「ボビー・フィッシャーを探して」 フレッド・ウェイツキン著 若島正・訳 みすず書房


 






「内容紹介」より引用



チェスの神童ジョッシュとその父親である著者が、伝説的棋士ボビー・フィッシャーへの憧憬を
胸に歩んだ道のりを描く。

6歳でチェスを始め、子供らしい無邪気さでチェスに取り組みながら加速度的に強くなる息子
ジョッシュ。その眩ゆいほどの才能に父親は深くいれ込み、幼い息子はそんな周囲の思いに多感
に反応しつつも、仮借のない勝負の世界を懸命に生き、成長してゆく。

ときに公園の片隅で、ときに世界タイトル戦の場で、さまざまな棋士たちが味わう栄光と悲哀の
物語が、父子の道程と交錯する。そこには、冷戦の構図をはじめとして棋士の境遇や対局の質に
影響を及ぼす種々の社会事情が、色濃く映し出されている。

チェスの高峰を目指す父子の歩みはどこへ至るのか。ライバルたちとの息詰まる対局の行方は?
チェスの奥深さに魅入られた人々の興奮と葛藤をこのうえなく切実なタッチで写し取り、映画化
もされた珠玉作。

「出版社からのコメント」より引用

内容(「BOOK」データベースより)
6歳でチェスを始め、子供らしい無邪気さでチェスに取り組みながら加速度的に強くなる息子
ジョッシュ。その眩ゆいほどの才能に父親は深くいれ込み、幼い息子はそんな周囲の思いに多感
に反応しつつも、仮借のない勝負の世界で成長してゆく。チェスの神童ジョッシュとその父親で
ある著者が、伝説的棋士ボビー・フィッシャーへの憧憬を胸に歩んだ道のりを描く。


著者について

フレッド・ウェイツキン
Fred Waitzkin
1943年、アメリカ、マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。
趣味のビッグゲーム・フィッシング(スポーツとして大型の魚を狙う釣り)の知識を生かして
The New York Times, Forbes, The New York Times book Review, Sunday Magazine, New York,
Esquire, Sports Illustratedなどの雑誌へ主としてスポーツライターとして取材記事やエッセイ
等を寄稿するなかで、息子ジョシュアとチェスについて書いた記事が注目を浴び、1988年に
本書の原著Searching for Bobby Fisherの出版に至る。同書は1993年にハリウッドで映画化され
(邦題『ボビー・フィッシャーを探して』)、映画はその年のアカデミー賞にもノミネートされた。
以降もライターとしての活動を続けており、他の著書に
Mortal Games: The Turbulent Garry Kasparov(G. P. Putnam's Sons., 1993), The Last Marlin:
The Story of a Family at Sea(Viking, 2000), The Dream Merchant(Macmillan, 2013)がある。
ニューヨーク在住。


若島正
わかしま・ただし
1952年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科教授(英米文学)。詰将棋、チェス・プロブレム
作家としても知られる。 97年、国際チェス連盟(FIDE)が認定する「プロブレム解答国際マスター」
(IM)の称号を獲得(日本人では初)。
著書に『乱視読者の英米短篇講義』(研究社、読売文学賞受賞)、『盤上のファンタジア』
(河出書房新社)ほか。訳書にウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(新潮文庫)『ディフェンス』
(河出書房新社)、リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』(みすず書房)、
チェス小説アンソロジー『モーフィー時計の午前零時』(若島編、共訳、国書刊行会)などがある。



 



映画「ボビー・フィッシャーを探して」の一場面

 

