「人類がたどってきた道 “文化の多様化”の起源を探る」

海部陽介 著 NHKブックス










本書 第11章 拡散を終えて より引用



かくしてホモ・サピエンスは、南極大陸を残して地球全体に広がった。改めて振り返ると、私たちの種が、

それ以前の人類といかにかけ離れた存在であるかが実感される。私たちの祖先は世界各地で新しい文化

を生み出し、それまでの人類の分布範囲を一挙に二倍以上に拡大した。


祖先たちは、なぜ未知の土地を目指して、行けるところまで進んでいったのだろうか。人口が過密になった

り、タブーを侵したり争いに負けたりして、集団の一部が新たな土地を求めて移動したこともあったのだろ

う。一方そうではなくて、純粋な好奇心や冒険心というものが、彼らを強く駆り立てたこともあったかもしれ

ない。しかし何はともあれ、地球はこれで完全にホモ・サピエンスで染まってしまったのだ。この後に続く

のは、地域文化のさらなる多様化であり、同時に各地域集団における勢力関係の変動の歴史である。

このように理解した上で、次に私たちが真剣に考えるべきことは、歴史の中で個々の地域社会が向かう

方向性を決め、現代の国際社会・政治・経済情勢を形成した重要な因子は何であったのかということで

あろう。そしてその答えは、これまでに描いてきた歴史の中に、すでに見えている。



拡散していった祖先たちの様々な分派が行きついた先は、その後の発展に結びつく生産性のよい土地

もあれば、そうでない土地もあった。ここで明らかなのは、誰がどの土地へ住み着くことができるかを決

めたのは、偶然以外の何ものでもなかったということだ。拡散の旅路でいかに勇気のある行動をとった

としても、そのことが明るい未来を切り開く材料になったわけではなかった。



その最もわかりやすい例は、南アフリカ最南端のフエゴ島と、東ポリネシアのイースター島であろう。

これらの土地は、ホモ・サピエンス拡散の歴史の終着点と言える。拡散史全体を一つの冒険ドラマに

見立てれば、そこへたどり着いた人々は賞賛されるのかもしれない。しかし現実には、それを記念碑

的な出来事と認識するのは、世界史を学べる立場にある私たち現代人だけだ。実際にはフエゴ島も

イースター島も、不毛の地であった。そこへたどり着いた人々は、そのような土地を自ら選んだわけで

はない。それなのに彼らは、その後よその土地からやって来た高い技術をもつ集団に、征服される

運命にあったのである。



これは現在までの歴史の結果である。しかし何とも煮え切らない部分のある結果である。私たちは、

この歴史をどう理解し、何を学び、そして将来のために何をすればよいのだろう。



 


本書 エピローグより抜粋引用




歴史を方向づけてきたものは何か



本書では、私たちの種、ホモ・サピエンスがアフリカで進化し、その後、世界の隅々にまで拡大していった

歴史を描いてきた。この歴史は、過去600万年にわたる人類史全体の中で、どのように特徴づけられるの

だろうか。一言で表現するなら、それは「文化の発展」以外にないであろう。文化そのものは、それ以前の

人類がもっていた。しかし人類史の中で、ホモ・サピエンスの時代とは、文化が劇的な発展と多様化を遂

げ、かつ絶大な影響力をもつようになった時代であったと言える。



ホモ・サピエンスは、生物史の尺度からすれば極めて短時間のうちに世界中に拡散したが、これは基本的

に文化の力によって成し遂げられたとみなせる。ホモ・サピエンスは、ほかの動物たちとは違い、分布域を

広げながらいくつかの種に分化することがなかった。自然環境の異なる新しい土地へ進出するに当たっ

て、身体構造の生物学的進化を持たずに、文化的手段をもって適応できたのである。確かに世界各地へ

散った集団は、暮らしている土地に適するよう、身体形質を多少特殊化させた(本書ではそのような例とし

て北方モンゴロイドとポリネシア人について説明した)。しかしそうした特殊化は、程度がわずかで種分化

するほどではなかったというだけでなく、第8章でも述べたように、必ずしも拡散当初に起こったものでは

ない。



(中略)



一方で私たちは、自分たちが作り上げた文化に縛られる存在でもある。どの地域の文化にも、様々な

かたちで社会のルールや規範が存在し、標準的な価値観、しぐさや言葉の使い方、食の好みといった

ものがある。個人のものの考え方や行動様式が、属していた集団のそれにとにもかくにも大きく影響さ

れることは、誰もが知っているとおりだ。このように私たちは、文化と切っても切れない関係にある。これ

は、旧石器時代の祖先たちの社会においても、間違いなく同様であったはずだ。各地にそれぞれ独特

の文化伝統が存在し、それがある期間維持される傾向があったことが、その何よりもの証拠である。



それではなぜホモ・サピエンスだけが、文化を急激に発展させることができたのであろうか。それはこの

種において、それを可能にする何らかの生物学的な能力が進化したからにほかならない。文化は「知の

遺産」の継承、つまり先代から受け継いだ知識の体系に自分たちの発見・発明による新しい情報を付け

加え、次の世代に受け継ぐ行動を繰り返すことによって、維持され、発展していくものだ。私たちの祖先

は、どこかの時点でそのために必要な能力を進化させた。その能力の実態はまだ不明であるが、おそ

らくいくつかの要素から成っていると考えられている。そのような要素の候補としては、例えば第3・4章

で説明したように、抽象的思考を行なう能力、無限とも言える発見・発明能力、優れた子見・計画能力、

シンボルを用いて知識伝達する能力などが挙げられている。



(中略)



