「縄文 謎の扉を開く」

縄文文化輝く会 松久保秀胤・監修 冨山房インターナショナル











本書・目次

序・・・縄文時代の営みや精神が現代人に語るもの



第一章 縄文のビーナスと仮面

中ツ原遺跡の仮面土偶と縄文社会 桐原健

女性と仮面の精神史・・・民族・民具研究の視点から 岩井宏實

土偶に見る縄文人の女神信仰 吉田敦彦



第二章 縄文土器と生活

縄文土器の形とこころ・・・ドングリのアク抜きと土器の関係 渡辺誠

縄文の酒器・・・有孔つば付き土器の形と用途 長沢安昌

文様でみる月の神話・・・有孔つば付き土器の図像世界 小林公明



第三章 縄文文化の扉を開く

縄文文化の扉を開く・・・三内丸山遺跡の調査から 岡田康博

まほろば国の信濃 杉山二朗

黒曜石の流通センター



第四章 縄文時代と稲作

アジアの稲作と日本への伝播 田中耕司

イネはいつから日本にあったか 佐藤洋一郎



第五章 縄文人に学ぶこと

仮面の謎を解く 吉野裕子

縄文住居の謎 藤森照信

現代人と縄文人の考え方 養老猛司



おわりに・・・「縄文のビーナス」に魅了されて 松久保秀胤



 


本書「中ツ原遺跡の仮面土偶と縄文社会」

桐原健 より抜粋引用



土偶が戸外に据えられていたとなると、拝跪する人の数は家族を超えた複数多人数で、そうなると

聖霊と拝跪する縄文人との間に立つ祀る人の存在も浮かんできます。縄文のムラには女・子どもの

知らない秘密結社がありまして、その結社員が精霊とはこういうものだと具体化してくれます。その

秘密結社とムラ人の間に介在するのが司祭者で、ムラ人から見た場合、彼は精霊を呼び招く人、

土偶を管理し祀る人であります。民族例によりますと祀る対象物が人工物である場合は、それを

常時露天にさらすケースは少ない。戸外に結界を設け同処に土偶を据えるのは、特別な日に限っ

たことで、通常はムラ人の知り得ないタブーとされている処に秘匿されていた。


(中略)


土偶の持っている聖性を喪失させる行為は、精霊(マナ)を否定することに通じます。自分たちの

期待にこたえてくれないから殺すんだと言えば、それは現代的な話になります。精霊が死んだ、い

なくなってしまった。あるいは精霊と村の人たちの間を取り持ってきたシャーマンの死によって精霊

との交渉ができなくなってしまった。土偶の取り扱い方がわからなくなってしまった。このような場合

に土偶を放置しておくと、どんな悪い結果が起こるかもわからない。仕方がないから土偶の一部を

欠損させて聖性を喪失させた。




本書「女性と仮面の精神史」・・・民俗・民具研究の視点から

岩井宏實 より抜粋引用




こうした視点で見ると、女性がどんな霊力を持っていたか、またどんな力を持っていたかというと、

これはやはり一つは巫女(ふじょ)となる特性を持っていた。要するに神の託宣を聞いて、その託宣

でもって社会のいろんな問題に対応していく。こういう思想行動の中から語られてきたのが、歴史の

中で邪馬台国の女王卑弥呼であり、また天照大神であり、多く女性が核になって出てきます。その

示唆によって男性が実際実務を行っています。こうした中で日本の芸能が出て、文学も発生したの

であります。巫女が異常な状況になって神の託宣を聞いてその託宣を口走る、これが伝承になって

継承され、それを文字化されたときに文学に転換するとなると、日本文学の発生というのは、まさに

女性でもって生み出されてくるわけです。また、芸能の場合もやはり神を迎えてそれを慰める、ある

いは神の託宣を聞く。託宣を聞くのはやはり女性でありました。ここから湯立神楽が生まれ、それが

今日の神楽に発展してくるわけであります。いずれにしても日本の文学なり芸能の発生は、霊力あ

る女性が担ってきたものでありました。そうしたことから考えても、土偶が女性であって当然でしょう。

そうした縄文の時代に持っていた意識が、ずっと現在まで生きているのではないかと思います。


(中略)


さらに一本足のかかしと同じように、どこかひとつ人間とは違った形で神々は人間社会にあらわれる

んだと信じています。そうでないと同じ姿では同じ人間になり、これは神の聖なる表象にはならない

わけであります。だから異形者を日本人は非常に歓待をして、尊んだわけであります。この異形者

については、仮面のところでも異形者の霊が出てくるわけであります。今も青森県では、子どもが

生まれて普通の人間とはちょっと異なった姿で誕生すると、これは神さんの子だということで非常に

尊んで、これは神の授かりものである、あるいは神であるということで丁重に扱って育てるという風習

が、ごく近年までありました。これが日常の世界の中で、聞いていますと青森だけでなくあちらこちら

にあるんです。そういうことで異形者というものは、これは神の化身であるという考え、あるいは聖な

る力を持つものであるということです。したがって土偶は、聖なる異形者の姿と言えるでしょう。口が

歪んでいるとかいうふうな姿になっていたりするのも、あれは現世の人間とは違う姿を表象している

わけで、そういう意識が土偶の中にあらわれているのではなかろうかと考えているわけです。土偶は

ほとんどが女性で、男性の土偶は見られないところに、大きな女性の霊力というものを日本人は考

えていたということと、左右対称、正常な形ではなくて異形であるということにも、異形者を神聖視す

る日本人の意識があらわれている。それがすでに土偶に象徴されていて、今日のわれわれの世界

に継承されてきたのではなかろうかというふうに思うわけです。


(中略)


