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「Chess Informant 640 Best 64_Golden Games」より引用

ミハイル・ボトヴィニク(ボトビニク)、(Mikhail Moiseyevich Botvinnik)

1911年~1995年









歴代世界チャンピオンの肖像Serkan Ergun
serkan-ergun-the-world-chess-champions-by-serkan-ergun | Serkan Ergun

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歴代チェス世界チャンピオン

名前 チャンピオン在位期間 その時の年齢 
 1 Wilhelm Steinitz 1886~1894  50~58
2 Emanuel Lasker  1894~1921  26~52
3 Jose Raul Capablanca 1921~1927 33~39 
4 Alexander Alekhine 1927~1935  1937~1946 35~43 45~54
5 Max Euwe 1935~1937 34~36 
6 Mikhail Botvinnik  1948~1957 1958~1960 1961~1963 37~46 47~49 50~52
7 Vasily Smyslov  1957~1958  36 
8 Mikhail Tal  1960~1961  24 
9 Tigran Petrosian  1963~1969  34~40 
10 Boris Spassky  1969~1972  32~35 
11 Bobby Fischer  1972~1975  29~32 
12 Anatoly Karpov  1975~1985  24~34 
13 Garry Kasparov  1985~1993  22~30 
14 Vladimir Kramnik  2006~2007  31~32 
15 Viswanathan Anand  2007~2013  38~43 
16 Magnus Carlsen  2013~present  22~