本書で「知の遺産仮説」と呼んだ、この考え方の意味するところは大きい。つまり現代人は、その内面に

おいて30万年前の旧人や20万年前の祖先(つまり最初期のホモ・サピエンス)とは違うが、世界へ拡散し

はじめた5万年前の祖先とはほとんど同一だということなのだ。過去5万年間に私たちの内面が全く進化

しなかったかと言えば、そうではなかったかもしれない。しかしそうだとしても、その程度はわずかで、本質

的なものではなかったろう。



もし過去5万年間に人間の内面が大きく進化したなら、現在の地域集団間には、内面の顕著な違いが

生じている可能性がある。もっとも一言で内面と言っても、空間把握能力、論理構成能力、芸術的能力、

気性など、いくつもの側面があるので話は単純ではない。しかし例えば芸術にしても、各地で発達した

スタイルは異なっているが、私たちは互いのスタイルの魅力を理解しあうことができるわけで(そしてそれ

らをしばしば取り入れたり真似したりしているわけで)、芸術的能力に本質的な集団差があるとは思われ

ない。いわゆる“知力”については(これ自体もさらに複数の要素に分けられる可能性があるが)、19世

紀以来、多くの人種主義者たちが、集団間に差異が存在することを客観的に示そうと様々に努力して

きた。それにもかかわらず、アメリカ自然史博物館のスティーヴン・J・グールドが見事な検証の末に結論

づけたように、結局、現在に至るまでそのような科学的証拠は得られていない。現在の世界の人々は、

身体特徴つまり見かけの上でかなり違うため、私たちは人種や民族の違いや多様性にばかり目を奪わ

れがちである。しかし、このように身体特徴が進化し多様化しえいるかといって、私たちの内面も同じよう

に進化し多様化しているわけではないのである。



このことについて、もう少し説明しよう。私たちは、もてる潜在力を発揮し、現在の文明を築くまでに5万年

以上の時をかけてきた。しかしこれはあくまでも結果である。つまり5万年以上前の祖先において、文化を

創造的に発展させる能力が進化したとき、それは将来の文明の発展に役立つからという理由で進化した

わけではありえない。生物の進化とは、そのような将来の目的をもつものではない。そもそもこのような

能力は、旧石器時代の祖先たちにとって、例えば新しい素材も使ってより機能的な道具を開発し、野生の

食資源をより安定的に確保することに役立つといった利点があり、そのために進化したものと考えられる。

しかしこの能力は大いなる発展性を秘めていたため、これまでにも見てきたように、やがて私たちの文化

は急速に複雑化していった。



総じて見れば、文化の複雑化は、ホモ・サピエンスにおいてこの能力が進化したことの必然的な結果で

あったとみなせるだろう。そかし「文化のフィルター」という言葉で形容した例のように、個々の地域文化

は一方的に複雑化を遂げるものではなく、状況によって様々な方向へ変化しえるものである。アフリカか

ら南アメリカ大陸最南端のパタゴニアまでの極めて長い道のりの中で、祖先たちは多様な環境を通過

し、膨大な知識を蓄積してきたはずだ。しかしその時々に不要な知識は捨てられ、知の遺産の多くが

失われたからなのであろう。最終的にパタゴニアへ到達した集団の文化は、極めて単純なものとなって

いた。加工されたり捨てられたりするものであることを示す例である。そもそも、文化が複雑化して近代

文明のようなものが誕生するまでの5万年という期間も、地球の陸地の地理や地形、気候変動のサイクル

などが異なるものであったのなら、早くも遅くもなっていた可能性がある。



このように理解したとき、各地域の歴史と文化に“違い”があるのは、不思議なことではなくなる。しかし、

その違いを優劣と結びつける考えに、私たちは注意しなくてはならない。冒頭の疑問に答えるとすれば、

縄文文化も、ほかの文化と同様に、普遍性と独自性を併せもつ文化である。この文化が当時の日本列

島という環境の下で、なぜこうしたかたちに発展したのかはたいへん興味深い課題だが、一方で、この

文化が先進的でなければ現代の日本人にとって困るというようなことは何もない。ヨーロッパの後期旧

石器時代の芸術も、それだけについて論じるのではなく、当時の環境や歴史とあわせてバランスよく理解

する必要がある。旧石器時代の芸術の証拠は、確かにヨーロッパでは目立って多く残されている。しかし

後氷期に入ったころには、世界各地で雨後の竹の子のように様々なスタイルの芸術が現れることも、見逃

してはならない事実だ。一方のヨーロッパでは、旧石器時代が終わると、壁画の文化は一時衰退する。

従って、私たちが追求する意味のある課題は、氷期のヨーロッパにおいて人々が芸術活動に駆り立てら

れた背景は何であったかであり、旧石器時代人の芸術的才能に地域間差があったかどうかではない。

第5・6章でも触れたように一部の考古学者たちは、ネアンデルタール人という集団の存在を軸に据え、

そうした議論をすでにはじめている。



グローバル化の進行により、現在、私たちの生活環境は大きく変化している。現代は、異文化間交流を

通して、個人が文化的、精神的にもっと豊かになることのできる時代である。その一方で異文化間の摩擦

や衝突が頻発し、特定の強国が経済、軍事、文化といくつもの面で、他の国を圧倒する問題も進行して

いる。このような現代において私たちが探さなくてはならないものは、世界を見つめる適切な視点だろう。

私たちの歴史を、局所的にではなく大きな全体の流れとして捉え、人間の文化とその多様性の成り立ち

を理解することにより、私たちは新しい眼をもつことができるようになるのではないだろうか。私たちが

人間の文化の多様性を素晴らしいと感じることには、もっともな理由がある。それはどの文化にも、祖先

たちの5万年以上にわたる歴史が刻まれているからだ。




 



本書 第5章 クロマニョン人の文化の爆発 より抜粋引用


面白ことに、数は少ないが、ヒトと動物が合体したような半人半獣の絵も存在する。有名なのは、フランス

のトロワ・フレーレス洞窟の絵で、手足の指と脚の形と直立した姿勢はどう見てもヒトだが、草食動物の

背中と耳、トナカイの角、ウマの尾、ネコ科のそれを思わせる陰茎と、いくつかの動物が混ざっている。

過去には、こうした絵は動物のマスクを被ったシャーマン(呪術師)とみなされていたが、想像上の生き物

を描いた可能性もある。古代エジプトのアヌビス神(ジャッカルの頭と人間の身体をもつ)などの例がある

ことを考えれば、そうした可能性も非現実的とは思われない。後で述べるクロマニョン人が制作したマン

モス牙製の小像の中にも、見事な半人半獣の作品が存在する。




美に共鳴しあう生命



 



