Datei:Vassily Smyslov 1977.jpg ? Wikipedia


  





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左から、ボトビニク、エイベ、スミスロフ、ケレス、レシェフスキー 1948年

スミスロフ(Vassily Smyslov)

1921年〜2010年









歴代世界チャンピオンの肖像Serkan Ergun
serkan-ergun-the-world-chess-champions-by-serkan-ergun | Serkan Ergun

(大きな画像)


歴代チェス世界チャンピオン

名前 チャンピオン在位期間 その時の年齢 
 1 Wilhelm Steinitz 1886〜1894  50〜58
2 Emanuel Lasker  1894〜1921  26〜52
3 Jose Raul Capablanca 1921〜1927 33〜39 
4 Alexander Alekhine 1927〜1935  1937〜1946 35〜43 45〜54
5 Max Euwe 1935〜1937 34〜36 
6 Mikhail Botvinnik  1948〜1957 1958〜1960 1961〜1963 37〜46 47〜49 50〜52
7 Vasily Smyslov  1957〜1958  36 
8 Mikhail Tal  1960〜1961  24 
9 Tigran Petrosian  1963〜1969  34〜40 
10 Boris Spassky  1969〜1972  32〜35 
11 Bobby Fischer  1972〜1975  29〜32 
12 Anatoly Karpov  1975〜1985  24〜34 
13 Garry Kasparov  1985〜1993  22〜30 
14 Vladimir Kramnik  2006〜2007  31〜32 
15 Viswanathan Anand  2007〜2013  38〜43 
16 Magnus Carlsen  2013〜present  22〜




「激闘譜」 より抜粋引用


7人目のチャンピオン、ワシリイ・スミスロフは1921年3月24日モスクワで生まれました。6才のとき父親によって

チェスへの愛情を導かれ、そのときルールの大半と作戦を覚えました。14才のとき、何度か昇級競技会に出場。

1938年にはカテゴリイ1、ソ連学生チャンピオンとなりました。数ヶ月後、ベラベネツ、パノフ、リリエンタル、ユード

ビチ等々のベテランを連破してモスクワ・チャンピオン戦に優勝。スミスロフはソ連のマスター位を得たのみなら

ず、大天才現わるの衆評を得るに至りました。



1948年、私たちは世界の5強いりした彼を見ることができます。ヘーグとモスクワにおいて、アリョーヒンの死によ

り空位になったチャンピオンを目指して戦った彼はむしろ善戦したといえましょう。優勝したボトビニクに次ぎ

シェフスキー
エイベを3−2、4−1で敗り2位を勝ち取りました。この成績とこのあとの出来事で彼は世界2位を

何度となくくり返すことになりました。1950年彼は挑戦者決定戦で活躍しましたが惜しくも3位となり最高位の試合

にまみえることはできません。



1953年スイス。今度こそ優勝。挑戦者決定戦で2位のケレスブロンシュタイン、レシェフスキーを2点引きはなし

た彼はやっと、待ち受けるチャンピオン、ボトビニクに挑戦する機会を掴みました。世界中の興味を魅きつけた

この勝負はあまりにも劇的でした。試合が12−12の引き分けに終り、FIDEの規約がボトビニクの防衛を確かめ

ました。このあとの3年間はしかしスミスロフの独壇場でした。世界でもっとも好成績のGMとしての人気には掛け

値なしです。ヘイスチング、モスクワ、ザーグレブでの優勝。そして再びモスクワ“アリョーヒン記念”での優勝は

究極の、そして当然の目標であるチャンピオンになるための序曲にすぎませんでした。1956年、アムステルダム

における挑戦者決定戦で2位を1.5点引きはなして再び挑戦権を与えられた彼は、底知れぬ天分を見せて強敵

ボトビニクを悠々と倒し、タイトルを手中にしました。そのすぐ翌年1958年のリターン・マッチでボトビニクはものす

ごい僅差でチャンピオン位を取り返します。18年間、この2つの竜虎は91局という記録破りの公式戦にまみえま

した。2人の死闘につぐ死闘は今日の、また将来のチェスの思想に無限というべき材料を提起し、何ものによっ

てもあがなえない宝山を築きあげたのです。



ボトビニクとの戦いで世界チャンピオンを奪還され、緊張の一期を過去のものとしたスミスロフは、その後、以前

のような成績をあげることがなくなりました。とはいえ決して第一線から引き下がることはありませんでした。



「私の考えではチェスの専門家は自分のチェスをより深いものとするための際限のない探求のため、創造的な

着意の巾を拡げるよう努力しつづけなければなりません。」と彼は言っています。この信条ほど彼のどの1局にも

具現されています。世界中数百数千万のチェス・プレーヤーにとって、このことは彼を一介のチェスの大職人と

してだけでなくチェス道の熱烈な推進者として価値あらしめているのです。







Zurich Candidates (1953)