ここで日本で考えていたのは、三角というのは、神の支配する形であり神の支配する土地であり

聖なる形だと信じました。その一つに御霊の飯があります。人が亡くなったときににぎり飯をつくり

ます。これは御霊飯と言い三角につくります。この三角の御霊飯を持つことによって、聖なる他界

へと行くことができるのだと信じました。また、死者には必ず額に三角の冠をつけます。あの冠は、

やっぱり現世から他界へと行くときの聖なる表象なんです。そのほかわれわれ民俗社会で三角と

いうものを考えていくと、いろんなものが出てくるわけであります。一般に三角を忌み嫌うというのは、

聖なるものであるから普段それを使うことは忌み嫌います。日本人がそういうふうに三角というも

のを非常に古代から意識しているわけですが、そうした意識は縄文人も持っていたんだろうと思い

ます。




本書「土偶に見る縄文人の女神信仰」

吉田敦彦 より抜粋引用



そしてそのファースト・ペインティングと書いてある下を見ていただきますと、611メータース フロム 

エントランスと書いてありますね。つまり入り口からここまで611メートルもあるわけです。しかもその

通路は地下ですから、当然真っ暗やみです。その真っ暗やみの中を611メートルもの距離のこの

場所まで到達するために、クロマニョン人は長い道をたどらなければならなかったのです。こういう

ふうに平面図で見ると、それがどれほどたいへんなことかということがよくわからないんですが、起伏

の激しい通過するのが困難な迷路のような道だったのです。



苦労をしてクロマニョン人がこの場所までたどり着いて、そこに、きわめて迫真的な狩の獲物になる

大型の野獣の絵を描いたということが何を意味するかと言えば、それはきわめて明瞭だと思います。

その地下の広々とした空間は、彼らにとって大地の子宮であったと思うのです。そこに行くために

通らなければならない、長い長い迷路のような通路は、これは大地母神の産道です。だからその

産道を通って大地の子宮の中に行って、その子宮の壁や天井に自分たちにとって絶対に必要な、

それなくしては生きていけない、そういう野生の大型の獲物になる動物の絵を、互いに折り重なる

ようにしておびただしい数を描いたということがどういうことかと言いますと、これらの絵は、大地母神

が子宮にこういう野生の動物をおびただしい数、妊娠して、どんどん産み出して自分たちを養ってく

れている。その大地のありがたい働きを表現しているわけです。



そして、彼らにとって最も肝心なものが、そういう狩の獲物となる動物だから、彼らはそれを主に描い

たわけですけれども、大地母神はただ単にそういう動物を産み出すだけじゃない。ありとあらゆる

生きとし生けるもののすべては、大地から産まれてくるわけですね。あるいは生命のないものだって

大地の子として認識されたんだろうと思うのです。クロマニョン人たち自身も、こういうふうにしてこの

お祭を行うために、大地の産道を通っていって大地の子宮の中に入るわけですね。そのことでもって

いったん大地の胎児として自分たちも、大地の子宮に妊娠されるわけです。そしてお祭を行ってまた

苦労をして産道を通って外へ出てくる。そのときに彼らは、自分たちも大地の子として産まれたんだ

と、だから自分たちが獲物として狩をして殺して、食べたり毛皮を利用したりいる動物と自分たちと

は、同じ母神の子どもとしてのきずなでもって結ばれているという認識を持っていたんだと思うのです。



(中略)