本書より引用



ある日の午後、ジョッシュと一緒にクラブを出ようとすると、50年近くもクラブの常連になっている老女が

近づいてきた。古風な笑みと薄くなった白髪で、私の祖母を思い出させるこの老女は、ジョッシュの頭を

撫でてあたたかい言葉をかけてくれるのかと私はてっきり思い込んでいた。



「7歳の息子さんを連れて、またここに来ているのね」と老女は悲しそうな笑みを浮かべながら言った。

「こんな煙草の煙だらけの場所に引っぱってきて、チェスを指させるなんて。この子がチェスキチに

なっちゃうのがわからないの? あなたは自分の人生でできなかったことを子供で埋め合わせしよう

としているのよ。」





別のときには、ジョッシュがチェスを勉強しているのはばかげたことのように思えることもある。息子の

調子が出なかったり、気のない指しぶりだったりしたせいか、あるいは私の機嫌が悪かったせいか、

ともかく、これだけ真剣に取り組んでいるのが無意味に思えてくる。そういう気分でいるときには、

息子にチェス教育を受けさせているのが恥ずかしくなる



私はインターナショナル・マスターのビクトル・フリアスがアメリカのチェス・マスターの人生を「涙の谷間」

と言った言葉を思い出し、この袋小路のような趣味をすすめたことを後悔した。当時フリアスは、全米で

も有数のプレーヤーなのに、生活費を稼ぐために一晩中タクシーを運転していたという。あるとき、

ジョッシュがチェスを指すようになる何年も前に、空港までタクシーに乗ったら、その運転手が実は

グランドマスターだと教えてくれたことがあった。彼は対局でどんな場所に行ったとか、どんな相手を

負かしたかを話してくれた。こいつはきっと嘘つきだと思ったが、もしかすると本当だったのかもしれ

ない。フリアスの客の中には、彼がコルチノイやユスポフ、それにベリャフスキーやラーセンと指した

という話を聞いて、嘘をついていると思った人間もいただろう。



いったい私たちは何をしているのだろう、と私はよく自問自答する。なぜジョッシュのチェスが私に

とってこれほどまでに大切なのか? これはチェスの天才を息子に持ったすべての親を悩ませる

疑問だ。テニスの天才少年とは違って、チェスの大天才少年でも一攫千金の夢を見るわけには

いかない。



大会になると親たちは震える両手を握りしめ、子供が生きるか死ぬかの瀬戸際のように応援し、

子供が比類のない不動の天才だという強烈な夢を見る。はらはらしながら応援するあまり、息も

切れ、顔も赤らんで、親たちはお互いにこう言う。「この世界は狭すぎますよ」、あるいは「勝つこと

にこだわりすぎですよ」、あるいは「どれだけこれに時間をつぶしているか、そう思うと嫌になり

ます」 誰もがその言葉にうなずく。そうした疑念に耳を傾けていると、この親たちは子供向け

チェス大会のサーキットにもう子供を出させないつもりだな、と思いたくなる。ところが、次の大会

になると、また親たちは勢揃いして、こんなつまらないことにカンカンになるなんて気が狂って

いる、とお互いに慰め合うのである。



 


本書 「訳者あとがき」 より引用


高名な批評家であり、フィッシャー対スパスキーの世界チャンピオン戦のルポルタージュを書いたこと

もあるジョージ・スタイナーの言葉によれば、人間が思春期の前に偉業を成し遂げた知的分野は三つ

しかなく、それは音楽、数学、そしてチェスであるという(スタイナー『脱領域の知性』)。その言葉を裏書

きするように、チェス界では昔から天才少年少女のエピソードには事欠かない。9歳のときに20人の大人

相手に多面指しを行って19勝1引き分けという結果を残したサミュエル・レシェフスキー、13歳のときに

「世紀の一戦」と呼ばれる名局を残したボビー・フィッシャー ・・・・ こうした天才少年の逸話はいくら

でもある。しかし本書のユニークなところは、神童がチェスプレーヤーとして育っていく姿をそばで見て

いた父親の視点から描いた点にある。



著者のフレッド・ウェイツキンは、自身が熱心なチェスプレーヤーだというわけではない。彼は、息子の

ジョッシュがチェスで発揮する才能に魅せられ、そして子供と一緒に栄光への道を歩んでいくという

物語にも魅せられて、否応なしにチェスの世界へとはまりこんでいく。彼はそういう意味で、チェス界の

内部にいる人間でもあり、またその外部にいる人間でもある。外部の人間の少し距離を置いた目から

見れば、チェスの世界は栄光ばかりではない。まともな生活をすることは放棄して公園やクラブで

チェスをすることに時間をつぶしている人々がいる。賭けチェスで食っている人々がいる。国民的英雄

としてあれほど栄光を浴びたフィッシャーですら、奇行に奇行を重ねて姿を消した。それはチェスという

ゲームの性格上、最初からやむをえないことなのかもしれない。なぜなら、チェスには勝者と同じ数だ

け敗者が存在するのだから。



本書が描いているのは、そうした外部の人間から眺めたチェス界の栄光と悲惨だけではない。ここに

はあまりにも多くのものが詰め込まれている。子供に対する親の過度な期待と、それに対する子供の

側の反発といった、親子関係の問題。指導者と生徒の問題。チェスという文化の社会における位置

づけ。さらには、チェスという本来まったく政治とは無関係なはずのゲームにまで反映している、当時の

冷戦の構図。そして、これほどまでにたくさんの大きな問題を背負いながら、その中で成長していく

けなげな子供たちの姿。本書を読むためにチェスの知識はとくに必要がない。たとえ読者がチェスの

知識を持っていなくても、それは著者のフレッド・ウェィツキンも同じようなものだと思えばいい。読者

は初めて見るチェスの世界にきっと好奇心を感じるだろうし、チェス以外の部分にもなにがしか興味を

おぼえる点もきっと見つけるだろう。



 


映画「ボビー・フィッシャーを探して」


映画の中で、主人公がワシントンスクエアで「タリを破った男」と試合をしますが、

この人物はジルベル(ジルバー)という実在の人物で、実際に1952年にタリとの

試合で勝っています。ジルベルは1933年ラトビア生まれで、1958年にはラトビア

のチャンピオンになりますが、その後アメリカに移住します。1980年代はホーム

レスとして生活し、ワシントンスクエアでは一番の実力あるプレーヤーでした。下

の棋譜は、1952年タリを破ったものです。



Mikhail Tal vs Josif Israel Zilber
URS 1952 · Sicilian Defense: Modern Variations (B56) · 0-1

Your browser is completely ignoring the <APPLET> tag!

