未来をまもる子どもたちへ



散文詩「遥かなる銀河」

1993年7月に書き、俳句雑誌「多羅葉」に掲載。





APOD: 2011 September 15 - NGC 3521: Galaxy in a Bubble NGC 3521 (大きな画像)



「遥かなる銀河」




流す涙に

私の手は何を拭うことが出来るのか

憂いに沈む瞳に

私は何を語りかければいいのか

震えた冷たい指先に

私は何を持たせればいいのか



私が花巻を旅したのは

もう紅葉がすでに始まろうとしているときだった

夜行バスでほとんど眠れぬ夜を過ごし

花巻に降り立つと眠気も醒める冷たく心地よい風が

私をぐるりと取り巻いていた

いつしか私は賢治が歩いた道に佇んでいた



もう何年前になるのだろう

天空に灯る星ぼしに

私の心を導いてくれたこの物語を見開いたのは

賢治 あなたは街灯もない暗い道を

この「銀河鉄道」を書くために歩き続けた

ひんやりとした大地に身を横たえ

天地に流れる星ぼしにあなたはその夢を託した

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸せはあり得ない」  

あなたが流れる銀河に見入ったのと同じように私の心にも

その銀河が滔々と流れているのです



賢治 あなたは他の人の悲しみに無関心でいられなかった

しかしそれ故

彗星のごとくその命を短く燃え尽きさせてしまった

賢治 あなたは銀河鉄道に今も乗っているのだろうか

あなたが残した作品は、今多くの人に読み継がれ

その足跡を追ってこの地を訪れる人は後を絶たない

しかしあなたは今

どのような目でこの私達の星を見つめているのだろうか



私は軽便鉄道の線路添いに足を進めていた。七十年前賢治が踏み

しめた道を往くと、意識が急に遠ざかり私は線路の近くを流れる

川のせせらぎの音色に身を浸らせていた。すると何処からか

汽笛が鳴ったかと思うと「サウザンクロス サウザンクロス」

と突然車掌の声が鳴り響いた。「次の停車場はプレシオスの鎖」

赤いランプをかざした男が青い制服を着て私の横に立ち、じっと

私の瞳を見つめた。燃え盛る白い炎のように彼の目は爛々と輝き

渡り、その帽子には七つの宝石がちりばめられて車内を虹色に染め

ていた。「何処までおいでですか」 気が付くと私以外誰もいず、

もう汽車は物音を立てず走り出していた。ふとにぎやかな声が

私の耳を奪い、車窓から見える光景に見惚れていた。

「ああ、あれは今さっき生命を受けた星の子が喜び踊っているので

すよ。」 黄金色に輝く稲の穂のなかを疾風のごとく童子が駆けて

いる。しかし急に外が真っ暗になり男の持つ赤ランプが私の目に

飛び込んできていた。男は私の前の席にいつしか腰掛けており、

その瞳は涙で潤んでいるかに見えた。「どうかしたのですか。」 

汽車はプレアデスを通り過ぎ、おおいぬ座の向こうに地球が位置

する銀河系が見え隠れしていた。「あなたは銀河ステーションの

あるあの緑の星に行かれるのでしょう。実はあなたに渡したいも

のがあるのです。」 男はポケットの中をまさぐり、取り出したその

白いひ弱な手には振り子が揺れていた。「この振り子は重力により

いつまでも揺れ動いています。この銀河鉄道だってそうです。

ただこの鉄道は重力ではなく、ある力によって動いているのです。

それは朽ち果てることのない力が源なのです。振り子は空気の抵抗

によりいつかは揺れることをやめるでしょう。私はあの地球を見て

いると、だんだんその振幅を小さくしてゆくのが気掛かりなのです。

空気の抵抗と同じように何らかの力がそうさせているの です。」 

男は深い溜め息をつきその目は遥かかなたに輝く赤いまたたきを

見つめた。すると不思議なことに、男の持っているランプは

ますます輝きを増し赤いセロハンを通して外界を見るように、

すべてのものの影が周囲にゆっくりと沈んでいった。

「あれはさそり座のアンタレスという星ですね。」 私は何か胸が

熱くなるのを感じ男に話し掛けた。 汽車は次第におおいぬ座に

近づき、いつしかシリウスの青白い炎が車内を隈なく照らしだして

いた。男はふっと我にかえり慌ててランプをその白い息で吹き消す

と、その姿は水晶のように周りに溶け込み私の目から消えていった。

「銀河ステー ーション 銀河ステーション。」と何処からか声が

響き、私は再び川のほとりに佇んでいるのに気づき急いでポケッ

トに手を突っ込んだ。 しかしその手には何も、何も握られては

いなかった。



私は三日間の旅を終え帰路に着いた

ある夜 私はそっと家を抜け出し