19世紀の末にアメリカの先住民が白人に対して叛乱を起こしたときに、その精神的な指導者となっ

た、ウマピラ族のスモハラという人の言葉を引用して説明しています。スモハラは、アメリカの先住民

がなぜ白人のように農業をして金持ちにならないか、なってはいけないのかということを説明したん

ですね。スモハラは、なぜ自分たちは白人と違って作物栽培をしないかということを説明するために、

白人たちは大地母神に対して、作物栽培の営みによって、害を加えている。殺すようなことをしてい

る。身体をばらばらにするようなことをしていると言っているわけです。そういう思いを生々しく持った

んだと思うんですね。そしてすでに藤森栄一先生が、土偶が大地母神をあらわしているということの

根拠として、『日本書紀』の保食神(うけもちのかみ)、『古事記』の大宜津比売(おおげつひめ)の話

を引いていらっしゃいますが、これは私は大地母神とはっきり言いたいと思います。つまり、桐原先生

は精霊とかマナということを強くおっしゃって、神という言葉を避けていらっしゃいます。私はそういう

態度はとりません。もしかしたらネアンデルタール人もちゃんと神の考えを持っていたんじゃないかと

思っているので、今から3万5000年前の先史時代のビーナス像も、それから洞窟画もみんなやっぱり

偉大な大地母神の働きをあらわしているから、縄文土器の土偶もやっぱり大地母神をあらわしたん

だと思うんですね。








本書「縄文土器の形とこころ・・・ドングリのアク抜きと土器の関係」

渡辺徹 より抜粋引用



長野県伊那市御殿場遺跡出土の釣手土器・・・(中略)・・・そのこと自体、性的行為を示している。

これは、大晦日の晩に伊勢地方で行われる、ゲーター祭を思わせるものです。直径2メートルぐらい

の竹の輪を作り、それを竹竿で若衆がみんなで突っついて、一番天井まで押し上げたときに終わり

になるんですね。そういう突っつくという行為がなくても、新しいお命を頂くということで茅の輪くぐり

というのがどこの神社でもありますよね。お正月など、参道をくぐってお参りして帰ってくる。あれは

母親の子宮の中に一回入って、生まれ変わって出てくるということで、縄文以来の伝統というふうに

思わなくてはいけないわけですが、その伊那市の御殿場遺跡から出たものは、吉田先生はこう書い

てあります。



「釣手部の頂点に人の顔がはっきり表されている」、「全体が明らかに腹の部分の大きく膨れた女体

を思わせる形をている」、「女神像」だと。そしてその「女神は、胎内におそらく彼女の子の神と見なさ

れた燃える火神」、それを産みながら体を焼かれて死んだ女神であると。日本神話の最高神である

イザナギ、イザナミですね。イザナギ、イザナミはアマツマグワイをして日本列島を生み出し、最後に

火の神カグツチを生むときにイザナミはその陰部を焼かれてもだえ苦しんで死ぬ。その過程で人間

にとって必要ないろいろな穀物、粘土、鉄、こういう物を吐き出したということになっているのです。

「このイザナミと似た身体の中に火を持っていた母神を主人公にする神話は、メラネシアやポリネシ

ア」、それから南米まであるんです。このことは、ほかの地域と比べるとわかります。私がイタリアの

ポンペイ遺跡の発掘に加わったときに、ギリシャ・ローマ神話を読んだのですが、あちらは、最高神

のジュピター以下、ひたすら恋愛を繰り返し、ひたすら男であり、女であるんです。しかしアジアの神

様は、どこか母親のイメージがあるんですね。要するに自分の身体を焼いて死んで、その代わり、

その子どものためにいろいろな物を残す。こうして人間のために残すというのは自己犠牲ですから。

これは、一番ランキングの高い愛情の表現ということになります。そういうものの考え方を縄文人は

すでに確立しているということになるのではないかと思います。






本書「文様で見る月の神話」・・・有孔つば付き土器の図像世界

小林公明 より抜粋引用



これは昭和38年に江上波夫さんが「勝坂式系土器の動物意匠について」という論文を書きまして、

その中で、当時はこれほどの資料はなかったのですが、蛙形人物とかカエルとかヘビの文様を取り

上げて、これと同じものが新石器時代の中国や西アジアや中南米にあると述べている。江上さんの

結論は、これらがきわめてよく似ていて、とくに中国のものと並行関係、年代的にも並行関係がある。

これは、生活環境も精神状態も非常に似通った環境にないと、こういうものは出てこないだろうという

ことです。しかも中国や西アジアの場合、中南米もそうですが、農耕をやっている。カエルやヘビとい

うのは水の神、従ってこれは農耕と深い関係がある。この時代の人たちは原初的な農耕を営んでい

たのだろうと、こういうことを書いたのです。今から40年以上前のことになりますが。



それから10年くらいたって、今度は、日本の古代について研究しているドイツのネリー・ナウマンと

いう女の先生が、「縄文時代の若干の宗教的観念について」という論文を書くのです。その中でやは

り同じように、新石器時代の中国、西アジア、中南米ときわめてよく似ている、と述べている。江上さ

んと異なるところは、ナウマンさんの場合は、それらの図像が何を表しているかというと、中心テーマ

は「死と再誕生」である。その背景にあるのは「月の神話」だと言っています。農耕に関してはあまり

言及しないし、むしろ否定的だったのですが、そこには当時の人々の世界観が表されている、という

ことを述べた。そして中国ときわめてよく似ており、そこには中国とまったく同じ一つのシンボル体系

がある。従って、次の課題は、中国から日本列島へ伝播の過程を明らかにすることだというような

ことが述べられている。これは昭和50年。もう30年あまり前です。


(中略)


要するに、相互照らし合わせて考察をしてみると、月、それからカエル、カエルの中でも王様である

ヒキガエルです。ヘビの中の王様がマムシであるのと同じように、それから、水、女性、この四位一体

世界です(三位一体とはよく言いますが)。この四者が一体となった月を中心とした世界観、太陽に

対して月のことを太陰と言いますが、太陰的な世界観を形づくっているという結論にならざるを得ない

のです。


(中略)


人類にとっての最大の悩みは死です。これは現代人も古代の人間も、新石器時代でも旧石器時代

でも、死というものをどのように理解して、いかにして克服するか、これに人類は営々として知恵の

限りを尽くして、おそらく石器時代、人々はその答えを月に見いだした。月というのは、われわれの

眼前にあって比較的短い、今日流にいうと、29.5日という周期でもって、規則正しく満ち欠けを繰り

返している。月は人間と同じように生まれて、生長して、老衰して死ぬ。けれども3日間の暗やみの

後、4日目には必ず西の空によみがえる。これを人類の眼前で未来永劫に繰り返している。そこに

石器時代の人たちは答えを見いだした。そこに一つの宗教観念、哲学というものが発生していた。

そういった世界観なり宗教観念が、有孔つば付き土器に非常に濃厚に描かれている。まずはそう

いう結論になったのです。





本書「まほろばの国の信濃」

杉山二朗 より抜粋引用



昔から考古学を好きな人を考古学少年といいまして、われわれの先輩の江上波夫先生は考古学

少年の一人であり、旧制中学の2年頃から考古学に興味をもち、専門雑誌に論文を書かれました。

文化勲章を受章されました。ところが、あの文化勲章の経緯には大変問題がありまして、先生は

日本の天皇家は朝鮮半島から遊牧の騎馬民族として日本を征服したのだという、皆さん方がご存

じの遊牧民族王朝征服説を立てました。私は先生のああいう考え方については、半分は納得して

いましたが、半分は少し眉唾ではないかということを申し上げたことがあります。その先生の発言が

取り上げられ、文化勲章を受章されたというのは、天皇家というのは遊牧騎馬民族ということを認め

たのだと認識しております。現実に天皇家は、今の天皇様も昭和天皇様も、365日の3分の2から

4分の3は農耕儀礼を行っておられる方です。


(中略)


今、私が申し上げたのは、高句麗の文化がいかにこの国の“まほろば”を活性化したか、すなわち

彼らが入ってきたとき、ここがある意味で非常に高文化的な条件を持っていたからこそ、すなわち

ポテンシャルのエネルギーがここにあったからと、私は理解しております。これは今までの歴史ない

しは考古学の常識からいたしますと、ある意味では非常識かもしれない。しかし、ご存知のように

ここから2対のすばらしい土偶が出てくるということは、私からすると「うん、出てきたな。恐らくこうい

うものが当然出てくるはずだ」と申し上げたいのです。偶然出てきたとは私は思っておりません。

逆に言うと、当然あるべきものが今までなぜ出てこなかったのか、という気がいたします。


(中略)


縄文という時代は、今のジェンダーで言いますと、最高の女性の時代です。あらゆる発明と発見、

あらゆる意味での幸福の追求というものを献身的に働いたのは全部女性です。土器も女性です。

縄文土器は過半が男性がつくったものではなく、女性がつくったものです。


(中略)


縄文の方は女性の叡智そのものをかたどった命名です。弥生になってくると、その場所を指すという

のが弥生ですから、弥生文化と縄文文化の質的な差が命名の中にもはっきりあるということです。

それから後、古墳という命名が出てきますが主権者、支配者の墳墓が発生した時代にもなります。

縄文というものが女性の美意識、感性と知性が一丸としたものとして受け取り、それに対して弥生と

いうのは、私などに言わせるとあまりにも土器そのものが貧弱であるだけではなく、実は弥生に入っ

て女性たちは土器づくりから退場せざるを得なかった。なぜか。稲作という栽培におけるものが全部、

女性の労働に変わるからです。


(中略)