「激闘譜」 より抜粋引用


ミハイル・ボトビニク、6人目の世界チャンピオン。その勝利と残した棋譜の創造的な価値の高さはチェス界

ではひときわ高く評価されています。



1911年8月11日セント・ペテルスブルクに生まれたボトビニクは12才のときチェスを覚え16才でマスターにな

るという超速の進歩・群雄ひしめくソ連のチャンピオンになったのは20才の秋。そして工業科学の世界での

彼の進歩も同じように長足の大記録です。21才で電気工学設計士そして5年後は工学博士。勝利に続く

勝利、間断なく続く成果の鎖の輝きはボトビニクの創造活動をしてチェスへの極限へ挑戦させました。一個の

競技者として、彼は7度もソ連チャンピオンを勝ち取りました。



未曾有の大記録です。(ソ連選手権戦は、挑戦制度ではなく、4百万のメンバーをバックに勝ち抜いた20人の

総当たり戦で決まります。現今ソ連選手権で優勝することは挑戦者決定戦に進出する選手を決める全世界

大会インター・ゾーナル選手権戦で優勝するよりはるかに難しいといわれています。訳者註)。



有名な1936年のノッチンガム・トーナメントでは世界チャンピオン・エイベ博士アリョーヒンラスカー等々の

群雄を尻目にカパブランカと優勝を分ちました。彼の成功は増しに増し、1941年から1947年まで参加した8つ

のトーナメントにすべて優勝、大アリョーヒンにしてはるかに及ばない偉業でした。



アリョーヒンがチャンピオン在位中、周囲の熱心な努力によりアリョーヒンに対し、準備十分のボトビニクの

世界チャンピオン争奪挑戦試合がなされることになりました。しかし、アリョーヒンの急死(1946年)により運命

はボトビニクからこの大試合の機会を永遠にうばいました。



1948年、FIDEは空位になったチャンピオンを選ぶため新しい規約を制定しました。各々5回戦の試合を最強

の5人の間で行なうマッチ・トーナメントです。ボトビニクはライバル5人を打ちのめして、堂々新チャンピオン

の出現です。対スミスロフ3-2、対ケレス4-1、対レシェフフキィ3-1、対エイベ3-1。1948年、この年は

ソ連派チェスが拒みがたい大躍進を見せた年として、また、チャンピオン位をめぐるボトビニクの劇的な一連

の試合が始まった年としてチェス史に残るでしょう。これから15年間というもの、彼はチェス界の最高巨峰と

して、不動の体勢をくずしませんでした。



1951年、始めての挑戦試合。相手は手筋攻撃に独特の技をみせる27才の鬼才ブロンシュタイン、挑戦者

決定戦の難関を突破しての登場です。激闘24試合の結果は12対12のタイスコア。ここはFIDEの規約により

ボトビニクの防衛です。そしてこの試合の結果こそこのチャンピオン保持者の運命をすべて予告したごとくで

した。1954年、挑戦者スミスロフを迎えて再び12対12で防衛。



しかし、1957年再び挑戦者になったスミスロフは周到な準備で、見ちがえるような合理的な手法と精巧さと

冷静さで挑戦試合に勝利しました。その翌年のリターン・マッチでは、立場はしかし、まったく逆転。このとき、

誰が一度敗地に倒された前チャンピオンが勝つことを信じたでしょうか。しかし彼ボトビニクは持てる技量と、

ほとんど狂気に近く明確に定めたゴールに向って、たぐい稀な集中と不断の努力の全容量を投入してチャン

ピオンを奪回しました。



1960年ボトビニクは若き天才、タリに屈服を余儀なくされチャンピオンを奪い取られました。しかし、当時の

全世界のプレーヤー達の予想通りたった1年後にはこの50才のボトビニクは自信にあふれてタリを破り

チャンピオンに2度目の返り咲きを果しました。1963年、チェス史上第25回の挑戦試合の幕がボトビニク・

ペトロシアンの間に切って落されました。ボトビニクにとり8回目、そして最後の戦い。かつてなく予想不可能

の果し合いです。最終場面、ついに勝負は「くろがねのペトロシアン」といわれた若い敵対者に傾きました。



こうして、労苦と精魂をつくし切った15年間の戦いのあとに、とてつもない巨人ボトビニクは後世に彼ならでは

のチェス界大征制の記憶を不滅のものとして残しながら王座を去りました。ペトロシアンとの試合を最後に

彼は世界チャンピオン争いから引退することになり、自分の電子計算式チェス機器のプログラムの研究に

没頭しました。とはいえ彼はその後200局以上のトーナメント・ゲームを戦い相変わらずの勝利は枚挙できま

せん。特にソ連国内の団体選手権では恐るべきファイトと忍耐力を発揮し、例えば1964年にはスミスロフ、

ステイン、ペトロシアン等に鮮やかな勝を収め、また1966年にもスパスキィ、スミスロフ等に快勝しています。



ボトビニクは数え切れない講義、講評、そして名局の数々と著作を通して、世界中の新世代のチェスプレー

ヤーの技術水準を一段と高めることに成功しました。スポーツマンとして、そしてチェス界の新世代を切り開

いた一個の人間としての魅惑的な彼の横顔が、今日の、そして明日の最高峰たちをして、ある種の感情を

奮い立たせる原因もそこにあるのでしょう。




 


ミハイル・ボトヴィニクの名局


A Yurgis vs Mikhail Botvinnik
"Yurgis is as Good as Mine" (game of the day Aug-05-13)
Leningrad tt 1931 ・ English Opening: Anglo-Indian Defense. King's Knight Variation (A15) ・ 0-1




yurgis_botvinnik_1931.pgn へのリンク





Vsevolod Rauzer vs Mikhail Botvinnik
USSR Championship (1933) ・ Sicilian Defense: Dragon. Classical Variation Maroczy Line (B72) ・ 0-1



この試合は、チェスの歴史上最も偉大な125試合を詳しく解説した著名な文献
「The Mammoth Book of the World's Greatest Chess Games」に掲載されている。




rauzer_botvinnik_1933.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Rudolf Spielmann
Moscow (1935) ・ Caro-Kann Defense: Panov Attack. Modern Defense Reifir-Spielmann Line (B13) ・ 1-0

解説・GM Lubomir Kavalek/The Huffington Post
Huffington: The Adventures of Mikhail Botvinnik (1) | Chess News



botvinnik_spielmann_1935.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Vitaly Chekhover
"Chekhover That Position Again" (game of the day Aug-18-04)
Moscow (1935) ・ English Opening: Agincourt Defense. King's Knight (A09) ・ 1-0



「最初の偉大なるソビエトのプレーヤーによる型破りのキング・ハント。」

「完全チェス読本2 偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで」から引用



botvinnik_chekhover_1935.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Savielly Tartakower
"Sheriff of Nottingham" (game of the day Aug-09-2007)
Nottingham (1936), Nottingham ENG, rd 4, Aug-13
English Opening: Anglo-Indian Defense. Old Indian Formation (A15) ・ 1-0



botvinnik_tartakower_1936.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Jose Raul Capablanca
"A Thing of the Passed" (game of the day Jan-27-06)
AVRO (1938) ・ Nimzo-Indian Defense: Normal Line (E40) ・ 1-0


この試合は、チェスの歴史上最も偉大な125試合を詳しく解説した著名な文献
「The Mammoth Book of the World's Greatest Chess Games」に掲載されている。


「ボトヴィニクの最高のゲームであるだけでなく、ベスト・ゲームの人気投票でも最高位を獲得

するであろうゲーム。絶妙のコンビネーションに飾られた作戦的勝利の名局。」


「完全チェス読本2 偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで」から引用



botvinnik_capablanca_1938.pgn へのリンク





Paul Keres vs Mikhail Botvinnik
"Absolutely Smashing!" (game of the day Jun-21-16)
USSR Absolute Championship (1941) ・ Nimzo-Indian Defense: Classical. Noa Variation (E34) ・ 0-1



keres_botvinnik_1941.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Milan Vidmar
"I'm Too Sexy for Milan" (game of the day Nov-02-11)
Groningen (1946) ・ Queen Pawn Game: Symmetrical Variation (D02) ・ 1-0



