも変わらない。だが 2004年のチャンピオン戦に引き分けて価値の下がりつつあるタイトルを守ったにせよ、ほかの若手や同世代 のプレーヤーに較べて精彩を欠いている。クラムニクが心身の健康を取り戻してトップに返り咲くかどうかは、 時がたてばわかるのだろう。 「健康で、神経が強靭でなければならないし、負けず嫌いでなければならない。それでやっと世界チャンピオン になる芽が出てくる」・・・クラムニク |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
クラムニクの名局集 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Vladimir Kramnik - Immortal masterpieces Compiled by Karpova 棋譜を見るにはブラウザ「Internet Explorer」が必要で、 「Google Chrome」では出来ません。 またJAVA アプレットがインストールされていないと棋譜が表示されません。 Javaコントロール・パネルでのセキュリティ・レベルの設定 Vladimir_Kramnik_Best.pgn へのリンク (チェス棋譜再現ソフトをご用意ください) Kramnik - My Life and Games Compiled by jakaiden 棋譜を見るにはブラウザ「Internet Explorer」が必要で、 「Google Chrome」では出来ません。 またJAVA アプレットがインストールされていないと棋譜が表示されません。 Javaコントロール・パネルでのセキュリティ・レベルの設定 Vladimir_Kramnik_Best2.pgn へのリンク (チェス棋譜再現ソフトをご用意ください) クラムニクの全棋譜は、こちらです。 |
Getty Images: Chess Masters Compete In The World Chess Championship Candidates Competition
Susan Polgar Chess Daily News and Information: Sep 6, 2012
Fitxer:London Chess Classic 2010 Kramnik 04.jpg - Viquipèdia より引用