目次

はじめに・・・・人間の文化はいつ多様化したのか



プロローグ

世界中に分布するヒト 「銃・病原菌・鉄」 モンゴロイド・プロジェクト



第1章 ホモ・サピエンス以前

一つでなかった人類の系統 ホモ・サピエンスとは誰か ホモ・サピエンス以前の人類史

石器文化の発展



第2章 ホモ・サピエンスの故郷はどこか

1980年代以前 他地域進化説 アフリカ起源説 化石が示唆する過去 

遺伝人類学が復元する過去 年代測定が揺さぶる解釈 ジャワ原人の運命

決定的な証拠 新しい動き



第3章 ブロンボス洞窟の衝撃・・・・アフリカで何が起こったのか

替わるMSAの位置づけ 革命はなかった 世界最古の「模様」

「模様」の意味・・・・シンボルを用いる行動 世界最古のアクセサリー

シンボルを用いる行動の起源 最古の埋葬 旧人によるシンボル操作 骨器の登場、漁のはじまり

古さは本物か ブロンボスは特異な遺跡か 石器技術

現代人的行動のリスト・・・・再びホモ・サピエンスとは何か 言語の進化



第4章 大拡散の時代

知の遺産仮説 現代人的な行動能力の遺跡証拠 大拡散 祖先たちが歩いた世界

拡散は何回起こったか、なぜ拡散したか



第5章 クロマニョン人の文化の爆発・・・・西ユーラシア

地底に眠る大遺跡 クロマニョン人の発見 ネアンデルタール人の姿 偏見からの解放

上部旧石器文化 狩猟活動 石器、骨角器、土器のスペシャリスト 機能的な住居

社会間ネットワーク クロマニョン人たちの芸術活動 壁画はどうやって描かれたか

何が描かれたか なぜ描いたのか 芸術の爆発? ポータブル・アート 最古の楽器

文化のダイナミズム ネアンデルタール人の埋葬 謎の文化の主

ネアンデルタール人の本当の姿 消えたネアンデルタール人

クロマニョン人はどこから来たか 上部石器文化の終焉



第6章 人類拡散史のミッシング・リンク・・・・東ユーラシア

ミッシング・リンク 中国の旧人とスンダランドの原人 カフゼーとスフールの謎

沿岸移住仮説 日本列島の重要性 山頂洞人の発見 ヨーロッパとの共通点

ないはずの石器 儀礼を伴う埋葬 芸術活動 大陸南方の文化 モンゴロイドの集団

アイヌとネグリト モンゴロイドの特徴の由来 アジア集団の形成 日本人の二重構造性

誰が一番進化したか? 後氷期の東ユーラシア



第7章 海を越えたホモ・サピエンス・・・・ニア・オセアニア

海の向うの有袋類の国 ニア・オセアニアという概念 現われ、消えたサフルランド

オーストラリアのアボリジニ
 どうやって海を越えたか? 渡来の年代論争 巨獣たちの絶滅

世界最古の航海の背景 渡来してきた人々 頭骨の人工変形といくつかの世界最古

スピーディーな拡散? 後氷期のオーストラリア 新しい文化要素の起源

タスマニア島で起こったこと ディンゴを連れてきた人々 アボリジニのロック・アート

赤道直下の巨大な島 ニューギニアの文化と農耕の起源



第8章 未踏の北の大地へ・・・・北ユーラシア

人類未踏の地 寒冷地克服の条件 ロシア平原への進出 マンモスの骨の住居

メジリチ遺跡 スンギールの豪華な墓 シベリアの大地 シベリアの先住民族

北方モンゴロイドの成立 シベリアへの本格的進出 マリタ遺跡 細石刃の登場

極地への進出 さらなる東への道



第9章 一万年前のフロンティア・・・・アメリカ

アメリカ先住民 先住民のルーツ 消えた平原ベリンジア 超巨大氷床

最古のアメリカ人論争 クローヴィス文化 南アメリカの魚尾形尖頭器 大絶滅の謎