したがって縄文の時代は母系の社会です。弥生の後期ぐらいから父系社会に入ります。女性だけで

はなく男性が定住して、土器もやがて男性が奪うわけですが、そういう中にこういう地母神式の土偶

がというものがあったときに、次に問題になってくるのは、土偶が全部女性像だということです。われ

われはこれをマザーゴッデス、地母神という言い方をします。大地の中にそういうスピリットがある。

これが植物というものを繁栄させ、花を咲かせ、実をならせるというきわめて合理的というか、この中

に何かがなければこういうふうにならないよという部分が、地母神信仰として顕在化します。インドも、

そして東南アジアにも地母神信仰があります。そしてさらにイラン高原からメソポタミアの原始農耕

社会にも分布しています。そういうものが農耕社会的な様相を持つのか、牧畜生活の状況からか

わかりませんが、とにかく小麦が多く実る、家畜がたくさん子を産むように祈ってつくったのが地母神

です。





本書「仮面の謎を解く」

吉野裕子 より抜粋引用



「仮面土偶」ですけれども、だいたい女性神の像であるといわれておりますが、これは私も全く同感で

ございます。ただ、これに「仮面」がついている。ここがちょっと私の意見と異なるところでございます。

これは正面から見るとどこまでも女蛇シャーマンの全体像でございます。しかし、側面から見ますと、

それは、祖先神として縄文人があがめた蛇の全体像ではないかと私は思うのです。そうして、この

正面と側面の両方をあわせると、これは男と女、つまり陰と陽。陰陽神となります。さらに言いますと、

これは神様と人との合体像と受け取られるように思います。このように考えますと、仮面と言われて

いる頭の部分の逆三角形は蛇の頭部の造形ではないかと思います。この逆三角形ですが、蛇の略

図をかきますと頭はだいたい正三角形ですね。頭は正三角形でそれに胴体がずっと続くわけです。



それでは、なぜ逆三角形になっているか。つまり祖神の蛇がねらっているところがあるのです。

ねらっているところは女蛇シャーマンの女性のシンボルのところ。これをねらっているんですね。です

から、どうしても蛇の頭部の造形である正三角形は逆三角形になります。ちょうどこの仮面と言われ

ているこの形がそこに出てくるわけですね。蛇というのはとかく穴をねらいますからね。どうしても頭

が下になる。何か獲物をねらうときは逆三角形になるわけです。それが仮面、仮面と言われている

蛇の頭部のありのままの模写ではないかと私は思うわけです。そうしますと、陰と陽がぶつかれば、

そこに液体が生まれます。平たく言えば性器ですね。それがこの像全体の筋模様、あるいは渦巻き

模様だと思います。それから、この像の右足は、わざと砕いているように思われるわけです。正面か

ら見るとこれは女蛇シャーマンの造形ですけれども、わきから見るとこれは蛇の造形であるとさっき

申し上げました。蛇というと必ず一本足ということが民俗学の方では常識になっています。ですから、

神様をお祭りするとき、よくわらじを片一方だけつくって収めるんですね。わらじが片一方ということ

は、そのお祭りしている神様、お祭の対象が一本足であるということです。


(中略)


そこで祖神様にどこまでも守っていただきたいということで蛇をかたどるために片足を砕いてしまった

のではないかと思います。先ほど資料館を拝見させていただきましたけれども、これはお墓の中から

出土したということでございます。ということになれば、死者をあの世に新しく生まれさせる、そういう

呪物であったと思います。そうすれば、なおさらこれは仮面女性神像と言われるこの土偶は今申し

上げたように男女の合体像。それによって死者が新しく身ごもられて、そして次の世では蛇になって

誕生する。そういう予祝を兼ねて埋められたのではないかと思います。





本書「現代人と縄文人の考え方」

養老猛司 より抜粋引用



それで脳に戻りますと、つまり私どもの脳は何をしているか。感覚。これを5本書いたのは5感ですね。

5感からものが入ってきて、そしてそれが全部電気信号にかわり、それが動いているのですから、そ

こを私は計算すると申し上げている。皆さん方は「見たり聞いたりしたものを電気信号にした覚えは

ない」とおっしゃるでしょうけれども、覚えはなくても頭の中はそのように電気信号になっているのだか

ら、これは仕方がないのです。それがガチャガチャガチャと中を通っていって計算された結果、何に

なって出てくるかというと、出力、つまりこれは筋肉の動きになって出ます。運動になって出るのです。

これについては多くの方が強い偏見を持っていまして、「身体を動かすのは脳みそと関係ない、肉体

労働だ」と皆さんは思っていませんでしょうかね。これはたいへんな間違いで、脳卒中になれば体が

動きませんからね。何で脳が壊れたら体が動かないのですか。それをひっくり返せば、体を動かして

いるということは脳を使っているということでしょう。



言語能力のない人って、しばしば天才的な能力を持っているということをご存じですか。カメラアイと

いって外へ出て、たとえば、茅野の美術館に連れてきて、そういう人を1分立たせておいて、うちへ

帰って「絵をかけ」と言うと、完全な細密画をかきます。それをカメラアイといいまして、カメラと同じで

焼きついちゃうのです。そういうことができる絵かきさんは世界に何人かいますけれどもそういう人

たちは基本的に若いときから施設に入っております。なぜ施設に入っているかというと、言葉が十分

にできないので、まともな社会人として交際をしてもらえません。



それがもっと古くなりますとネアンデルタール人になっちゃうのですが、ネアンデルタール人の人たち

は現代人と全く違うということが解剖学的にはよくわかっております。東大の先生方が今でいうイラク

に行きまして、ネアンデルタール人の子ども、今でいえば幼稚園へ行っている程度の子どもの骨を

発掘いたしました。完全なもの。私はそれを見せていただいて一番驚きました。大人のネアンデル

タール人の骨が現代人と違うということはよく知っていましたけれども、こんな小さな子どもも同じく

違います。子どものときからはっきり骨が違いますから、つまりネアンデルタールがわれわれとは

違う人であるということは骨を見ただけではっきりわかります。では、それ以降に出てきた、例えば

4万年前のヨーロッパ人たちの骨を皆さん方に見ていただくと多分今の人と区別がつかないだろう

と思います。そういう意味ではここ4万〜5万年人間は同じであります。


(中略)


日本文化というものを丁寧に考えていくと、私はおそらく縄文と弥生とが非常におもしろく、複雑に

絡み合っているものだろうと。言葉などもそうで、日本語って変な言葉ですが、われわれが習う言語

学というのはどうしても西洋の言語学が中心になります。西洋語というのは一つの祖語であって、

母語があって、それが枝分かれしていったという典型的な言葉ですから、言語をやるときについそう

考えて調べようとしてしまう。これはもう古く何十年も前に日本の物理学者が「それはおかしいんじゃ

ないの」ということを統計的に検討して出していますね。要するにフランス語とかイタリー語、スペイン

語とラテン系の言葉という幹があって、そこから分かれる。それと同じように考えて、朝鮮語、日本語、

琉球の言葉お同じように分析しようとするとまったくできない。話がむちゃくちゃになってしまう。その

方は物理学者ですけれども、どう書いていたか。「日本語の成立は逆だ」というのです。いくつもの

言葉が別の時代に流れ込んで、一本の幹になったものが日本語だ。そう考えた方がずっとデータに

合う。



私もそう思っていました。日本語というのはいくつかの言葉が枝分かれしていって進化していったの

ではなくて、違う人たちがいろいろしゃべっていて集まってできた。まったく母語の違う子どもたちが

集団で遊んでいるとどの言葉でもない、新しい文法と新しい言葉ができてしまいます。これをクレ

オールという。日本語がクレオールだろうというのは亡くなった安部公房さんが一生懸命言っておられ

ました。私もそう思います。



日本語というのはある意味非常に変な言葉で、それは新しくできている言葉ですね。いろいろな言葉

をつぎはぎして、つぎはぎではないので、ある意味では新しく発生してしまう。そういうことが起こると

いうことを認めないと、世界中にこれだけ言葉があるというむちゃくちゃな事実が説明できません。

言葉ってしょっちゅうボコボコでてくるものなんですよ。じゃあ、どういう状況で出てくるのだろう、大人

は頭がかたいですから、たたき込まれた言葉しか使いませんけれども、そういう言葉を小さな子ども

同士が違う言葉でやっていますと、そこに新しい言葉が出現してくる。そうやっていくつもの奇妙な

言葉が世界中に発生してきたのではないかと思っています。ですから縄文と弥生の境でもおそらく

そういうことが起こり、これはいろいろ考えていくとおもしろいと思います。



美に共鳴しあう生命


 


