未来をまもる子どもたちへ




カニ星雲(超新星爆発の残骸) M1 (NGC1952)

(大きな画像)


6500年光年の彼方に輝く眩い光と不思議なフィラメントが広がるカニ星雲。実はこれは

1054年7月4日頃に爆発した恒星の名残りなんだ。私たちの太陽よりも遥かに大きな恒星

が迎えるその最後、これが超新星爆発と呼ばれるものなんだ。この爆発の光は金星より

6倍も明るく、23日間に渡って昼間の空でも見えたと言われるほどのものだったんだね。

下の画像は「ベリー・ラージ・テレスコープ(VLT)」によって撮影されたものだけど、この星雲

の中心には一秒間に30回転している中性子星(16等星)パルサーが存在している。中性

子星とは平均密度は1立方cmあたり5億トンと超高密度で、半径10km程度の星に太陽ほ

どの質量がぎゅっと押し込まれている想像を絶する重力を持つ星のことなんだ。この中性

子星の存在は1930年代にランダウやオッペンハイマーが予言したものだったけど、理論上

の上でしかなかった。それが1967年、二人の天文学者によって非常に規則的な電波パルス

を放射する天体が発見された。これがパルサーと呼ばれることになる中性子星のことなん

だね。さて星雲の赤い色の部分は電子が陽子と再結合して中性の水素が形成されている

場所で、青色は電子が星雲内部の磁場周囲を旋回している場所を現している。この超新

星爆発の記録は中国やアナサジ族(北米西部の先住民)、日本では藤原定家の『明月記』

などに記されているものなんだ。さて同じく超新星残骸の画像を下に紹介するね。この写真

NASAのX線観測衛星チャンドラが撮影したもので、実際の宝石でもこのような美しい姿を

したものはないかも知れない。これは地球から18万光年離れた大マゼラン雲にある N132

という超新星残骸なんだ。



この写真はNASAのX線観測衛星チャンドラが撮影したもので、実際の宝石でもこのような

美しい姿をしたものはないかも知れない。これは地球から18万光年離れた大マゼラン雲に

ある N132という超新星残骸なんだ。







1054 Supernova (now Crab Nebula) above, Halley's comet below.
photo by Ron Lussier


アナサジ族が記録した超新星爆発(カニ星雲 NGC1952)




チャコ・キャニオンの西メサに「Penasco Blanco」と呼ばれるところ、それが上の画像だよ。

大きな星、三日月のような形、直径30cmの円、そして手の跡。これらの岩面陰刻(ペトロ

グリフ)と地球、月、超新星爆発、ハレー彗星の相関関係については私もよくわからないけ

れど、彼らアナサジ族はかなりの天文学知識を持っていたと言われている。平原インディア

ンが住む地には500万〜600万ものストーン・リング(環状列石)を残しており、その大きなも

のはメディシン・ホイールと呼ばれていたんだね。これはイギリスのストーンヘンジと同じよ

うなカレンダーの意味を持っていたのではないかと考える人もいるくらいだ。アナサジ文化

は西暦紀元に始まったと言われるが、その文化の最高潮だった頃には村や重要な祭祀所

を結ぶ真っ直ぐな道路(道幅が9メートルもあるのもある)が、チャコ・キャニオンから300

kmにも達しているんだ。その後、ナバホやアパッチの部族の侵入により移動を余儀なく

させられてしまったけど、この時に移動した各地点(チャコ・キャニオンからアステク遺跡、

ソロモン遺跡、ケイサス・グランデに至る620km)の全てが西経108度の線の上に並べ

られているんだ。何故西経108度でなければならないのかその意味はわからないけれど、

彼らアナサジ族は北極の位置を正確に見つける方法を身につけており、それを手がかり

にしていたことが容易に推測できるかも知れない。さてこのような砂漠に似た過酷な環境

に住んでいたアナサジ族の主食は「とうもろこし」だったんだよ。そして「ホピの予言」で知

られているホピ族にとっても、この「とうもろこし」は特別に神聖な植物であり、それが主食

という意味だけに留まらず人間の体そのものを現している意味を持っている。だから彼ら

ホピ族にとって、「とうもろこし」は儀式には絶対欠かすことが出来ないものなんだね。

アナサジ族の子孫、それは人類学的にもホピ族だと言われているんだ。


 