一万年前のフロンティア



第10章 予期しなかった大躍進・・・・農耕と文明の起源

狩猟採集か農耕か 後氷期 農耕はどのように起こったか

食料生産を行わなかった人々 アフリカその後



第11章 もう一つの拡散の舞台・・・・リモート・オセアニア

大拡散の最終章 リモート・オセアニア 島の環境 ヨーロッパ人による太平洋探検

彼らの故郷はどこか カヌー文化揺籃の地 ホクレア 古代カヌーの発見

拡散した人々 ラピタ集団のメラネシア拡散

ミクロネシア、小笠原諸島への拡散 ポリネシアへの拡散 拡散を終えて



エピローグ・・・・歴史を方向づけてきたものは何か 文化の多様性とは何か

参考文献

あとがき







2012年8月12日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



過ちと回心



回心すること、新しく生まれ変わること、その真の意味を私は本当に理解できているの

だろうか。



私たちは先住民に対して、太古の時代から自然と環境に調和する人々と捉えているが、

1万3000年前のアメリカ大陸では現代の私たちがしてきたことと同じように、乱獲などで

31属の大型草食動物が絶滅されたと言われている。



これはアメリカ先住民に限らず、オーストラリアのアボリジニ(最近の研究で明らかに

なりつつある)など世界各地に共通することかも知れない。



過去と現代、同じ過ちを犯していたとしても、彼ら先住民と私たち現代人の決定的な

違いは、過去から学んだ「知の遺産の継承」(国立科学博物館の海部陽介氏が提唱し

ている進化の仮説)、この場合は「回心の継承」とも言うべきものがあるかどうかなの

かも知れない。



先住民は、過去の過ちから学んだ教訓、それが回心となって魂に刻まれたが故に、

1万年以上も渡って世代から世代へと受け継がれてきたのではないだろうか。



私たち現代人は、動植物の絶滅と共に戦争など多くの悲劇を目の当たりにしてきた

が、果してそこから得られた、揺らぐことのない教訓が1万年先の人類にまで共有さ

れたものになっていくのだろうか。またそこに回心と呼べるものが存在しているのだ

ろうか。



ホモ・サピエンス(現生人類)は1万3000年前に一時陸続きになったベーリング海峡

を渡ってアメリカ大陸に来たとされているが、アメリカ先住民の多くはそれを否定し、

「自分たちは天地創造の時に亀の島(アメリカ大陸)に置かれた」と主張している。



ミトコンドリアなどの遺伝子解析から見れば在り得ないことだが、真に回心し、新しく

生まれ変わったことを体感した人ならば「今、私たちは生まれ変わり、そして今、私

たちはここに立つ」と言えるのだと思う。



この回心、それはシャーマニズムアニミズムとも関わってくるが、私自身はシャー

マニズム・アニミズムは1万3000年前より遥か太古の時代に生まれたと思っている

し、その背景にはネアンデルタール人などの旧人と言われた人の存在があったの

ではと感じている。細々と、しかし脈々と受け継がれてきた精神が1万3000年前に

多くの人々に共有され花開いたのかも知れない。



話はそれてしまったが、回心、1万3000年前の現生人類が体感したこと、それは私

が想像するより遥か高い次元での回心であったと感じてならないし、次の世代へ

継承させるために、私たちはこの回心の真の意味を心に感じることから始めなけ

ればいけないのかも知れない。



(K.K)



 

 

