この美しい聖母像は1868年にフランスから贈られ、開国後、初の

キリスト教教会として、1862年(文久2年)居留地に建てられた

イエズスの聖心教会の入口の上より人々を見守る形で設置され

ました。



1906年(明治39年)に教会が山手44番地に移転の際、現在の

場所に移されました。


開港後日本最初の聖堂 カトリック山手教会 に戻る。




2012年4月1日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



フィリピンの刑務所に服役している方が作った聖母マリア像で大切にしているものです。



随分前のテレビでブッダの足跡を追ったNHKの番組があり、梅原猛さんと瀬戸内寂聴さんが解説して

おられた。晩年のブッダが母親の故郷だったか亡くなった場所を目指していたのではないかとの問い

に、瀬戸内寂聴さんは「それはありません。ブッダはそれを超えた目的のために向かった」と話してお

られましたが、梅原猛さんは瀬戸内寂聴さんに対して「いや、仏陀の心の奥深くにはそれがあった」と

言っておられたのが強く印象に残っています。



ブッダ、そして梅原猛さんも生まれて1週間後に母を亡くしています。宗教学者の山折哲雄さんは梅原

猛さんのことを次ぎのように記しています。



「仏教にたいする梅原さんの心情の奥底には、母恋いの気持が隠されている。それは微かに沈殿して

いるときもあるが、激流となってほとばしることもある。梅原さんがしばしば語っているように、それは養

父母に育てられた体験からきているのかもしれない。とりわけ、母上に早く死なれてしまった辛い体験

が、その後の梅原さんの思想の形成に大きな影を落としているためなのであろう。その深い喪失感が、

梅原さんの文章に切迫した気合いをみなぎらせ、その言葉に美しいリズムを生みだす源になっている

のだと思う。」



ブッダ、そして梅原猛さんは同じ喪失感を味わったものだけしか理解しあえない次元で繋がっているの

かも知れません。



勿論、瀬戸内寂聴さんの「仏教塾」は万人に理解できる言葉で仏教を紹介している素晴らしい文献です

が、それと同様に梅原猛さんの「梅原猛の授業 仏になろう」はユーモアを交えながらも奥の深さを感じ

ます。また手塚治虫が書いた漫画「ブッダ」と共に、今読み始めている「超訳 ブッダの言葉」小池龍之介

・翻訳もそのような優れたものなのかも知れません。



私は読んだことはありませんが、当時の日本の哲学界の重鎮であった西田幾太郎や田辺元を梅原猛

さんは評価しながらも批判をしています。



「西田・田辺の精神はよろしい。西洋哲学と東洋哲学を総合して、今後の人類に生きる道を示すような

独創的な哲学を立てるという精神には大賛成です。だけど、もっとやさしく語れ、もっと事実に即して語れ

というのが、私の学生時代からの西田先生、田辺先生に対する批判です。」



専門家向けに書かれた本なら専門用語を駆使して書くことは当然かも知れません。しかし万人を対象と

するとき、敢えて難しい言い回しや専門用語を使うことは、自らの学問の使命を忘れているのではと感じ

てなりません。勿論私の読解力のなさがそう思わせている面もあるのですが、学問は人類に限らず地球

や地球に生きるもののためのものであるはずです。学問を自分自身の名声・名誉や金銭、社会的地位

を得るための手段としてしか捉えられない者は、哲学であれ科学であれ道を踏み外しているように思い

ます。



「母の愛を象徴化したような観音やマリア崇拝が、宗教の根源ではないか」と梅原猛さんは言っています

が、梅原猛さんが母の慈愛を観音様に重ね合わせるように、私は聖母マリアに重ね合わせているので

しょう。



ただ児童虐待などで母の慈愛を感じらずに育った子供たちは、物心がつくまえに母を亡くした方と同じよ

うな喪失感が横たわっているのかもしれません。



(K.K)



 

 



2012年6月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。


聖母マリア(写真は私の家にあるマリア像です)



これまで世界各地に聖母マリアが出現した。その中でカトリックの聖地となったものではルルド、ファチマが

有名かも知れない。



アッシジの聖フランシスコも「小さき花」で描かれているように、イエス・キリストやモーセの臨在を数多く受け

ていた。



私自身の場合、過去に一度だけ神秘体験をしたことがある。苦しみを通り越して自分が息をしているかどう

かわからなかった時のことであるが、ただそれは強いストレスにさらされた脳に快感物質が出たからだと今

は思っている。



ルルドやファチマに出現した聖母は真に神からの伝言だったが、私の場合は脳の防御反応でしかなかった

と感じている。



本当に真偽を見極めるのは難しいと思うし、私には出来ない。



たとえ私の前に過去の偉大な聖人が出現しても私はそれを吟味し続けるだろう。



その現象を自己の心の奥深くに落としながら、それは真なのかと問い続けるだろう。



それは私のような疑い深い人間には長い時間を要するものかも知れないし、時間をかけなければならない

ものだと思う。



ルルドやファチマで聖母を見た少女たち、彼女たちは純真無垢だけでは言い現すことができない何か、神か

らの特別な恩寵を受けていたと感じられてならない。




(K.K)



 
 

2013年4月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





「男は女の力を恐れている」



(写真は『アメリカ先住民女性 大地に生きる女たち』から引用しました。)