このトーナメントの全棋譜

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詳しい解説は、「Zurich International Chess Tournament 1953」David Bronstein著 を参照されたし。

 


「楽しいチェス読本」ロフリン著 より引用


3年後、挑戦者はスミスロフと決定しました。彼は青年時代まで非常に恵まれた環境に育っていました。

スミスロフ家では、チェスは他家の観劇や音楽鑑賞に相当していたのです。1940年のソ連選手権での

勝利は、彼に巨匠の名を与えました。第2次大戦後の1953年、スイスで開かれたFIDE認定の世界選手

権挑戦者決定戦でも第1位となり、ついに世界チャンピオンへの挑戦権を獲得したのです。



1954年3月、モスクワでボトビニクとスミスロフの試合が開始されました。チャンピオンのスタートは快調

で、5試合終了時ですでに4勝1敗と挑戦者を引き離していました。一方的な戦いとならないためには、

挑戦者の奮闘に期待が寄せられましたが、11試合が終わった時点では6勝5敗と逆に挑戦者がリード

していました。その後さらに8試合が終了した時点で、ボトビニクの10勝8敗1分と逆転。その後、挑戦

者は頑張り続けたのですが、最終結果はまったくの引き分け12:12(点数計算)で、ルールによりチャン

ピオンの勝ちとなりました。



1957年に、再びこの2人で世界選手権が争われました。今回は前回と違う展開でした。最初の5試合が

3勝2敗とボトビニクのリードではじまり、6、7試合目を続けてスミスロフが勝ってからは彼がリードを維持

し、12.5 : 9.5 でスミスロフが第7代世界チャンピオンとなったのです。



しかし、スミスロフの王位は1年しか続きませんでした。原因は、彼が驕っていたとはいえないまでも、

勉強を怠っていたからです。彼は偉大な天才プレーヤー、ボトビニクの底力を知らなさすぎたのです。

ボトビニクは当時47歳になっており、肉体的にはすでに下り坂で、ましてチェスのような複雑な競技に

はその影響は否定できないものでした。しかし、大方の見方をくつがえして、ボトビニクはチャンピオン

に返り咲いたのです。スミスロフより10歳も年長だったのに、です。



1958年のリターン・マッチでは、最初の6試合であらゆる予想がくつがえされました。チャンピオンの

スミスロフは3試合続けて負けた結果、6試合終了時にはボトビニクの4勝1敗1分けと引き離されて

しまいました。前述のように準備段階の時点で、2人の明暗ははっきりしていたのです。14試合目を

勝った時点で、ボトビニクは4ポイントをリードしていました。15試合目、ルークによる最終手で勝利

を目前にしながら、55手目で制限時間をオーバーして敗北したのです。最終的に勝利はボトビニク

のものとなったとはいえ、成績は、予想をはるかに下回るものに終わりました(ボトビニクの12.5 :

10.5)。しかし、とにかく彼は4度目のチャンピオンの座を手にしたのです。




 


スミスロフの名局



Paul Keres vs Vasily Smyslov
Zurich Candidates (1953) ・ English Opening: Anglo-Indian Defense. Hedgehog System (A17) ・ 0-1




この試合は、チェスの歴史上最も偉大な125試合を詳しく解説した著名な文献
「The Mammoth Book of the World's Greatest Chess Games」に掲載されている。




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Vasily Smyslov vs Zoltan Ribli
London 1983 ・ Queen's Gambit Declined: Semi-Tarrasch Defense. Main Line (D42) ・ 1-0




「ベテランがみごとなサクリファイスを連発する。カスパロフとの一騎打ちへの道中の出来事。」

「完全チェス読本2 偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで」から引用



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Mikhail Botvinnik vs Vasily Smyslov
"The Peasant's Revolt" (game of the day Apr-01-10)
Botvinnik-Smyslov World Championship Match (1954) ・ King's Indian Defense: Fianchetto Variation. Classical Fianchetto (E67) ・ 0-1



この試合は、チェスの歴史上最も偉大な125試合を詳しく解説した著名な文献
「The Mammoth Book of the World's Greatest Chess Games」に掲載されている。



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Vasily Smyslov vs Vladimir Mikhailovich Liberzon
"Proper English" (game of the day Jun-02-08)
URS-ch Erevan 1968 ・ English Opening: King's English Variation. Hungarian Attack (A25) ・ 1-0