「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「終盤の対決 ナイト対ルーク・・・この栄えあるボトヴィニクのゲームは、

1938年のAVRO(オランダの放送局)大会でカパブランカを破った名局に匹敵する。全局を通

じて魅力的なゲームだ。序盤から、ボトヴィニク独自のスタイルで進められる。中盤では、ルー

クの支配を保つために交換損のサクリファイスをする。終盤では、機敏なナイトが相手ルーク

の周りを飛び回る。本局からは多くのことを学べるが、それ以外にも、並べるたびに新たな喜

びを感じられる。ジョン・コリアーのファンタジー小説やペレルマンのばかげたパロディーが、

何度読み直しても楽しめるように。」・・・本書より抜粋引用




botvinnik_vidmar_1946.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Lajos Portisch
"Botvinnik and Paid For" (game of the day Feb-12-09)
Monaco 1968 ・ English Opening: King's English. Two Knights' Variation Reversed Dragon (A22) ・ 1-0



この試合は、チェスの歴史上最も偉大な125試合を詳しく解説した著名な文献
「The Mammoth Book of the World's Greatest Chess Games」に掲載されている。



「50歳代の後半になってもボトヴィニクは、まだはつらつとした指しぶりを見せていた。

これは60年代を代表するゲームのひとつ。」


「完全チェス読本2 偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで」から引用



botvinnik_portisch_1968.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Isaac Boleslavsky
USSR Absolute Championship (1941) ・ French Defense: Tarrasch Variation. Open System (C07) ・ 1-0



「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「優雅な単純化・・・本局はボトヴィニクの名局の一つで、序盤戦略の

独創性と中盤のコンビネーションが卓越している。終盤戦は、学習者にもひじょうにわかり

やすい。このルーク+ポーン終盤を学べば、誰もが棋力を向上できること請け合いだ。『無駄

のない勝ち手順の明晰さは、魅力的な論理に支えられている。それを称賛するのはたやすい

が、説明するのは難しい!』ラインフェルド。」・・・本書より抜粋引用




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Mikhail Botvinnik vs Ilia Abramovich Kan
USSR Championship (1931) ・ Dutch Defense: Classical Variation. General (A96) ・ 1-0



「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「トラが忍び寄るように・・・アメリカのトップ棋士の一人が、かつて私

にこう言った。『何も起こらないゲームが好きだ』。彼はきっとこのボトヴィニクのゲームが

気に入っただろう。ささいなコンビネーションはあるが、注釈にしか現れない。ボトヴィニク

は、純粋な陣形の有利さだけで勝利する。d5を要マスとするdファイルを制圧することで、

ピースが敵陣へ侵入できるようになる。第30手頃の交換でメジャーピースのいつくかがな

くなり、ボトヴィニクが1ポーン得のルーク+ポーン終盤が残る。彼はやすやすと勝利する。」

・・・本書より抜粋引用





botvinnik_kan_1931.pgn へのリンク





Mikhail Botvinnik vs Ilia Abramovich Kan
Russia 1943 ・ Sicilian Defense: Scheveningen. Classical Variation (B84) ・ 1-0



「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「さまようキング・・・全ピースがまだ残っている中盤戦で、ボトヴィニク

は巧妙な数手で状況を一変させる! 中盤戦が突如として終盤戦になり、ボトヴィニクの2の

ポーンが昇格マスへ近づく。続く見事な手順では、キングが重要な役割を果たし、再び状況

が一変する。パスポーンは局面を単純化させるために両方とも消え去るが、ボトヴィニクの

勝利は思うがままとなる。」・・・本書より抜粋引用




kan_botvinnik_1943.pgn へのリンク





ミハイル・ボトヴィニクが負けた名局


Mikhail Botvinnik vs Jose Raul Capablanca
Moscow (1936) ・ English Opening: Agincourt Defense. Catalan Defense (A14) ・ 0-1

79 years ago: Capablanca beats Botvinnik | Chess News



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ミハイル・ボトヴィニクの名局集

Mikhail Botvinnik's Best Games
Compiled by KingG


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(チェス棋譜再現ソフトをご用意ください)


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ボトヴィニクの全棋譜

 