街灯の光が届かない暗闇のなかに寝ころび天を見上げた



流す涙に

憂いに沈む瞳に

震えた冷たい指先に

この私は一体何が出来るというのだろう

遥かなる銀河が私の瞳に飛び込み

あるがままの私を包み込んでゆく

その時何かの鳴る音が耳に響いた

それはゆっくり ゆっくりと心の中で揺れていた




Astronomy Picture of the Day Archive APOD: 2012 December 12 - Milky Way Over Quiver Tree Forest


祈りの散文詩集

散文詩「星夜の調べ」




2013年6月4日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。




ニーチェと宮沢賢治(写真は1年前に作ったレゴの蒸気機関車です)



ニーチェの「神は死んだ」の言葉に象徴される虚無主義(ニヒリズム)と「超人」思想。



私はニーチェの著作に触れたことがなく正しく読み取っていないかも知れませんが、、現世から目を背けている

当時の風潮に対して、彼は果敢な挑戦状を叩きつけたのだと思います。



しかし、来世のことだけを語る宗教への断罪と虚無主義。一部において何故彼がこう考えたのか納得はするも

のの、私たち一人一人は空気や水・食べ物など、地球や他の生命が養い創ったもののなかでしか生きられま

せん。人間は決して単独で存在できるものではありませんし、他のものとの関係性なくしては生きられないので

はないかと疑問に思ったのも事実です。



デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」からニーチェ、ハイデッガー。彼らの「個(人間)」だけを世界から切り

離した思索、人間中心主義が横行した西洋哲学に対して、梅原猛さんはその著「人類哲学序説」の中で鋭く

批判しています。



これらの西洋哲学者の対極にいるのが宮沢賢治先住民と呼ばれる人なのかも知れません。西洋哲学が

人間を世界から切り離して真理に近づこうとしていたのに対し、賢治や先住民は他のものとの関係性(繋がり)

を基軸に据え、賢治の場合は「銀河鉄道の夜」などの童話を通して私たち後世の人に想いを託したのでしょう。



賢治が言う「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉は、互いの繋がりを

真に肌で感じた者にしか発することが出来ない言葉なのだと思います。



梅原さんは前述した本の中で、宮沢賢治と江戸時代の画家「伊藤若沖」を紹介され、二人の思想の背景には

「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」(国土や動物・草木も仏性を持ち成仏できる意味)が

あり、縄文時代アイヌを含む世界各地の先住民の世界観に共通しているものがあると言われます。



またノーベル賞を受賞した福井謙一さんの言葉「科学はいまに、裁かれる日がくるだろう。自然を征服する科学

および科学技術から、自然と共生する科学および科学技術へと変わらなければいけない」を紹介されていました

が、科学技術文明の基となったデカルト以来の西洋哲学にも同じことが言えると主張されています。



私たちはデカルト以来の西洋哲学を、反面教師として捉える時期なのかも知れません。



ニーチェの「神は死んだ」、私は彼の思索の片鱗も理解できていないかも知れませんが、虚無としか映らない

状況のなか一筋の光りを見た女性がいました。



ニーチェの「超人」思想がヒトラーに悪用され、ハイデッガーがナチスの思想ではなくヒトラーの強い意志に魅了

されていた同じ頃、アウシュヴィッツの強制収容所で亡くなった無名の人ですが、賢治の銀河鉄道と同じように

多くの人の道標として、これからもその軌道を照らしていくのだと思います。



最後に、フランクル「夜と霧」から抜粋引用し終わりにします。



☆☆☆☆



それにも拘わらず、私と語った時、彼女は快活であった。



「私をこんなひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。」と言葉どおりに彼女は私に言った。



「なぜかと言いますと、以前のブルジョア的生活で私は甘やかされていましたし、本当に真剣に精神的な望みを

追っていなかったからですの。」



その最後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。「あそこにある樹は一人ぽっちの私のただ一つのお友達