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Vasily Smyslov vs Iosif Rudakovsky
"Ruda Wakening" (game of the day Oct-09-09)
USSR Championship (1945) ・ Sicilian Defense: Scheveningen. Modern Variation (B83) ・ 1-0




「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「入念に作り上げた拠点・・・『c3(黒ならc6)のナイトには、相手が油断

した瞬間に Nd5(Nd4)でセンターに侵入する義務がある」(ニムゾヴィッチ)。スミスロフは、

c3にナイトがあるとき、何もせずにそんなチャンスをただ待っていたりしない。要のd5はしっか

り守られているが、スミスロフはその防御ピースを取り除く方法を見つける。そうなってしまえ

ば、彼はナイトをd5に居座らせてセンターを固定する。そして、キング側へ注意を向けると、

華麗な速攻で突破する。」・・・本書より抜粋引用




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Vasily Smyslov vs Mikhail Botvinnik
Botvinnik-Smyslov World Championship Match (1954) ・ French Defense: Winawer. Retreat Variation Armenian Line (C18) ・ 1-0


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Vasily Smyslov vs Samuel Reshevsky
"Slippery Vasily" (game of the day May-26-04)
FIDE World Championship Tournament (1948) ・ Spanish Game: Morphy Defense. Modern Steinitz Defense (C75) ・ 1-0




「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「ルークとポーンの終盤戦・・・すべてのチェス棋士(読者と私も含めて)

は、サディステックな側面を持っていなければ、仲間が容赦なく徹底的に負かされるのを見

ていられないだろう。本局では、スミスロフが開始直後からセンターを掌握する。タラッシュ

よって有名になった指し方で一手ずつ支配を固めていく。相手は譲歩せざるを得なくなり、弱

くなったポーンが取られるのを防げないことが判明する。1ポーン得になったスミスロフは、急

いで終盤戦へと転換する。そして、とびきり教訓的なルーク+ポーン終盤に仕立て上げた。

それを見事な指し回しでやってのけるのだから、全く脱帽する。この分野での彼の能力が、す

でにカパブランカルビンステインのそれに比肩することは明らかだ。これ以上の賛辞はな

い。」・・・本書より抜粋引用




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Igor Bondarevsky vs Vasily Smyslov
Moskva 1946 ・ Spanish Game: Closed Variations. Delayed Exchange (C85) ・ 0-1




「いちばん学べる名局集」アーヴィング・チェルネフ著 水野優訳では、この試合の詳しい

解説がされています。「1個半ビショップ・・・厳密に言うと、これは2ビショップのゲームではない。

2ビショップが2ナイトやナイト+ビショップに対抗するゲームに特有の魅力を多く備えているが。

スミスロフは、ビショップの一つをナイトと交換することで、2ビショップ・ゲームから外れる。し

かし、10手後に、ビショップを取ったポーンを当然取り返す。中盤では、スミスロフのポーンが

小さな黒アリのように盤上を埋め尽くし、相手を不快にする。白のピースは、センターに居心地

のいいマスが見つけられない。終盤では、スミスロフの残った白マス・ビショップ(一つで十分

だったらしい)が、白マスにとどまっていた相手のクイーン側ポーン群に襲いかかる。全局は、

スミスロフの最高の棋風で指されており、通して並べると楽しい。」・・・本書より抜粋引用




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Mikhail Botvinnik vs Vasily Smyslov
"From Russia With Love" (game of the day Oct-24-08)
Botvinnik-Smyslov World Championship Return Match (1957) ・ English Opening: Anglo-Indian Defense. Slav Formation (A15) ・ 0-1


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スミスロフが負けた名局

Vasily Smyslov vs Gyula Sax
"Sax Fifth Avenue" (game of the day Apr-28-08)
It ( cat. 15 ), Tilburg 1979 ・ Indian Game: King's Indian. Fianchetto Variation (A49) ・ 0-1



Nunnの名著「Understanding Chess move by move」、この試合が一手ごと詳しく解説される。


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スミスロフの名局集 その一
125 Selected Games by Vasily Smyslov
Compiled by suenteus po 147


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スミスロフの名局集 そのニ
Vasily Smyslov's Best Games
Compiled by KingG


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Chessgames.com



El Cubo de Rubik ・ Antonio Gude: KASPAROV contra SMYSLOV

Kasparov vs Smyslov
Final de Candidatos. Vilnius, marzo 1984

カスパロフとスミスロフ


_Griphin's_Chess_Bl0g_: Vasily Smyslov dies March 26, 2010







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