「天文考古学」より引用

ウィリアム・ミラーは、アメリカ・インディアンが描いた二つの絵をみつけ、これらが1054年

7月4日の超新星爆発直後の状態をスケッチしたものであると推定した。この当時の模様を、

ミラーは1976年3月5日付の私宛の手紙で次のように記している。「1952年に初めてこれ

らの絵の一つをみつけたとき、それはただたんに不思議さと疑わしさを私にもたらしただけで

した。そのわけは、アナサジ文化を築いた人びとが岩石に描いた絵の中には、三日月を形

取ったものがほとんどなかったからです。翌年、そこから北に何マイルも離れた峡谷で、もう

ひとつ非常によく似た絵をみつけたときでさえ、前にみつけたのとずいぶんよく似ていると

驚いただけでした。けれでも昔のアリゾナの北部におよそ時代的に同じ頃に住んだ人びとが

明らかに描いた二つの絵が、こんなに場所が離れているのによく似ているという事実は、私

を当惑させました。天文学と考古学のどちらにも同時に強い関心を抱いていたからです。そ

んな中でこれら二つの絵が何らかの実際の天文学的現象を表現しているのではないかと感

じ、これらの絵を遺した人びとの文化遺産、その他を調べ上げたのでした。私の友人の天文

学者の一人に撮影したスライドを見せたところ、彼も興味を持ちいろいろ調べた結果、二人と

もこれが紀元1054年の超新星の記録にちがいないという結論に達したのでした」 彼はこの

あと超新星の記録が中国と日本にあることを言及し、さらに天文学的な詳しい計算の結果、

北アリゾナにおける現地時間で1054年7月4日の朝、日の出直前に先に59図で示した写真

のように、三日月の傍らに超新星がみえたはずであることを突きとめた・・・・と記している。

(中略)