「呪の思想 神と人との間」白川静+梅原猛 対談 平凡社 より抜粋引用


白川・・・殷は商の蔑称ですからね。扁は身重の形。旁は「叩く」。どういう意味か解らんけれど

も、妊婦を叩くんだから、何か呪的な行為としての意味があったんでしょうね。それを廟中、御霊

屋で行う字形もある。妊婦の持っている特別な力を作用させるために、妊婦を叩く。「殷」というの

は「盛んな」、「激しい」とか「破壊」、血が出る場合には「万里朱殷たり」という風に、万里血染めに

なるという。だから非常に激しい意味を持った字ですね。



梅原・・・ああ、そうですか。これは面白いですね。その妊婦についていえば縄文の土偶は、全部

妊婦なんです。成年の女性で、腹が大きい。これが一つめの特徴です。二つめは顔がみな異様

な形をしていることです。ミミズク形とか円筒型とかハート型とか、いずれにしてもこの世の人の顔

ではない。三つめは腹に縦一文字の筋がある。へこんでいるのも盛り上がってるのもあるんです

けどね。四つめはみんな手足や胴体がバラバラになっていて、完全なものは一つもない、壊して

ある。最後は総てに当てはまるものではありませんが、丁寧に埋葬してあるものもある。この五つ

の特徴がある。



その土偶の意味が長い間解らんかったですが、ハル婆ちゃんにアイヌの葬法について聞きますと、

妊婦を埋葬するのがいちばん難しいと言うんです。というのは、子供が産まれるというのは新しく

生まれるのではなくて、祖先の誰かが帰って来たということなんです。だから子供が出来ると、あの

世のA家とB家の祖先が相談して、誰を帰すか決める。で、決まったら妊婦の腹に入って、月が満

ちて生まれて来る。とすると、妊婦が死ぬとせっかく先祖の人がこの世へ帰ってきたのに、閉じ籠

められて出られないということになる。これは大きなタタリになる。ですから妊婦が死ぬといったん

葬り、後に霊を司るお婆さんが墓に行き、妊婦の腹を割いて胎児を取り出し、妊婦にその子を抱か

せて葬るということを聞いたんです。



そういうアイヌの話から土偶を見ると、「妊婦」「異様な顔」(死者の顔)「腹を縦に割る」(赤子を取り

出す)「バラバラにする」(この世で不完全なものはあの世で完全という思想)「丁寧に埋葬されてい

る」という条件が総て当てはまる。こういうことをある雑誌に書きましたら、福島県の方から手紙を

頂いて、福島の方では明治の頃までは、死んだ妊婦の腹を割いて胎児を取り出し、妊婦に抱かせ

て、藁人形を添えて葬るという風習があり、それが法律に触れたといって裁判になったというエッセ

イを送って頂いたんです。この話を聞いて、この縄文の風習が日本の本州でまだ残っていたことに

驚きました。土偶は藁人形と同じ役割をしているに違いありません。だから土偶は妊婦が死んだ

場合に用いたものだということに間違いありません。ですから先生のお話をお聞きしますと、殷でも

妊婦が特別な役割をする。殷で妊婦の腹を叩くというのは、縄文の妊婦の腹を切るという風習と

繋がるのではないでしょうか。



この風習が、弥生時代になるとなくなるんですよ。入墨がなくなるのと同じようになくなるんです。

やっぱりこれは生まれ変わりなんですよ。この世の人があの世に行って、生まれ変わって来る。

縄文時代の思想では子孫となって生まれ変わって来る。ところが弥生時代になると、甕棺なんか

見ますと、個人の遺体を腐らぬように保存しようとしている。子孫として生まれ変わるのなら個人

の遺体は保存しなくてもいいんです。遺体は霊の脱ぎ捨てる着物に過ぎない。ところが弥生時代

になると屍を大事にする。これは個人の不死という考え方ですよ。これ中国から来た思想だと思

いますけどね。ですから妊婦の話を聞きますと、ひょっとしたら殷の時代にもあるんじゃないかと

思いますね。





2012年8月12日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



過ちと回心



回心すること、新しく生まれ変わること、その真の意味を私は本当に理解できているの

だろうか。



私たちは先住民に対して、太古の時代から自然と環境に調和する人々と捉えているが、

1万3000年前のアメリカ大陸では現代の私たちがしてきたことと同じように、乱獲などで

31属の大型草食動物が絶滅されたと言われている。



これはアメリカ先住民に限らず、オーストラリアのアボリジニ(最近の研究で明らかに

なりつつある)など世界各地に共通することかも知れない。



過去と現代、同じ過ちを犯していたとしても、彼ら先住民と私たち現代人の決定的な

違いは、過去から学んだ「知の遺産の継承」(国立科学博物館の海部陽介氏が提唱し

ている進化の仮説)、この場合は「回心の継承」とも言うべきものがあるかどうかなの

かも知れない。



先住民は、過去の過ちから学んだ教訓、それが回心となって魂に刻まれたが故に、

1万年以上も渡って世代から世代へと受け継がれてきたのではないだろうか。



私たち現代人は、動植物の絶滅と共に戦争など多くの悲劇を目の当たりにしてきた

が、果してそこから得られた、揺らぐことのない教訓が1万年先の人類にまで共有さ

れたものになっていくのだろうか。またそこに回心と呼べるものが存在しているのだ

ろうか。



ホモ・サピエンス(現生人類)は1万3000年前に一時陸続きになったベーリング海峡

を渡ってアメリカ大陸に来たとされているが、アメリカ先住民の多くはそれを否定し、

「自分たちは天地創造の時に亀の島(アメリカ大陸)に置かれた」と主張している。



ミトコンドリアなどの遺伝子解析から見れば在り得ないことだが、真に回心し、新しく

生まれ変わったことを体感した人ならば「今、私たちは生まれ変わり、そして今、私

たちはここに立つ」と言えるのだと思う。



この回心、それはシャーマニズムアニミズムとも関わってくるが、私自身はシャー

マニズム・アニミズムは1万3000年前より遥か太古の時代に生まれたと思っている

し、その背景にはネアンデルタール人などの旧人と言われた人の存在があったの

ではと感じている。細々と、しかし脈々と受け継がれてきた精神が1万3000年前に

多くの人々に共有され花開いたのかも知れない。



話はそれてしまったが、回心、1万3000年前の現生人類が体感したこと、それは私

が想像するより遥か高い次元での回心であったと感じてならないし、次の世代へ

継承させるために、私たちはこの回心の真の意味を心に感じることから始めなけ

ればいけないのかも知れない。



(K.K)