2012年7月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。







原罪の神秘



キリスト教の原罪、先住民の精神文化を知るようになってから、この原罪の意味するところが

何か考えるようになってきた。



世界の先住民族にとって生は「喜びと感謝」であり、そこにキリスト教で言う罪の意識が入る

余地などない。



ただ、新約聖書に書かれてある2000年前の最初の殉教者、聖ステファノの腐敗していない

遺体、聖フランシスコと共に生きた聖クララの腐敗を免れている遺体を目の前にして、彼ら

の魂は何かに守られていると感じてならなかった。



宇宙、そして私たちが生きているこの世界は、未だ科学的に解明できない強大で神秘な力

に満ち溢れているのだろう。



その神秘の力は、光にも、そして闇にもなる特別な力として、宇宙に私たちの身近に横た

わっているのかも知れない。



世界最古の宗教と言われるシャーマニズムとその技法、私が感銘を受けたアマゾンのシャ

ーマン、パブロ・アマリンゴ(NHKでも詳しく紹介された)も光と闇の二つの力について言及し

ている。



世界中のシャーマンの技法の中で一例を上げれば、骨折した部分を一瞬にして分子化した

のちに再結晶させ治癒する光の技法があれば、病気や死に至らせる闇の技法もある。



これらの事象を踏まえて考えるとき、その神秘の力が遥か太古の時代にどのような形で人類

と接触してきたのか、そのことに想いを巡らすこともあるが、私の力の及ぶところではないし、

原罪との関わりもわからない。



将来、新たな遺跡発見や考古学・生物学などの各分野の科学的探究が進むことによって、

ミトコンドリア・イブを祖先とする私たち現生人類、そしてそれより先立って誕生した旧人

言われる人たちの精神文化の輪郭は見えてくるのだろう。



しかし私たちは、人類・宗教の歴史その如何にかかわらず、今を生きている。



原罪が何であれ、神秘の力が何であれ、人間に限らず他の生命もこの一瞬・一瞬を生きて

いる。



前にも同じ投稿をしたが、このことだけは宇宙誕生以来の不変の真実であり、これからも

それは変わらないのだと強く思う。



最後にアッシジの聖フランシスコが好きだった言葉を紹介しようと思います。尚、写真は

聖フランシスコの遺体の一部で大切に保存しているものです。



私の文章で不快に思われた方、お許しください。



☆☆☆☆



神よ、わたしをあなたの平和の使いにしてください。

憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように    

いさかいのあるところに、赦しを

分裂のあるところに、一致を

迷いのあるところに、信仰を

誤りのあるところに、真理を

絶望のあるところに、希望を

悲しみのあるところに、よろこびを

闇のあるところに、光を

もたらすことができますように、

助け、導いてください。



神よ、わたしに

慰められることよりも、慰めることを

理解されることよりも、理解することを

愛されることよりも、愛することを

望ませてください。



自分を捨てて初めて

自分を見出し

赦してこそゆるされ

死ぬことによってのみ

永遠の生命によみがえることを

深く悟らせてください。

☆☆☆☆




(K.K)



 

2012年6月28日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(大きな画像)

氷河期の記憶(写真は岩田山公園にて撮影)



太陽の魂、暖かさを地上にもたらす鳥の伝説は2月5日に投稿した「ワタリガラスの伝説」があるが、

寒冷地に住む民族ほどこのような伝説を産みだしやすいのかも知れない。



このような伝説は、7万年前から1万年までの最終氷期を生き抜いた人類が子孫に伝える教訓とし

て伝説や神話の中に生きている。



自身の「死の自覚」から神(創造主)との接点、それが神話の誕生に繋がったのかも知れないし、

それらはほぼ同時期に産まれたのかも知れない。



世界屈指の古人類学者のフアン・ルイス・アルスアガは、「死の自覚」が今から40万〜35万年前の

ヒト族に芽生えたと言っているが、それは我々の祖先と言われてきたミトコンドリア・イブ(約16万年

前)よりも遥かに古い時代である。



エレクトゥス(100万〜5万年前)、ハイデルベルゲンシス(60万〜25万年前)、ネアンデルターレンシス

(35万〜3万年前)のヒト族は既にこの世界から絶滅しているが、もし彼らに「死の自覚」、神との接点、

神話があったとしたら、それはどのようなものだったのだろう。



そして現生人類(我々)の最古の宗教であるシャーマニズム、そして現存する多くの宗教はどのよう

に関わっているのだろう。



2010年に現生人類(我々)の遺伝子にはミトコンドリア・イブだけでなくネアンデルターレンシス(ネア

ンデルタール人)の遺伝子がある可能性が指摘されたが、今後の遺伝子研究や発掘により、彼らの

真実が明らかになってくることだろう。



ただどんなに過去や未来に想いを馳せようが、我々は今この瞬間を生きていることだけは確かな

ことかも知れない。



過去未来に関わらず、すべての生命がそうであった(ある)ように。




(K.K)



 


2012年1月20日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



写真は、デニソワ人(Denisova hominin)を想像したもの。

2008年、シャーマニズムの発祥の地ロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟において発見される。



☆概要(ウィキペデリアより要約)



デニソワ人の化石は約4万1千年前のものとされる。80万4千年前に現生人類であるホモ・サピエンス

の共通祖先から、ネアンデルタール人・デニソワ人の祖先が分岐。64万年前(35万年前の説もある)