とくに有名なのは、ニューメキシコ州の西南端チャコー・キャニオン国立公園にある洞窟中の

天井に描かれた絵(上の写真)である。それには月は描かれているものの超新星と考えられ

る天体の絵はなく、手形が月の近くに二個つけられている。この洞窟やその周辺にアナサジ

文化の人びとが住んだのは紀元900年から1200年にかけてであるから、1054年の超新星

爆発を彼らがみたことはほぼまちがいないであろう。それなのになぜ手形がつけられたのだ

ろうか。彼らの信仰によると手形は神聖なものや超常的な事柄を表わすということだから、この

手形が超新星だった可能性は高い。






「ナバホへの旅 たましいの風景」河合隼雄著 朝日新聞社より引用


「白人がアナサジ文化の存在に気づき、それが忽然として消え失せたことをなかなか理解

できなかったのは、注目すべき現象である。彼らは「アナサジ人」そのものが消え失せた

と考えたのだ。しかし、何のことはない、「アナサジ人」の一部はプエブロ、ホピなどと呼ば

れてこの一帯に住んでいた。つまり、巨大な建造物をつくることはしなくなったものの、依

然としてそこに住み続けていたのだ。こんな当たり前のようなことに考えが及ばなかった

大きい要因は、白人文化にとって重要な「進歩」という概念が作用したのではないかと思

う。アナサジ文化を見た後では、それが次にどのように「進歩」「発展」するか、と期待す

るのではなかろうか。白人たちが最初に会ったプエブロやホピの人たちの生活を見て、こ

れがアナサジ文化の後継者であるとは、とうてい考えられなかったのではなかろうか。

白人の目から見る限り、それは「進歩」ではなく、「退歩」と見なされるであろうが、彼らは

営々とその生活様式をつづけている。ここに「白人の」として書いたことは、ヨーロッパ近代

の考えを受けいれている、現代の日本人にとっても同様のことである。つまり、文化や社

会は「進歩」する、あるいは、するべきであると考えている。確かに、人類の歴史を見て、

人間の社会が「進歩」してきたとは言えるだろう。その考えに従って、現在われわれは「先

進国」などという表現を用いている。そして、その「進歩」に貢献しようとして、あるいは、何

とか「出し抜こう」として努力している人は沢山いる。しかしこのように「進歩」ということを

評価するようになったのは、ヨーロッパ近代になってからのことである。まず、「進歩」とい

う考えの方から見ると、それを成し遂げる上での文字の役割を見逃すことはできない。

人間が「文字」をもつことによって、その行為や思考などが記録され、他の多くの人と共有

できる、ということは大きいことだ。それらの体験の集積と共有を経てこそ、次に生じてくる

「変化」が「進歩」につながりやすい。この点で、日本人が古くに平仮名、片仮名を考えつ

いたことは貴重なことだと思う。次に「進歩」という概念が生じてくるためには、人間中心

の思想がなければならない。たとえば、神(絶対者)がこの世をつくったのであれば、そ

れは完成品であるはずで、それが「進歩」することなど考えられない。ヨーロッパにおい

てはキリスト教のもとで、神との長い対峙の歴史を経て、人間中心の思想が生み出され

た。そこに生じてきた「進歩する文明」は、現在、全世界を席巻していると言えるだろう。

しかし、現在、その進歩の極みに達して、反省を必要とするようになった。神のことはし

ばらくおくとしても、進歩した文明は、人間の住んでいる外的環境も内的環境(心)をも

相当に破壊していることがわかった。われわれは、「進歩」を唯一の旗じるしにしている

ことができないと感じている。ここからは、私の車中のまったくのイマジネーションであ

る。アナサジ文化が「進歩」し壮大な建築物を築き、人々の往来もはげしくなったとき、

大干ばつが続く。そのとき、メディスンマンの誰かが啓示を受け、「自然に帰ろう」と呼

びかける。人々はその言葉に耳を傾け、一斉に大きい建築物を離れ、それぞれが自然

とともに住む生活へととけこんでゆくことになった。そこには何の争いもなく、静かな行動

だけがあった。これが現代人から見れば、アナサジ文化の消滅であり、「退歩」である

のだが、それはほうんとうに「退歩」なのだろうか。私はいろいろと想いをこらしつつア

ルバカーキへと向かったのであった。


 







「ザイオン・キャニオン 神々の宝」DVDの映像より



ホピの大地の地平線に朝日が昇るとき、人々は東の空に黒い人影が動くのを

かすかに認めたものである。その時間に起きている人々には特別な感覚が

漲った。母なる大地が子供たちの世話をしようと動き出し、守護者マサウが

寝ずの見張りを終えて家路につくその足音を、感じることができたのでだ。

犬は吠え、鶏とツグミは朝の到来をたたえる。まもなく、父なる太陽が毎日の

仕事に就く。ひとりまたひとり、頭を垂れる黒い人影たちは、手に持つコーン

ミールに囁き、祈りの言葉を吹きかける。

“父なる太陽、目に見えぬいのちよ、

いとも尊きその御力によりて、

今日、われらを助けたまえ。

民の声にその御声を響かせ、

今ここにいるわれらの目的を知らしめたまえ。

われらを守り、正しき道に導きたまえ。

今日、われらの体と心と魂をひとつにならしめたまえ”


「ホピ 神との契約」 この惑星を救うテククワ・イカチという生き方

トーマス・E・マイルス+ホピ最長老 ダン・エヴェヘマ著より引用


 




分けられ、名を与えられたプエブロの民は、主食をトウモロコシとし、行く先々で母なる

大地に霊的な根を降ろしつつ、北米大陸を隈なく移動し始めた。大移動にはいくつも

方法があるが、主な方法は、「パホ」と呼ばれる祈りの羽根を埋める、祭祀場の建設

にあった。また、浮き彫りと彩色を施した象徴を崖と岩に残すように命じられた。彼ら

の旅と事蹟を記録するためであり、通過地点に所有のしるしを入れるためでもある。

ホピは何よりも、未知の場所で彼らを待っていると言われる、マサウを探さなくてはな

らなかった。一方祭祀場は母なる大地との送受信チャンネルになる。長い歳月の間

にこれらの場所を再訪すると、大地は生きていく上で彼らを助け、大地を汚す者たち

をどう思っているか、それについて何をしようとしているのかを啓示した。プエブロの

民が創造主と現実に契約を交わし、移動してその命令を実践したことには異論の余

地はない。彼らは信じがたいほど長期にわたってそれを行ない、ホピが移動のたび

に残した集落の数は、考古学者が発見したものだけで、1万5000にのぼる。(中略)