 

 

2012年10月1日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した写真です。



(大きな画像)


本日10月1日、十六夜(いざよい)のお月様です(自宅にて撮影)。



縄文土器の一つ「有孔つば付き土器」、この土器に見られる図像は「死と再誕生」を意味しており、

その背景にあるのは「月の神話」ではないかとの説があります。



40年前この説を最初に唱えたのは、「縄文時代の若干の宗教的観念について」という論文の中で

ドイツのネリー・ナウマン(女性の方です)さんが書いたものらしいです。



それに関連して、「縄文 謎の扉を開く」という本の中で縄文土器を研究する14人の方たちが、そ

れぞれの視点で縄文土器の意味を探り発表しますが、異なる解釈も見受けられ興味深い文献で

した。



この本の中で、「文様で見る月の神話」を書いた小林公明(井戸尻考古館館長)さんの言葉を下

に紹介しようと思いますが、一つの仮説として読んでいただければと思います。



私も古代の人は、月だけに限らず、太陽や星、天の川を見て、この世とは違う世界が存在してい

ることを感じ、そこに何らかの宗教心が産まれたのではないかと考えていますが、これは永遠の

謎(神秘)なのかも知れません。



☆☆☆☆



人類にとっての最大の悩みは死です。



これは現代人も古代の人間も、新石器時代でも旧石器時代でも、死というものをどのように理解

して、いかにして克服するか、これに人類は営々として知恵の限りを尽くして、おそらく石器時代、

人々はその答えを月に見いだした。



月というのは、われわれの眼前にあって比較的短い、今日流にいうと、29.5日という周期でもっ

て、規則正しく満ち欠けを繰り返している。



月は人間と同じように生まれて、生長して、老衰して死ぬ。けれども3日間の暗やみの後、4日目

には必ず西の空によみがえる。これを人類の眼前で未来永劫に繰り返している。



そこに石器時代の人たちは答えを見いだした。



そこに一つの宗教観念、哲学というものが発生していた。



そういった世界観なり宗教観念が、有孔つば付き土器に非常に濃厚に描かれている。



☆☆☆☆




 

2012年7月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。







原罪の神秘



キリスト教の原罪、先住民の精神文化を知るようになってから、この原罪の意味するところが

何か考えるようになってきた。



世界の先住民族にとって生は「喜びと感謝」であり、そこにキリスト教で言う罪の意識が入る

余地などない。



ただ、新約聖書に書かれてある2000年前の最初の殉教者、聖ステファノの腐敗していない

遺体、聖フランシスコと共に生きた聖クララの腐敗を免れている遺体を目の前にして、彼ら

の魂は何かに守られていると感じてならなかった。



宇宙、そして私たちが生きているこの世界は、未だ科学的に解明できない強大で神秘な力

に満ち溢れているのだろう。



その神秘の力は、光にも、そして闇にもなる特別な力として、宇宙に私たちの身近に横た

わっているのかも知れない。



世界最古の宗教と言われるシャーマニズムとその技法、私が感銘を受けたアマゾンのシャ

ーマン、パブロ・アマリンゴ(NHKでも詳しく紹介された)も光と闇の二つの力について言及し

ている。



世界中のシャーマンの技法の中で一例を上げれば、骨折した部分を一瞬にして分子化した

のちに再結晶させ治癒する光の技法があれば、病気や死に至らせる闇の技法もある。



これらの事象を踏まえて考えるとき、その神秘の力が遥か太古の時代にどのような形で人類

と接触してきたのか、そのことに想いを巡らすこともあるが、私の力の及ぶところではないし、

原罪との関わりもわからない。



将来、新たな遺跡発見や考古学・生物学などの各分野の科学的探究が進むことによって、

ミトコンドリア・イブを祖先とする私たち現生人類、そしてそれより先立って誕生した旧人

言われる人たちの精神文化の輪郭は見えてくるのだろう。



しかし私たちは、人類・宗教の歴史その如何にかかわらず、今を生きている。



原罪が何であれ、神秘の力が何であれ、人間に限らず他の生命もこの一瞬・一瞬を生きて

いる。



前にも同じ投稿をしたが、このことだけは宇宙誕生以来の不変の真実であり、これからも

それは変わらないのだと強く思う。



最後にアッシジの聖フランシスコが好きだった言葉を紹介しようと思います。尚、写真は

聖フランシスコの遺体の一部で大切に保存しているものです。



私の文章で不快に思われた方、お許しください。



☆☆☆☆



神よ、わたしをあなたの平和の使いにしてください。

憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように    

いさかいのあるところに、赦しを

分裂のあるところに、一致を

迷いのあるところに、信仰を

誤りのあるところに、真理を

絶望のあるところに、希望を

悲しみのあるところに、よろこびを

闇のあるところに、光を

もたらすことができますように、

助け、導いてください。



神よ、わたしに

慰められることよりも、慰めることを

理解されることよりも、理解することを

愛されることよりも、愛することを

望ませてください。



自分を捨てて初めて

自分を見出し

赦してこそゆるされ

死ぬことによってのみ

永遠の生命によみがえることを

深く悟らせてください。

☆☆☆☆




(K.K)



 

2012年6月28日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(大きな画像)

氷河期の記憶(写真は岩田山公園にて撮影)



太陽の魂、暖かさを地上にもたらす鳥の伝説は2月5日に投稿した「ワタリガラスの伝説」があるが、

寒冷地に住む民族ほどこのような伝説を産みだしやすいのかも知れない。



このような伝説は、7万年前から1万年までの最終氷期を生き抜いた人類が子孫に伝える教訓とし

て伝説や神話の中に生きている。



自身の「死の自覚」から神(創造主)との接点、それが神話の誕生に繋がったのかも知れないし、

それらはほぼ同時期に産まれたのかも知れない。



世界屈指の古人類学者のフアン・ルイス・アルスアガは、「死の自覚」が今から40万〜35万年前の

ヒト族に芽生えたと言っているが、それは我々の祖先と言われてきたミトコンドリア・イブ(約16万年

前)よりも遥かに古い時代である。



エレクトゥス(100万〜5万年前)、ハイデルベルゲンシス(60万〜25万年前)、ネアンデルターレンシス

(35万〜3万年前)のヒト族は既にこの世界から絶滅しているが、もし彼らに「死の自覚」、神との接点、

神話があったとしたら、それはどのようなものだったのだろう。



そして現生人類(我々)の最古の宗教であるシャーマニズム、そして現存する多くの宗教はどのよう

に関わっているのだろう。



2010年に現生人類(我々)の遺伝子にはミトコンドリア・イブだけでなくネアンデルターレンシス(ネア

ンデルタール人)の遺伝子がある可能性が指摘されたが、今後の遺伝子研究や発掘により、彼らの

真実が明らかになってくることだろう。



ただどんなに過去や未来に想いを馳せようが、我々は今この瞬間を生きていることだけは確かな

ことかも知れない。



過去未来に関わらず、すべての生命がそうであった(ある)ように。




(K.K)