にネアンデルタール人から分岐した人類で、現在のメラネシア人のゲノム(遺伝情報)の4〜6%が

デニソワ人固有のものと一致している。



つまり、40万〜30万年前にアフリカを出、中東を経てヨーロッパに拡がった集団がネアンデルタール

人に、中東を経てアジア内陸部に移動した集団がデニソワ人になった。それに遅れて6万〜5万年前

にアフリカを出た我々現生人類の祖先は、中東やアジア内陸部で先住者のネアンデルタール人や

デニソワ人と交雑しながら全世界に拡がり、現在に至った。



☆個人的感想



最初に書いたシャーマニズムの発祥の地と言われるロシア・アルタイ地方は、デニソワ人が約4万年

前まで生きていました。



実は不思議な文献があります。それは「ベロボディアの輪 シベリア・シャーマンの智慧」オルガ・カリ

ティディ著です。私にはこの文献の信憑性を確かめる術もないのですが、デニソワ人の存在が明確

になったのは2008年、この文献が出版されたのがそれより10年以上も前のことです。ただ以前から

このアルタイ地方はシャーマニズム発祥の地として知られていましたのでそれを加味しながら、この

文献の引用をお読みいただけたらと思います。正直私自身これをどのように解釈していいかまだわ

からないのです。



「以来、多くの集団がシベリアに彷徨いこみ、消滅した文明の神秘的なパワーに影響された。アルタ

イ地域は新しい文化誕生の沸騰する大釜となった。人々の流れがそこから分離し、多くの異なった

方向へと遠くまで広がっていったのだ。その流れの一つが現代のイランの領域へと辿りつき、そこで、

かれらが携えていった聖なる知識がゾロアスター教として誕生した。後にこれと同じな流れがその知

識の多くをキリスト教へと伝えた。別の流れは現在のインドやパキスタンへと移住し、その地での社会

の確立がヴェーダーンダの伝統の富を生み出した。最初の知識の場にシャンバラの名前を与えた

タントラ仏教は何世紀にも亘って、その知識と直接的な交流を果たした。西に赴いた人々は、ケルト

人として知られるようになり、ドルイド教の儀式を通して、共通の源に結びつけられた。このように、

アルタイに発するこの古代文明の神秘的遺産は世界中の多くの偉大な宗教の最初の源泉となった

のだ。これらのさまざまな伝統の内部には、それぞれベロボディアと直接触れたことのある人間が

つねに存在していた。」

引用終わり



先にも書きましたが、現在のメラネシア人のゲノムの4〜6%がデニソワ人固有のものと一致していま

すが、人種的にはオーストラロイドと混血したモンゴロイド系の民族です。東部のメラネシア人社会で

は超自然力(マナ)を信仰しており、すべて形あるものに精霊が宿ると信じられていましたが、ハワイ

先住民のカフナにも超自然力(マナ)が存在します。詳しくは最近の自己啓発ブームの中で突然現れ

てきた簡略版の「ホ・オポノポノ」ではなく、「原典 ホ・オポノポノ 癒しの秘法」マックス・F・ロング著を

お読みいただけたらと思います。



デニソワ人はネアンデルタール人から分岐したらしいですが、シャーマニズムと密接な関係と言いま

すか、シャーマニズムはデニソワ人から世界に広まったと思うのが妥当ではないかと感じています。

前に投稿したネアンデルタール人もそれに似た世界観を持っていたと推察していいのではと思いま

す。64万年〜35万年前に既に人類は、ロジャー・ウォルシュが「シャーマニズムの精神人類学」で言

うように、「この人類最古の宗教的・神秘的・医学的・心理学的伝統に関しては、まだまだ多くの謎が

残されている。シャーマニズムについて探求すればするほど、人間の体、心、魂について認知されて

いない側面や可能性があることがわかる。何千年もの長きにわたり、シャーマニズムの精神は、人類

を助け、癒し、導いてきた。それはこれからも、さらなるものを与えてくれるかもしれない」と感じてなり

ません。 



発掘などで得られた情報を基に太古の世界をいろいろ想像してしまいます。

次回は「ホピの予言」に戻りますが、整理したいのでしばらく時間をください。



(K.K)



参考文献

「アナザー人類興亡史 人間になれずに消滅した傍系人類の系譜」

「生物の進化 大図鑑」マイケル・J・ベントン他(監修)

「日本人はるかな旅 展」国立科学博物館 NHK



 