以下、「決定力を鍛える チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣」

ガルリ・カスパロフ著 近藤隆文訳 NHK出版 より引用



妥協なき長老

第6代世界チャンピオン(1947-57, 1958-60,1961-63)。ロシア、クオッカラ生まれ。1946年にタイトル保持者

のアレクサンドル・アリョーヒンが死去したのを受け、世界の名手たちによる新チャンピオン決定戦が組織

された。ボトヴィニクはこの1948年の大会を制し、その後連続とつづくソ連出身世界チャンピオンの第1号と

なる。工学者を兼業していたが、最優先事項はつねにチェスだった。



“ソ連チェス界の長老”という称号に加えて、再戦の王と呼ぶこともできるだろう。世界チャンピオン戦に破れ

ながら、1年後に雪辱を果すこと2回。個々の対戦相手の特徴を徹底的に調査して準備する能力により、

チェス界に新たな水準の厳しさとプロ意識を定着させた。こうした再戦に挑んで勝利するには、粘り強いだ

けででは足りない。ボトヴィニクは自身のプレーヤーを客観的に分析し、最初の対戦で敵につかれた弱点を

修正することができた。



妥協のない性格は晩年まで変わらなかった。1994年にモスクワで開催される快速チェスの大会への参加を

打診した際、当時83歳のボトヴィニクに「快速チェスとはふまじめな!」と断られた。快速チェスは新しい流行

で、このイベントにはみんな参加する。あなたの宿敵ヴァシリー・スミスロフもだ、とこちらも食い下がったが、

ボトヴィニクの返事は「私は自分の頭で考えることに慣れている。百人が別の考えだとしても、気にはせん!」



ボトヴィニクは1970年にプロの世界を離れ、その後は後進の指導と新しい分野であったコンピューターチェス

に専念した。彼主宰のスクールは若年層の逸材を全国から年2、3回招待し、数世代にわたってチャンピオン

を生み出すようになる。60年代前半の初代卒業生に若き日のアナトリー・カルポフが、1973年には10歳の

私、ガルリ・カスパロフがいた。1987年に若きウラジミール・クラムニクが参加するころには、この学校は

ボトヴィニク・カスパロフ合同のスクールとなっていた。・・・チャンピオン輩出の業績は目覚しい。






「ボビー・フィッシャーを探して」 フレッド・ウェイツキン著 若島正・訳 みすず書房 

より以下引用


1949年、当時の世界チャンピオンだったミハイル・ボトヴィニクは、ソ連のチェスについて書いた著書の中で、

ソ連のプレーヤーがなぜ成功するのか、その心理的優位面をこう説明している。「ソヴィエト派のチェスは諸外国

のチェスとどこが根本的に違うのか? 最も重要な点は、チェスの社会的地位である。・・・・我々ソヴィエトの

マスターたちは・・・・チェスが社会的に有用な文化活動であり、我々がソヴィエト国家に利益をもたらすことを

知っている。」 端的に言えば、チェスはロシアの文化的優位性のバロメーターなのである。1972年にフィッシャー

がスパスキーを破り、ロシア人がこれは永遠に自分たちの宝物だと信じるに至った世界チャンピオンの座をもぎ

とったとき、この国では何かが腐っていると国中が怪しんだほどだ。



チェスは、合衆国での野球やフットボールに似て、ソヴィエトの国家意識の一部である。チェスはその比喩的な

含みと論理的および数学的な純粋性のために、さまざまな人々にとって実にさまざまなものを象徴する。長年に

わたって、ソ連邦ではチェスが芸術か、スポーツか、それとも科学かをめぐって激論がかわされてきた。ボリス・

スパスキーやダヴィド・ブロンシュテインといったプレーヤーは、しばしば直感や幻想やロマンティシズムといった

言葉でチェスを抒情的に描く。ブロンシュテインの著書「80年代のチェス」では、チェスは人生の隠喩となり、クリ

ストファー・ラッシュ(アメリカの社会批評家)やスーザン・ソンタグ風の社会批評の契機となる。



ロシア作家はチェスを題材にした短編や詩をよく書く。それと同時に、ソヴィエト派のチェスが他の流派と異なって

いるのは、実験や体系的分析といった科学的方法を徹底的に使用している点だ。今では現役から退いている

ミハイル・ボトヴィニクをはじめとする、人工知能開発に興味を持つ人々にとって、チェスは人間知性の本質に

迫る真剣な科学的探究のために格好の素材を提供しているのである。



1920年代以降、チェスはソヴィエト政界へのトレーニング場とも見なされてきた。著書「ソヴィエトのチェス」の中で、

D・J・リチャーズはこう書いている。「・・・・理想的なチェスプレーヤーの資質は理想的な共産主義者の資質と軌を

一にしていた。どちらも臨機応変で創意に富んでいなくてはならず、戦略や駆け引きの才能があり、あらゆる障害

をはねのけて最後に勝利を勝ち取ろうとする鉄のような意志の持ち主でなくてはならない」




History | Kasparov

ボトヴィニクのチェス学校、隣に座っているのが少年時代のカスパロフ


Fichier:Mikhail Botvinnik and Max Euwe 1962.jpg - Wikipedia

ボトビニクとエイベ







麗しき女性チェス棋士の肖像

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