 


2012年1月20日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



写真は、デニソワ人(Denisova hominin)を想像したもの。

2008年、シャーマニズムの発祥の地ロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟において発見される。



☆概要(ウィキペデリアより要約)



デニソワ人の化石は約4万1千年前のものとされる。80万4千年前に現生人類であるホモ・サピエンス

の共通祖先から、ネアンデルタール人・デニソワ人の祖先が分岐。64万年前(35万年前の説もある)

にネアンデルタール人から分岐した人類で、現在のメラネシア人のゲノム(遺伝情報)の4〜6%が

デニソワ人固有のものと一致している。



つまり、40万〜30万年前にアフリカを出、中東を経てヨーロッパに拡がった集団がネアンデルタール

人に、中東を経てアジア内陸部に移動した集団がデニソワ人になった。それに遅れて6万〜5万年前

にアフリカを出た我々現生人類の祖先は、中東やアジア内陸部で先住者のネアンデルタール人や

デニソワ人と交雑しながら全世界に拡がり、現在に至った。



☆個人的感想



最初に書いたシャーマニズムの発祥の地と言われるロシア・アルタイ地方は、デニソワ人が約4万年

前まで生きていました。



実は不思議な文献があります。それは「ベロボディアの輪 シベリア・シャーマンの智慧」オルガ・カリ

ティディ著です。私にはこの文献の信憑性を確かめる術もないのですが、デニソワ人の存在が明確

になったのは2008年、この文献が出版されたのがそれより10年以上も前のことです。ただ以前から

このアルタイ地方はシャーマニズム発祥の地として知られていましたのでそれを加味しながら、この

文献の引用をお読みいただけたらと思います。正直私自身これをどのように解釈していいかまだわ

からないのです。



「以来、多くの集団がシベリアに彷徨いこみ、消滅した文明の神秘的なパワーに影響された。アルタ

イ地域は新しい文化誕生の沸騰する大釜となった。人々の流れがそこから分離し、多くの異なった

方向へと遠くまで広がっていったのだ。その流れの一つが現代のイランの領域へと辿りつき、そこで、

かれらが携えていった聖なる知識がゾロアスター教として誕生した。後にこれと同じな流れがその知

識の多くをキリスト教へと伝えた。別の流れは現在のインドやパキスタンへと移住し、その地での社会

の確立がヴェーダーンダの伝統の富を生み出した。最初の知識の場にシャンバラの名前を与えた

タントラ仏教は何世紀にも亘って、その知識と直接的な交流を果たした。西に赴いた人々は、ケルト

人として知られるようになり、ドルイド教の儀式を通して、共通の源に結びつけられた。このように、

アルタイに発するこの古代文明の神秘的遺産は世界中の多くの偉大な宗教の最初の源泉となった

のだ。これらのさまざまな伝統の内部には、それぞれベロボディアと直接触れたことのある人間が

つねに存在していた。」

引用終わり



先にも書きましたが、現在のメラネシア人のゲノムの4〜6%がデニソワ人固有のものと一致していま

すが、人種的にはオーストラロイドと混血したモンゴロイド系の民族です。東部のメラネシア人社会で

は超自然力(マナ)を信仰しており、すべて形あるものに精霊が宿ると信じられていましたが、ハワイ

先住民のカフナにも超自然力(マナ)が存在します。詳しくは最近の自己啓発ブームの中で突然現れ

てきた簡略版の「ホ・オポノポノ」ではなく、「原典 ホ・オポノポノ 癒しの秘法」マックス・F・ロング著を

お読みいただけたらと思います。



デニソワ人はネアンデルタール人から分岐したらしいですが、シャーマニズムと密接な関係と言いま

すか、シャーマニズムはデニソワ人から世界に広まったと思うのが妥当ではないかと感じています。

前に投稿したネアンデルタール人もそれに似た世界観を持っていたと推察していいのではと思いま

す。64万年〜35万年前に既に人類は、ロジャー・ウォルシュが「シャーマニズムの精神人類学」で言

うように、「この人類最古の宗教的・神秘的・医学的・心理学的伝統に関しては、まだまだ多くの謎が

残されている。シャーマニズムについて探求すればするほど、人間の体、心、魂について認知されて

いない側面や可能性があることがわかる。何千年もの長きにわたり、シャーマニズムの精神は、人類

を助け、癒し、導いてきた。それはこれからも、さらなるものを与えてくれるかもしれない」と感じてなり

ません。 



発掘などで得られた情報を基に太古の世界をいろいろ想像してしまいます。

次回は「ホピの予言」に戻りますが、整理したいのでしばらく時間をください。



(K.K)



参考文献

「アナザー人類興亡史 人間になれずに消滅した傍系人類の系譜」

「生物の進化 大図鑑」マイケル・J・ベントン他(監修)

「日本人はるかな旅 展」国立科学博物館 NHK



 