2012年1月18日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



写真は、DNA情報に基づき復元されたネアンデルタール人の女性です。

「存在を否定する人と存在を受け入れる人、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人」という題で

投稿します。



最初に今までわかっているネアンデルタール人に関する共有されている説の紹介と、それを根

拠にした私の妄想・暴論が続きます。



☆現在共有されている説



●約20万年前(ミトコンドリア・イブとほぼ同時期)に出現し、2万数千年前に絶滅した。

●ネアンデルタール人の脳容量は現生人類より大きく、現生人類と比較しても遜色のない知能

を有していた可能性がある。

●外見上では現生人類(ホモ・サピエンス)より顔が大きく、特に上顔部が前方に突出した突顎

であるが、写真で見てもわかるように大きな違いはない。

●何故絶滅したのか、はっきり特定は出来ていない。

●ネアンデルタール人の遺骨の近くには数種類の花粉があり、これは死者を悼む心があり、

副葬品として花を添える習慣があったと主張する人もいる。

●ヨーロッパの洞窟で発見されたフルート(人類最古の楽器)は年代的にネアンデルタール人

が作ったと主張する人もいる。

●2010年、現生人類には絶滅したネアンデルタール人の遺伝子が1-4%混入しているとの研

究結果が発表された。つまり単一起源説(ミトコンドリア・イブ)への疑問が浮上。



☆私の仮説(妄想・暴論)から先に書きます。



「ネアンデルタール人は今の先住民の特質(存在を受け入れる人)の原形であり、自然と共生

する世界観を有していた。また「人を殺すための武器を持ってはならない」ことを何らかの理由

で実践していた。一方、存在を否定する人(現生人類)は共生する世界観を否定する傾向を

特徴としていた。ネアンデルタール人の絶滅の原因はこの非暴力、並びに現生人類が持ち込

んだ感染症によるものだった。これは虐殺と共に白人が持ち込んだ天然痘などにより、免疫を

持たなかったインディアンの9割が死亡したことと共通する。



外見上、現生人類と大きな差がないネアンデルタール人と現生人類に交配があった可能性は

極めて高く、最近の研究でも裏づけられている。しかし、ネアンデルタール人は上記の理由で

ほぼ絶滅し、交配によって辛うじて現生人類の遺伝子の中にのみ刻まれた。このネアンデル

タール人の遺伝子を何らかの形で意識まで吸い上げたのが先住民族であり、その「存在を受

け入れる」先住民の世界観は世界各地で花開くこととなる。



しかし「存在を否定する」傾向の強い現生人類は自然・他者を支配しようとし、その憎悪の矛

先は自分自身へ向かい社会的・精神的な各種の病を生み出す。その混沌とした状況で生ま

れたのがイエスであり、「存在を否定する」傾向のある世界観を変えようとする。聖書が説く

「隣人愛」と「原罪」の意味はここにある。しかし現生人類は社会の安定のため外見上はキリ

スト教を容認するが、心の本質(原罪)は変わっておらず、2度目のネアンデルタール人への

虐殺(先住民虐殺)へと向かうことになる。



以上この仮説を通して私は、単一起源説(ミトコンドリア・イブ)に異を唱えるものであり、遺伝

子が消失或いは辛うじて残っている「存在を受け入れる」特質を有したネアンデルタール人も

同様に私たちの祖先として位置づけられることを願う。それはこの祖先が、私たちがどのよう

な未来を築くべきかの方向性を与える一つの座標として存在することをも意味しているからで

ある。」



☆後書き(仮説に至る経緯)



ここまで書いて自分が嫌になってきました。私の仮説はネアンデルタール人が善良な人々で

あったと美化しそれを前提としていますが、それを明確に証明するものは発掘されておりま

せんし、先住民という定義も曖昧であり他の宗教の生い立ちも省かれています。私よりも皆

さんの方が妄想と感じておられると思いますが、この妄想に至った出発点が二つあります。

科学的な側面では、ミトコンドリア・イブの子孫たちが、同時代に生きていたネアンデルタール

人などと交配することなく世界を席巻したと考えるのは余りにも不自然だからです。外見上

そう変わらないネアンデルタール人と現生人類に交配があったと考える方が極めて合理的

であり自然です。これはDNA解析技術が進歩していくと共に真実が明らかになってくるのか

も知れません。



精神的な側面では、キリスト教の言う「原罪」と先住民が共有していた「世界は美であり、私

たちは喜ぶために生きている」の大きな世界観の違いです。勿論、その土地の風土によっ

て宗教の形は変わってくるかもしれません。しかし両者には何か根本的な、というか根源的

な違いも感じるときがあります。この二つの疑問を通して、私はその答えを単にネアンデル

タール人に求め、軽薄に出した結論が上のものですが、いつかこの仮説とは異なるものを

見いだすかも知れません。



一人の馬鹿が導き出した妄想と捉えて頂けたら幸いです。またこの文章で不快な思いをさ

せてしまいましたら申し訳ありません。ただ、まだ全体像そして絶滅した原因が不明なネアン

デルタール人に少しでも関心を持っていただけたらと思い投稿しました。



今後の発掘調査によって私の想像とは180度異なったネアンデルタール人の実像が明らか

になる可能性もあると思いますが、どのような発掘であれ死者の魂を傷つけないような態度

で接することを願っています。



(K.K)



参考文献

「アナザー人類興亡史 人間になれずに消滅した傍系人類の系譜」

「生物の進化 大図鑑」マイケル・J・ベントン他(監修)

「日本人はるかな旅 展」国立科学博物館 NHK



 

2013年4月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





昨日、電王戦という将棋のプロ棋士とコンピューターの対戦でコンピューターが圧勝(3勝1敗1分け)した。



人間の最後の砦、A級棋士も負けたのだが、振り返ればチェスは1997年に人間チャンピオンがマッチで負

ている。その当時の掲示板では、多くの将棋ファンが「だからチェスは将棋より劣った競技だ」と主張して

いたが、そこに未来の将棋の姿を予見したものは殆どいなかった。



これは何もチェス・将棋・囲碁などの盤上競技だけに当てはまるものではないと思う。



1986年のチェルノブイリ原発事故など世界中で多くの事故や事件が起きてきたが、それを対岸の火事とし

てしか捉えなかった人々。私も含めて多くの人がそのような態度を取ってきたのだが、何故それらのことを

我が事として捉えることが出来なかったのか。



当時の私自身の視点、感受性のどこに問題があったのか。



それを想うと私自身とても偉そうなことは言えない。



人間は過去からの知の遺産を継承して現在の文明を築いてきたが、過去の過ちから感じたことの継承が、

果たして現在の文明にどれほど備わっているのだろうか。



今回の人間とコンピューターの対戦、それを通していろいろなことを思い巡らせてしまう。




 