ホピ族は、マサウを見つけるまで移動せよとの命令を心に刻んでいた。それを守る

者は特別に祝福される。出現のときに、彼らは創造主とのあいだに最初の契約を

交わした。どんな困難に出会おうとも、どれほど時間がかかろうとも、マサウを探す

旅を続けるという約束だ。実際そうした。その期間については正確なことはわから

ない。だが、出土品と考古学的証拠から、数千年間、旅が続いたことが確認され

ている。このことから、ホピのもうひとつの特徴が見えてくる。どんな状況になろう

とも、どれほど長い期間を要しようとも、約束を守るということだ。(中略)いずれに

せよ、残された祭祀場はホピの霊的計画の中で重要な位置を占めている。所有

地が侵略者によって奪われるまで、ホピの霊的指導者たちが訪問し続けたところ

もあった。そのあいだ、彼らは母なる大地に心を合わせ、大地が与えてくれる一年

の恵みに対して感謝の意を表す。これに対して、大地は彼らに愛を示すとともに、

世界の状態についての最新情報を伝達した。こうした聖なる場所で、ホピの祭司

たちは、生命の道について遂行するべき、さらなる指導を与えられた。もうひとつ

のホピの特徴が、大移動期に見られる。彼らは母なる大地とのつながりを保ち、

被造物や宇宙全体に調和して生きることを学ぶ。信仰深い、忠実で有能な集団

なのだ。主だった遺跡における最近の発見によって、彼らがかなり社会化されて

いたこともわかっている。ホピその他のプエブロ・インディアンが農耕と祭りの時

期を定めるのに使っていた太陽暦も発見されている。10世紀から11世紀のあ

いだに、北方の大地に住んでいたプエブロの民は、住居を捨てて、アリゾナと

ニューメキシコに南下し、今に至っている。どの集団がどこへ行ったのかを正確

に知る者はいない。異なるプエブロの民がどの村に今住んでいるかは知りえて

も、彼らが古代に北方のどの村から訪れたかについては、正確なことはわから

ない。ニューメキシコ州リオグランデに移住してきた者たちもいて、彼らは東プエ

ブロの民と呼ばれている。ズーニー、アコマ、ラグナに移住した者たちもいる。

ホピ族はアリゾナのブラックメサに移動し、集団の一部はオライビと呼ばれる

場所に移り住んだ。オライビとは「根づく場所」の意味である。


「ホピ 神との契約」 この惑星を救うテククワ・イカチという生き方

トーマス・E・マイルス+ホピ最長老 ダン・エヴェヘマ著より引用


 