2012年1月18日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



写真は、DNA情報に基づき復元されたネアンデルタール人の女性です。

「存在を否定する人と存在を受け入れる人、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人」という題で

投稿します。



最初に今までわかっているネアンデルタール人に関する共有されている説の紹介と、それを根

拠にした私の妄想・暴論が続きます。



☆現在共有されている説



●約20万年前(ミトコンドリア・イブとほぼ同時期)に出現し、2万数千年前に絶滅した。

●ネアンデルタール人の脳容量は現生人類より大きく、現生人類と比較しても遜色のない知能

を有していた可能性がある。

●外見上では現生人類(ホモ・サピエンス)より顔が大きく、特に上顔部が前方に突出した突顎

であるが、写真で見てもわかるように大きな違いはない。

●何故絶滅したのか、はっきり特定は出来ていない。

●ネアンデルタール人の遺骨の近くには数種類の花粉があり、これは死者を悼む心があり、

副葬品として花を添える習慣があったと主張する人もいる。

●ヨーロッパの洞窟で発見されたフルート(人類最古の楽器)は年代的にネアンデルタール人

が作ったと主張する人もいる。

●2010年、現生人類には絶滅したネアンデルタール人の遺伝子が1-4%混入しているとの研

究結果が発表された。つまり単一起源説(ミトコンドリア・イブ)への疑問が浮上。



☆私の仮説(妄想・暴論)から先に書きます。



「ネアンデルタール人は今の先住民の特質(存在を受け入れる人)の原形であり、自然と共生

する世界観を有していた。また「人を殺すための武器を持ってはならない」ことを何らかの理由

で実践していた。一方、存在を否定する人(現生人類)は共生する世界観を否定する傾向を

特徴としていた。ネアンデルタール人の絶滅の原因はこの非暴力、並びに現生人類が持ち込

んだ感染症によるものだった。これは虐殺と共に白人が持ち込んだ天然痘などにより、免疫を

持たなかったインディアンの9割が死亡したことと共通する。



外見上、現生人類と大きな差がないネアンデルタール人と現生人類に交配があった可能性は

極めて高く、最近の研究でも裏づけられている。しかし、ネアンデルタール人は上記の理由で

ほぼ絶滅し、交配によって辛うじて現生人類の遺伝子の中にのみ刻まれた。このネアンデル

タール人の遺伝子を何らかの形で意識まで吸い上げたのが先住民族であり、その「存在を受

け入れる」先住民の世界観は世界各地で花開くこととなる。



しかし「存在を否定する」傾向の強い現生人類は自然・他者を支配しようとし、その憎悪の矛

先は自分自身へ向かい社会的・精神的な各種の病を生み出す。その混沌とした状況で生ま

れたのがイエスであり、「存在を否定する」傾向のある世界観を変えようとする。聖書が説く

「隣人愛」と「原罪」の意味はここにある。しかし現生人類は社会の安定のため外見上はキリ

スト教を容認するが、心の本質(原罪)は変わっておらず、2度目のネアンデルタール人への

虐殺(先住民虐殺)へと向かうことになる。



以上この仮説を通して私は、単一起源説(ミトコンドリア・イブ)に異を唱えるものであり、遺伝

子が消失或いは辛うじて残っている「存在を受け入れる」特質を有したネアンデルタール人も

同様に私たちの祖先として位置づけられることを願う。それはこの祖先が、私たちがどのよう

な未来を築くべきかの方向性を与える一つの座標として存在することをも意味しているからで

ある。」



☆後書き(仮説に至る経緯)



ここまで書いて自分が嫌になってきました。私の仮説はネアンデルタール人が善良な人々で

あったと美化しそれを前提としていますが、それを明確に証明するものは発掘されておりま

せんし、先住民という定義も曖昧であり他の宗教の生い立ちも省かれています。私よりも皆

さんの方が妄想と感じておられると思いますが、この妄想に至った出発点が二つあります。

科学的な側面では、ミトコンドリア・イブの子孫たちが、同時代に生きていたネアンデルタール

人などと交配することなく世界を席巻したと考えるのは余りにも不自然だからです。外見上

そう変わらないネアンデルタール人と現生人類に交配があったと考える方が極めて合理的

であり自然です。これはDNA解析技術が進歩していくと共に真実が明らかになってくるのか

も知れません。



精神的な側面では、キリスト教の言う「原罪」と先住民が共有していた「世界は美であり、私

たちは喜ぶために生きている」の大きな世界観の違いです。勿論、その土地の風土によっ

て宗教の形は変わってくるかもしれません。しかし両者には何か根本的な、というか根源的

な違いも感じるときがあります。この二つの疑問を通して、私はその答えを単にネアンデル

タール人に求め、軽薄に出した結論が上のものですが、いつかこの仮説とは異なるものを

見いだすかも知れません。



一人の馬鹿が導き出した妄想と捉えて頂けたら幸いです。またこの文章で不快な思いをさ

せてしまいましたら申し訳ありません。ただ、まだ全体像そして絶滅した原因が不明なネアン

デルタール人に少しでも関心を持っていただけたらと思い投稿しました。



今後の発掘調査によって私の想像とは180度異なったネアンデルタール人の実像が明らか

になる可能性もあると思いますが、どのような発掘であれ死者の魂を傷つけないような態度

で接することを願っています。



(K.K)



参考文献

「アナザー人類興亡史 人間になれずに消滅した傍系人類の系譜」

「生物の進化 大図鑑」マイケル・J・ベントン他(監修)

「日本人はるかな旅 展」国立科学博物館 NHK



 

2012年11月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。




他の動画を見ていたら、偶然サンデル教授が日本で行った「震災後の民主主義の復活」という動画に

出会った。講演という時間的な制約のなかでも、聴衆者の相反する立場の意見が聴き、それを新たな

議論へと導くサンデル教授の手法にいつも感心してしまう。



本当ならもっと掘り下げた議論を聞きたかったけれど、一つ一つの問題を深く議論すれば膨大な時間

がかかるものだし、少し消化不良なものを感じたのも仕方ないことだと思う。



講義の内容とは関係ないが、サンデル教授や全ての聴衆者には同時通訳用の機械が渡されていたの

にも関わらず、聴衆者の日本人同士が自分の意見を言い合う場面で、相手の日本人に対して、英語で

応える日本人が何人かいた。



尊敬している山中教授の受賞会見でも感じたことだが、話の内容に共感することはあっても、日本人

同士の会話で日本語で話すことは私にとっては当たり前のことだと思っているし、日常の会話で英語

の単語を多く使いたがる人間に昔から違和感を感じていた。勿論、これは私自身英語が苦手なので

そう思うのかもしれない。



自分の考えや想い、それを如何に相手に正確に伝えるか、それは本当に難しいことで英語の単語を

使わず日本語だけを話せば解決する問題でも決してないし、日本語の特殊性(音訓読みなど)も関係

しているのだろうか。



西洋の言語が枝分かれして成立してきたのに対し、日本語は逆に様々な言語が一つの幹となってきて

いること。これは安部公房さんが提唱されてきたことで、母語の違う集団(弥生人と縄文人)の子供たち

が遊びの中で、自然に新しい文法や言葉が生まれてきたという説(「縄文 謎の扉を開く」を参照)がある。



ただ、見知らぬ人間相手に英語の単語を多用する人は、この説(子供の遊びの中で自然に)とは違う

次元にいるのではと感じてしまう。



話を最初に戻すが、講演後の中学生の言葉で、「いろいろな意見が聴けて面白かったし勉強になった」

という言葉、この柔らかな感受性はいつまでも忘れたくないものだと思う。



☆☆☆☆



追記 2017年6月1日 
「英語化は愚民化」施光恒・著 同化政策の悲劇を知らない悲しい日本人
 を参照されたし。



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