Forgetful? Distracted? Foggy? How to keep your brain young | The Independent




人類発祥時からの流れをつかむ、その探求を避けては真の哲学の意味など見出せないでしょう。

哲学=西洋哲学ではなく、人類が先ず世界とどのように関わってきたのか、太古からの生き方を

受け継ぐ世界各地の先住民族の考え方や視点、そしてその世界観を知ることを基底としなければ

ならないと思います。現在の自分自身の立っている場を正しく捉えるためにも、この探求は必要

不可欠なものだと感じます。




「ギリシャ、エジプト、古代印度、古代中国、世界の美、芸術・科学におけるこの美の純粋にして正しい

さまざまの反映、宗教的信条を持たない人間の心のひだの光景、これらすべてのものは、明らかに

キリスト教的なものと同じくらい、私をキリストの手にゆだねるために貢献したという私の言葉も信じて

いただいてよいと思います。より多く貢献したと申してもよいとすら思うのです。眼に見えるキリスト教

の外側にあるこれらのものを愛することが、私を教会の外側に引き留めるのです。」

シモーヌ・ヴェイユ「神を待ちのぞむ」より






アビラの聖女テレサ(イエズスの聖テレジア)の生涯と「霊魂の城」

「夜と霧」 ドイツ強制収容所の体験記録 ヴィクトール・フランクル著 霜山徳繭訳 みすず書房

「100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか」ジュリアン バジーニ (著), 河井美咲 (イラスト), 向井 和美 (翻訳) 紀伊国屋書店

「薩垂屋多助 インディアンになった日本人」 スーザン小山 著

「シャーマニズムの精神人類学」癒しと超越のテクノロジー ロジャー・ウォルシュ著 安藤治+高岡よし子訳 春秋社

「哲学大図鑑」ウィル バッキンガム (著), 小須田 健 (翻訳) 三省堂

「チベット永遠の書・宇宙より遥かに深く」テオドール・イリオン著 林陽訳 徳間書店

「人類哲学序説」梅原猛・著 岩波新書

「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」比嘉康雄著 集英社新書

「みるみる理解できる相対性理論」Newton 別冊

「相対性理論を楽しむ本」よくわかるアインシュタインの不思議な世界 佐藤勝彦・監修

「生物と無生物のあいだ」福岡伸一 著 講談社現代新書

「英語化は愚民化」施光恒・著 同化政策の悲劇を知らない悲しい日本人

「進化しすぎた脳」 中高生と語る大脳生理学の最前線 池谷裕二著 講談社

「野の百合・空の鳥」&「死に至る病 」(漫画) キルケゴール(キェルケゴール)

「生と死の北欧神話」水野知昭・著 松柏社

プラトン 「饗宴」・「パイドロス」

「人類がたどってきた道 “文化の多様化”の起源を探る」海部陽介著 NHKブックス

良寛『詩歌集』 「どん底目線」で生きる  (100分 de 名著) NHKテレビテキスト 龍宝寺住職 中野東禅・著

カール・ラーナー古希記念著作選集「日常と超越 人間の道とその源」カール・ラーナー著 田淵次男 編 南窓社

「ネイティブ・アメリカン 叡智の守りびと」ウォール&アーデン著 舟木 アデル みさ訳 築地書館

「ホピ 神との契約」この惑星を救うテククワ・イカチという生き方 トーマス・E・マイルス+ホピ最長老 ダン・エヴェヘマ 林陽訳 徳間書店

「火の神の懐にて ある古老が語ったアイヌのコスモロジー」松居友著 小田イト語り 洋泉社

「新版 日本の深層」縄文・蝦夷文化を探る 梅原猛 著 佼成出版社

「沖縄文化論 忘れたれた日本」岡本太郎著 中公文庫

サンデル「正義とは」ハーバード白熱教室 & 「ソクラテスの弁明(マンガで読む名作)」プラトン・原作

「意識の進化とDNA」柳澤桂子著 集英社文庫

「宗教の自殺 さまよえる日本人の魂」 梅原猛 山折哲雄 著 祥伝社

「動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」福岡伸一 著 木楽舎

「アンデス・シャーマンとの対話」宗教人類学者が見たアンデスの宇宙観 実松克義著 現代書館

「沖縄の宇宙像 池間島に日本のコスモロジーの原型を探る」松井友 著 洋泉社

「木が人になり、人が木になる。 アニミズムと今日」岩田慶治著 第16回 南方熊楠賞 受賞 人文書館

「史上最強の哲学入門」飲茶・著 河出文庫

「10代からの哲学図鑑」マーカス・ウィークス著 スティーブン・ロー監修 日暮雅通・訳 三省堂

「面白いほどよくわかるギリシャ哲学」左近司 祥子・小島 和男 (著)

「哲学者とオオカミ 愛・死・幸福についてのレッスン」マーク・ローランズ著 今泉みね子・訳 白水社

「エデンの彼方」狩猟採集民・農耕民・人類の歴史 ヒュー・ブロディ著 池央耿・訳 草思社

「ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く」 リサ・ランドール著 塩原通緒・訳 NHK出版

「カラマーゾフの兄弟 (まんがで読破)」ドストエフスキー・作 バラエティアートワークス

「罪と罰 (まんがで読破)」ドストエフスキー・作 バラエティアートワークス

「夜間飛行 (まんがで読破)」サン=テグジュペリ・作 バラエティアートワークス

「若きウェルテルの悩み (まんがで読破)」ゲーテ・作 バラエティアートワークス



美に共鳴しあう生命

オオカミの肖像








双眼鏡で見る春の星空 双眼鏡で見る夏の星空

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天体観測に適した小・中口径の双眼鏡

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