デキストラ(ホピ族の著名な女性陶芸家)の言葉


巡礼というのかしら、ホピではいまでも定期的に遺跡を訪ねて捧げものをしているでしょう。

「そう。自分自身をきれいに拭うために。そして“思いだす”ために。記憶を新たにするために。

われわれがどこから来たか? 誰であるのか? 自分自身を霊的に新しくする作業なのよ。

・・・・本当は、遺跡だけではない。地球上のどこであれ、神聖な場所。どこにいても、あなたが

ひとりでいて静かであれば、創造主と話をすることができる。いつでも、どこでも、創造主の助け

が必要なときは。だって、あなたが何を感じているかを知っているのは、彼ひとりだけ。創造主、

グレイト・スピリット。彼を見た人はいない。それでも、どこにいても直接話ができる。われわれは

創造主のことを“イタナ”と呼びます。“お父さん”という意味」 (中略) 「そう。ずっとずっと昔、

何百年も前からホピの先祖は言い続けてきたのよ。<何もかも失うときが来るだろう。白い人

たちがやってきて、すべてが根こそぎにされてしまうだろう。そのときあなたにできることは、ただ

ひつつ。“思いだす”こと。自分が誰であるのか、どこから来たのか、いつも心に留めていること>

と」 自分が誰であるかなど、知ることができるでしょうか。私は、自分が何者であるかを知りま

せん。デキストラは知っていますか? 「自分が何者であるかを知るということは、自分自身をい

つも油断なく見張っている、ということ。<周囲で起こっていることのなかに没入してしまわないよ

うに注意しなさい!>と先祖は言った。<起こっていることから距離をとって、ひとりで歩むこと>

と。先祖はずっと昔から、来るべき時代のことを知っていたのよ。<カップのような物体がもの凄

い速さでそこらじゅうを走りまわるだろう。光がついて中には人間が乗っている>。これは車のこ

と。<われわれの頭上、空一面に、たくさんの蜘蛛の巣が張りめぐらされるだろう>。これは飛行

機のこと。<われわれの世界は、ふたつの黒い板に挟まれた白い物体によってまったく変わった

ものになってしまうだろう>。バイブルのことよ」 予言の一部ですね 「そう。<子どもたちは親や

年よりを二度と敬わなくなるだろう>。知ってのとおり。若い人たちは、ホピにおいてさえ、まったく

過去を敬おうとしない。私にとって過去は、かけがえのないもの。価値あるもの。古い時代の古い

人々の生き方のなかには、多くの真実が含まれている。昔から人々は、<大地のめんどうを見る

ように>と言い伝えてきた。<自然を壊すことがあれば、必ず何かが起こる>と。それがいま起

こっている」 「ホピに来るたびいつも感じるのは、地球、自然の古さということ。風に磨かれた岩

の魂ひとつ、水に削られた渓谷ひとつ・・・・・・・・どれをとっても人間がつくったどんな遺跡よりも

ずっと古い。多くの神話や物語は、そうした“古きもの”と人間とのつながりについて語っている。

プエブロには昔からストーリーテラーと呼ばれる役目の人がいて、物語を続けることで、“古きも

の”に結びつけられた人間の姿を繰り返し確認するという機能を果たしてきた。物語を失ったわ

れわれは、自然との絆、過去と未来との絆を失って、風のまにまに漂っているわけです」 「私が

子どものころ、まわりにいる大人は誰でも物語を話してくれた。冬は暖炉のまわりで、夏は屋根

の上に寝そべって。土の家は蒸し暑いから、みんな屋根に上がって眠るの。ブランケットもなし。

ただ寝転がるだけ。落ちていきそうに深い夜空を覗きこみながら、たくさんの話を聴いた。この

世界のありとあらゆるものについての物語。太陽、月、鹿、蛇、蟻、鷲、・・・・悲しくて泣いてしま

う物語もあった」 (中略) ホピ居留地内には小学校が六つと、中学、高校が一つずつありまし

たね。昨日、ホピ・カルチャーセンターで見かけた高校生の卒業パーティーはずいぶん華やか

だった。みんなタキシードとかドレスを着て、酔っぱらっている子もいたみたい 「そう、高校生

はひどい。煙草は吸うし、マリファナもやる。サンタフェとか都市の学校に通っていた子が戻って

きて、そういうことの中心になる。若い子がそんなだから、儀式に参加する人がどんどん減って

くる。カチーナ・ダンスを続けていくのも大変なのよ」 将来に絶望している? 「絶望はできな

い、あきらめることはできないのよ。われわれは子どもたちに伝え続けなければならない。しか

るべき年齢になれば、たぶん、気づくときがくる。われわれにできるのは、話すことだけ。人生

をつくるのはお前たち。お前たち自身の選択なんだよと」


「インディアンの夢のあと」北米大陸に神話と遺跡を訪ねて

徳井いつこ著 平凡社新書 より






2012年2月6日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

M1(おうし座の超新星残骸:かに星雲)

前の投稿でベテルギウスの爆発を書きましたが、この画像は今から約1000年前の1054年7月4日頃

に超新星爆発した名残りの星雲を撮ったものです。金星の6倍明るく23日間に渡って昼間でも見えた

この爆発は、藤原定家の「明月記」やアナサジ族(北米西部の先住民)によっても記録されています。



かに星雲の星までの距離が6500光年に比べて、ベテルギウスはその10分の1の640光年。ですから

ベテルギウスが爆発すると、100倍(距離の二乗に反比例)も明るく輝くことになります。



☆☆☆☆



アナサジ族に関してですが、チャコ・キャニオンの西メサに「Penasco Blanco」と呼ばれるところがあり、

そこの岩面彫刻にこの超新星爆発が描かれています。



アナサジ族はかなりの天文学知識を持っていたと言われており、平原インディアンが住む地には500万

〜600万ものストーン・リング(環状列石)が残っています。その大きなものはメディシン・ホイールと呼ば

れており、これはイギリスのストーンヘンジと同じようなカレンダーの意味を持っていたのではないかと

考える人もいます。



アナサジ文化は西暦紀元に始まったと言われますが、チャコ・キャニオンから300kmにも渡って真っ直

ぐな道路が伸びており、村や重要な重要な祭祀所を結んでいました。



その後、ナバホやアパッチの部族の侵入により移動を余儀なくされますが、チャコ・キャニオンから続く

アステク遺跡、ソロモン遺跡、ケイサス・グランデに至る620km、これらの遺跡の全てが西経108度の

線の上に並べられています。その意味はわかりませんが、高度な天文学知識を持っていたことは容易

に想像することができるかと思います。



このアナサジ族の子孫が「ホピ族」と言われています。



☆☆☆☆



話は変わりますが、この「かに星雲」が位置するところは「おうし座」というところです。オリオン座に近く

「すばる」で有名なプレアデス星団が位置する星座です。



「おうし座」という星座の位置は、平原インディアンにとっても重要な意味を持っており、「白いバッファロ

ーの女」という有名な伝説に出てくる存在を星空に投影していました。有名なメディスン・マンのクロウ・

ドッグ
は次のように語っています。



「この聖なる女性がスー族に聖なるバッファローの子牛のパイプをもたらした。このパイプをもたない

インディアンなどいるはずがない。その女性が来る以前、人々はどうやって暮らすか知らなかった。

人々は何も知らなかった。<バッファローの女>が人々の頭に聖なる知識を植えつけたのだ」



☆☆☆☆



(K.K)



 


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