中東やインドで起きている女性の悲劇を見るにつけ、私はそれを感じてならない。



恐らく太古の時代では多くが母系社会(母方の血筋によって家族や血縁集団を組織する社会制度)で

あり、調和ある共同体をつくるために母系社会は最も基礎となるものだった。



縄文土器に見られる女性像などから、儀式を執り行ったのは主に女性だったのではないかとの説が

あるが、沖縄・奄美のユタ(殆ど女性)を除いて、世界各地のシャーマンは圧倒的に男性が多い。これ

はもともと女性は生まれながらに偉大な神秘が宿っていることを男性自身が認識しており、治癒など

の儀式や部族の指導者(女性の意見だけで決める部族もある)は男性に任せるというのが自然の流

れになってきたのかも知れない。



母系社会の中では性犯罪が起きることは考えられないことであった。例えばアメリカ先住民と白人が

憎み戦っていた時代の証言「インディアンに囚われた白人女性の物語」の中でも、白人男性の捕虜と

は異なり、女性捕虜が如何に大切に扱われてきたかを読むとることができる。



このアメリカ先住民の社会では、女性が男性の荷物を家の外に置くだけで離婚は成立し、その逆は

なかった。



ただ現代のアメリカ先住民社会は、子供を親から無理やり引き離し、言葉・生活習慣・宗教などの

同化政策がなされた影響で、アルコール中毒、自殺、家庭崩壊、貧困が深刻な問題になっているが、

虐待や育児放棄の被害にあった子供たちを母系の集団の中で世話するため、現在でも孤児は存在

しない。



母系社会がいつから父系社会に転換したのか、、定住とそれによる近隣との闘争という説もあるが、

私の中ではまだ答えは見つけられないでいる。しかし肉体的な力による服従が次第に母系社会を

崩壊させ、それが暗黙のうちに様々な宗教に伝統として紛れ込んだのは事実かも知れない。



日本では菅原道真などに象徴される「怨霊」や「祟り」を鎮めるために、迫害者に近い人が神社などを

つくり、祭り上げることで鎮めてきたが、同じように卑弥呼の時代は既に女性の力の封印が始まった

時期だと思う。また中世ヨーロッパにおける「魔女狩り」も、宗教が関わりを持つ以前から民衆の間で

始まった説があるが、女性の力を封印させる側面もあったのだろう。



「男は女の力を恐れている」



無意識の次元にまで下ったこの感情を、あるべき姿へと開放させ、母系社会の意味を改めて問う時代

だと思う。



「アメリカ先住民」に限らず、「聖母マリア」「観音菩薩」の存在は、暗にその意味を私たちに教えている

ような気がしてならない。



☆☆☆☆



「女性が死にたえるまで、部族が征服されることはない。」

(チェロキの言い伝え)



「先住民族女性と白人の女性開放論者のちがいは、白人フェミニスト

たちは権利を主張し、先住民女性は負うべき責任について主張し

ているところだ。このふたつは大きく異なる。わたしたちの責務とは

この世界にあるわたしたちの土地を守ることだ。」

ルネ・セノグルス(Renee Senogles)
レッド・レイク・チペワ(Red Lake Chippewa)



「女は永遠の存在である。男は女から生まれ、そして女へと帰っていく。」

オジブワ族(Ojibwa)の言い伝え



「この星は、われわれがずっと生活してきた家である。

女性はその骨で大地を支えてきた。」

リンダ・ホーガン(Linda Hogan) チカソー(Chichasaw)族 詩人



「女性を愛し、大地は女性なのだと教えられ育ってきた男たちは、大地と

女性を同じものだと考えている。それこそ本当の男なのだ。生命を産む

のは女性である。女性が昔から感じとっていた眼にみえない大きな力と

の関係を男たちが理解し始めるなら、世の中はよりよい方向に変化し

始めるだろう。」

ロレイン・キャノ(Lorraine Canoe) モホークの指導者



☆☆☆☆




 
 

2013年5月26日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。



(大きな画像)


テントウムシ(天道虫)とネムノキ(合歓の木) 5月26日ベランダにて撮影



テントウムシはアブラムシ類や、種類によってはカイガラムシ類やハダニ類、うどんこ病菌を

食べる益虫として昔から尊ばれてきました。また太陽に向って昇り、枝の先端からでないと

飛び立たないことから、日本では「天道虫」として親しまれていました。



英語では「聖母マリアの使い」、ドイツ・スペイン語では「マリア様の虫」、フランス語では「神様

の虫」、イタリア語では「神の雌鳥」との意味があり、イタリアやアメリカでは、テントウムシが体

にとまると幸せが訪れると言われているようです。



ヨーロッパのある伝承では、無実の罪で処刑されそうになった男の肩にテントウムシが留まり、

男は息を吹きかけて逃がしてやりますが、そのテントウムシは違う男の肩に留まります。その

男はこのテントウムシを叩き潰してしまいますが、それを見ていた領主が不審に思い再調査し

たところ、叩き潰した男が真犯人だとわかったことから「無実の人を救う虫」となったというもの

もあります。



ネムノキ(合歓の木)、何故「合歓の木」と呼ばれたのかは、夜、葉を閉じる姿が眠っているよう

に見えるとか、夫婦の交わりを意味すると言われていますが、私は手を合わせる行為、祈りの

姿に似たものをそこに感じます。



日の出とともに咲き、日の入りとともに花をしぼめる蓮や睡蓮は、エジプトやヒンズー教、仏教

では聖なる花ですが、合歓の木の姿を見て、そこに蓮や睡蓮と同じように太陽と共に生きたり

眠ったりする姿を重ね合わせた人がいたのかも知れません。



自然の営みを通して思い起こさせてくれる「祈り」の姿は、あるべき道から離れた心を呼び戻そ

うとしているかのようです。










夜明けの詩(厚木市からの光景)

アッシジの聖フランシスコ(フランチェスコ)

美に共鳴しあう生命

ホピの預言(予言)

神を待ちのぞむ(トップページ)

天空の果実


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日本ユニセフ協会(子供たちに笑顔を)