ですの。」と彼女は言い、バラックの窓の外を指した。



外では一本のカスタニエンの樹が丁度花盛りであった。



病人の寝台の所に屈んで外を見るとバラックの病舎の小さな窓を通して丁度二つの蝋燭のような花をつけた

一本の緑の枝を見ることができた。



「この樹とよくお話しますの。」と彼女は言った。



私は一寸まごついて彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女は譫妄状態で幻覚を起こしているだろうか? 

不思議に思って私は彼女に訊いた。



「樹はあなたに何か返事をしましたか? -しましたって!-では何て樹は言ったのですか?」



彼女は答えた。



「あの樹はこう申しましたの。私はここにいる-私は-ここに-いる。私はいるのだ。永遠のいのちだ。」



☆☆☆☆




 

2012年6月29日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(大きな画像)



宮沢賢治「よだかの星」(写真は岩田山公園にて)

宮沢賢治の童話「よだかの星」、あらすじを「ウィキペディア」より引用します。



☆☆☆☆



よだかは、美しいはちすずめやかわせみの兄でありながら、容姿が醜く不格好なゆえに

鳥の仲間から嫌われ、鷹からも「たか」の名前を使うなと改名を強要される。



自分が生きるためにたくさんの虫の命を食べるために奪っていることを嫌悪して、彼は

ついに生きることに絶望し、太陽へ向かって飛びながら、焼け死んでもいいからあなた

の所へ行かせて下さいと願う。



太陽に、お前は夜の鳥だから星に頼んでごらんと言われて、星々にその願いを叶えて

もらおうとするが、相手にされない。



居場所を失い、命をかけて夜空を飛び続けたよだかは、いつしか青白く燃え上がる

「よだかの星」となり、今でも夜空で燃える存在となる。



☆☆☆☆




(K.K)



 


2012年4月17日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



さそり座のアンタレスと球状星団M4 (写真はNASAより引用)



宮沢賢治が好きだった、さそり座のアンタレス。「銀河鉄道の夜」にはこの焼け死んだ

さそりの物語が登場してきます。



さそり座はこの時期、午前2時ごろに南の空から昇ってきますが、一等星のアンタレス

は日本では「赤星」と呼ばれています。



賢治は「ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔ったようになって、その

火は燃えているのでした」と書いていますが、画像でも黄色い星雲の中でひときわ明る

く輝いています。



アンタレスの下、画像中央やや左に見えるのが球状星団M4で、地球からこの星団まで

の距離は約1万光年です。



日本で1万年前というと縄文時代が花開いていた時代でした。この縄文時代の光が今

ようやく地球に到達しているんですね。



画像は長時間撮影したもので、肉眼や望遠鏡ではこのような美しい星雲は見えません。

双眼鏡ですと、同じ視界にアンタレスとぼんやりした姿のM4が映ります。



(K.K)



 

 