棋譜を見るにはブラウザ「Internet Explorer」が必要で、
「Google Chrome」では出来ません。
またJAVA アプレットがインストールされていないと棋譜が表示されません。
Javaコントロール・パネルでのセキュリティ・レベルの設定




「ボビー・フィッシャーを探して」 フレッド・ウェイツキン著 若島正・訳 みすず書房 
より以下引用


公園にいたもう一人の真剣師はイズラエル・ジルバーである。50歳ぐらいの年齢にして、彼は

すっかり衰弱し、雨風にさらされた顔には無数の皺ができていて、75歳と言っても通りそうな

ほどだった。よれよれの革のジャケットを着て、大きな保安官のバッジで飾った海軍帽をか

ぶっている。どの指にもけばけばしいコスチューム・ジュエリーを付けていて、貧しい身なりの

ヘルズ・エンジェルといった風情である。ジルバーはインターナショナル・マスターで、ブリッツ

では全米でも指折りだ・・・・これは1分から10分のあいだで終了するゲームを指す。



30年前、ジルバーはラトヴィアの選手権で、すぐ後に世界チャンピオンになる名手ミハイル・

タリ
を破ったことがあり、古今の名局選集にも彼の棋譜がいくつか載っている。ところが公園

での日々では、彼はチェスプレーヤーや観光客に選択肢を与える。1ドルで、写真を1枚撮ら

せるか、1局指してあげようというのである。毎局、相手がどんなに強かろうが弱かろうが、

彼はロシア式の記法でナプキンか古い封筒に棋譜を書きとめる。夜になると寝る場所は

ベンチの上で、いちばん大切な持ち物はシャツの下に突っ込み、数ドルは靴下か空になった

煙草の箱にまるめて入れておく。



ジョッシュが6歳で初めてジルバーに指してもらったときのこと、マスターは仇敵タリみたいに

奇想天外な捨駒の妙手を放って、息子を12手とか14手で粉砕した。毎回ジルバーに負けて

動揺していないかとジョシュにたずねたら、息子はこう答えた。「平気な顔をしてるけど、内心

はひどくくやしいんだ」 2年後、対局はふつう30手とか40手までもつようになり、ジョッシュは

盤上にわずかな駒しか残っていない段階の終盤で負けるのだった。たいてい、息子が考慮

中に、ジルバーは木を見上げたり、リスに向かってロシア語の歌を歌ったりする。しかしその

目つきは鷲のようで、決してはめ手を見逃さないし、観光客がまず先に1ドルを払うことなく

写真を撮ろうとすると、指を振って厳しく注意するのである。



ある冬の夜、猛烈な吹雪の中、私は公園を通り抜けるときに、ジルバーがチェステーブルを

申し訳程度の雪よけ代わりにして、ベンチで寝ているのを見た。それではたして朝まで命が

もつのだろうか。数日後、私たちがチェスをやっている片隅を通りかかると、彼は一人でテー

ブルに座って木に語りかけ、メモを取っていた。「冬のあいだにジルバーが死んだりしないと

いいけど」と、夕食に間に合うよう家路を急ぎながら、ジョッシュが言った。「あんなに強いのに、

どうしてお金がもうからないの?」





次の試合もタリ(12歳)とイズラエル・ジルバー(15歳)の時のものだが、タリ自身が書いた

名著「The LIfe and Games of MIKHAIL TAL」Mikhail Tal著の最初の自選記に彼との試合が

詳しく解説されている。


Mikhail Tal vs Josif Israel Zilber
Riga (1949) · French Defense: Tarrasch Variation. Chistyakov Defense (C07) · 1-0

Your browser is completely ignoring the <APPLET> tag!


Josif Israel Zilber(1933年~生死不明)の全棋譜

Your browser is completely ignoring the <APPLET> tag!


Chessgames.com



From Chess to Dreams: Interview on the Creative Writing Process with Fred Waitzkin | The Creativity Post

実際のジョシュ・ウェイツキン(右側)の写真


http://blogs.scientificamerican.com/beautiful-minds/2013/04/01/
from-chess-to-dreams-interview-on-the-creative-writing-process-with-fred-waitzkin/







麗しき女性チェス棋士の肖像

チェス盤に産みだされた芸術

毒舌風チェス(Chess)上達法

神を待ちのぞむ(トップページ)

チェス(CHESS)

天空の果実