2012年3月30日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

写真は「生きて死ぬ智慧 心訳 般若心経」柳澤桂子著より引用



私が尊敬する人で仏教にひかれている人は多い。宮沢賢治、哲学者の梅原猛さん、生命科学者

の柳澤桂子さんなどがそうである。



しかし葬式仏教の姿や住職が高級外車に乗り、ロレックスの金時計などしているのを見ると、本来

の仏教とはかけ離れたものになっているのではないかと感じていた。



ただ、前の投稿にも書いたが職場の同僚が高野山に出家したときから、仏教にたいしての自分の

無知がいろいろな偏見に繋がっているのではないかと思うようになっていた。



柳澤桂子さんは前途有望な生命科学者だったが、原因不明の病気で36年もの間苦しみ自殺も考

えたという。しかし彼女が一般の人向きに書かれた遺伝子に関する本は高い評価を受ける。そん

な彼女が書いた「生きて死ぬ智慧 心訳 般若心経」は、自身が研究してきた遺伝子という科学の

視点、そして何より闘病の苦しみの中から般若心経を自分の視点で捉えなおしたものだった。



何か日本人として遅すぎはしたが、ブッダのことをもっと知らなければならないと感じている。



☆☆☆☆



私たちは生まれながらにして、仏性、神性を善とする考えをもっていると思います。



私たちの意識の進化の方向は、他人をたいせつにする方向に向いているのです。



あるいは、自己本位であることが、私たちの本来の性格であると思うこともあるかもしれませんが、

私たちは、自己中心性を超越して、他人のために尽くすことに喜びを感じるよう成熟しつつあるの

だと私は思っています。



そのような視点から見て、これから人間たちの前途に大きく立ちふさがるのは、科学のまちがった

使い方です。



人間のつくったホルモン作用攪乱物質や放射能によって、私たちの地球は汚染され、生物が住め

ないような状態になってしまうかもしれません。



子孫が、そのようなことで苦しまないように、われわれは全力を尽くすべきです。



地球上のどこにも闘いのない、思いやりに満ちた人間社会をつくることができるよう願っております。



「永遠のなかに生きる」柳澤桂子著より引用



☆☆☆☆



(K.K)



 

 


2012年4月25日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

イータ・カリーナ星雲 (写真はNASAより引用)



もし皆さんが南半球を旅することがあったら、南十字星(サザンクロス)の近くにあるイータ・カリーナ

星雲を見てください。



私はまだ見たことはありませんが、天の川の中にこの星雲の全体を肉眼でも見ることが出来ると思

います。上の写真はこの星雲を拡大したものです。



南十字星、サザンクロスは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にも出てきますが、この南十字星の直ぐ左

下にコールサック星雲(石炭袋)という暗黒星雲が広がっています。「銀河鉄道の夜」にも出てくる

石炭袋、これは背後の星たちの光をこの星雲がさえぎっているため黒く見えるんですね。



そして南十字星の右側に赤く広がっているのが写真のイータ・カリーナ星雲で、私たちに馴染みの

あるオリオン大星雲の1000倍もの明るさを持って広がっています。



肉眼でも素晴らしいと思いますが、いつか双眼鏡で見てみたいものです。



☆☆☆☆



「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一諸に行かう。僕はもうあの

さそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」



「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。



「けれどもほんとうのさいわいは一体何だらう。」ジョバンニが云いました。



「僕わからない。」カムパネルラ がぼんやり云いました。



「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云い

ました。



「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川の

ひととこを指さしました。



ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。



天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。



その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼が

しんしんと痛むのでした。ジョバンニが云いました。



「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこま

でもどこまでも僕たち一諸に進んで行かう。」



「ああきっと行くよ。 ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとう

の天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれ

いな野原を指して叫びました。



宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」より引用



☆☆☆☆



(K.K)



 

 

2014年10月31日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。




(大きな画像)


天の川とデビルスタワー(ワイオミング州北東部) 写真はNASAより引用



この巨岩は約2億年前に、ロッキー山脈が隆起した際のマグマです。



この時代(三畳紀末)はアンモナイトの絶滅など、全生物種の76パーセントが絶滅した時代ですが、その原因として

火山活動や隕石衝突などが考えられています。



隕石衝突説の根拠として、岐阜県坂祝町にある木曽川の河床の地層(約2億1500万年前)から、隕石に豊富に含ま

れている白金族元素が通常の20倍から5000倍の濃度で見つかっています。



ところで、この巨岩は近くに住んでいたアメリカ先住民(インディアン)の部族が熊信仰の対象としており、また岩の

垂直方向の割れ目は灰色熊によってつけられたものとされています。



「クマとアメリカ・インディアンの暮らし」ロックウェル著(私は未だ読んでいません)に詳しく書かれているのではと

思いますが、アイヌの方と同じ視点を持っていたのかも知れません。



また宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」にも、この視点が流れているように思います。








夜明けの詩(厚木市からの光景)

雑記帳(魅せられたもの)

祈りの散文詩集

神を待ちのぞむ(トップページ)

天空の果実

宮沢賢治



祈りの散文詩集に戻る

最初に戻る

サイトマップ