「沖縄の宇宙像 池間島に日本のコスモロジーの原型を探る」
松井友 著 洋泉社 より引用
科学は、地球が太陽の周りを回っていることを証明したが、逆にそれは昔から伝わって きた生と死を巡る様々な儀式やその土台となる宇宙像・死生観を過去の遺物にしてし まったのかも知れない。そして過去の世界観で生きてきた古老がいなくなる現実の中 で加速度的に遺物への道を突き進んでいる。著者は言う、「しかし、科学的な宇宙像が 支配する時代において、あきらかに非科学的である宇宙像を再構築する意味がどこに あるのであろうか。そこにははたして、現代にも通用する重要なメッセージが含まれて いるのであろうか。もし、含んでいるとしたならば、何であろうか。明らかに迷妄である 古代の宇宙像に、ひょっとしたら今も消えることのないある真実があり、その真実が21 世紀から始まる新たな時代の新たな宇宙観を形成するための重要な要素になるとした ら、何であろうか。いつかこうした点についても書きたいと思うが、この本では、あえて そうした問題には触れていない。その答えは、ここでは読者一人ひとりにゆだねたい。」 本書はこの新たな宇宙像との接点を見出すためにも、古代の宇宙像をこと細かく記録 した労作であり、古老がいなくなりつつある現代において、その持つ意味は大きい。 (K.K)
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本書 まえがき より引用
現世を超えた壮大な世界観、宇宙観である沖縄の離島のコスモロジーを描き出す ためにはどうしたらよいのか、ずいぶん頭を悩ませた。あまりに壮大だからである。 近代科学の領域においては、宇宙像すなわちコスモロジーは物理的、天文学的な 世界像としてとらえられている。宇宙像は、科学の領域に属している。しかし、古代 の人々は、天界を単に物理的にではなく神々の世界との関連においてとらえてい た。宇宙像という言葉のなかには当然、死後の世界や神々の世界も含まれてい た。(中略) 沖縄でも、とりわけ今回の話の中心になっている池間島のような離 島では、ごく最近まで御獄の信仰のなかにこのような宇宙像が生きていた。それは 今でも色濃く残る信仰形態や風俗習慣などからうかがい知ることができるが、すで に部分的な形でのみ生きていて全体像をとらえるのは難しい。科学的な宇宙観が 教育やメディアをとおして広がり、古代の宇宙観を駆逐したからである。現代の宇宙 像では、西に行けば死者の世界に行くのではなく、地球を一周して元に戻る。また 天界の星は天蓋の穴ではなく、それぞれが無数の恒星と呼ばれる爆発による発光 体で、それらが銀河系を形成しさらなる果てには星雲が散らばっている。地球のま わりを太陽や星がめぐっているのではなく、地球が太陽のまわりをめぐっていること も皆知っている。現代の人々は、位置としての神界と霊界を失った人々で、古代の 宇宙像は破片として散らばってはいるが、破片を拾い集めて古代同様の完全な全 体像を再現することは至難の業で、たとえそれが可能であったとしても神の実在を 信仰することは不可能であろう。天の星は落ち、地は混沌に満ち、神々の世界は 崩壊し、死と誕生は単なる不条理な出来事にすぎず、人々は生きるための大きな 価値のよりどころを失った状態となった。それが現代である。新たな世紀に入って 宗教や科学を含めたコスモロジーが、今後どのように展開するのかは、わたしに とって最大の関心事であるが、とりあえず本稿の目的は、人類がかなり普遍的に 持っていた古代の宇宙像を、沖縄の池間島に探り、断片を寄せ集めて可能な限り その全体像を修復し導き出すことである。これは一つの知の探求の冒険的試みで あって学術論文ではない。ただ内容の基幹は前泊徳正さん、川上メガさんをはじめ とする池間島の複数のお年寄りの生の言葉から、わたし自身がくり返し丹念に聞き 取って抽出し構築されたものである。とりわけ前泊徳正さんの語られた内容はニ時 間テープで五十本、著者自身の手で書き起こした原稿は400字詰めに換算してニ 千枚に達するものであった。その意味で、この作品は前泊徳正さんの遺作と言って もよい。わたしはその膨大な内容を書き起こして整理し、他のお年寄りからさらなる 聞き取りを続け、加えてアイヌ民族の小田イトさんなどの宇宙観やシベリア等の少数 民族のシャマニズムなどと比較検討し、文字どおり十年の歳月をかけて濾過し抽出し た宇宙像なのである。
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本書 あとがき より抜粋引用
神々の世界の崩壊は、西洋の科学的宇宙像の伝播と共に、その後世界各地で古くから伝え られてきた信仰を崩壊させるといった現象をひき起こすことになる。科学的宇宙像の伝播は、 世界の諸地域において、古代から人類の培ってきた信仰形態に壊滅的な打撃を与えた。
科学的に実証された新しい宇宙像が否定したのは、神の住む天界だけではなかった。地球 が球体であることが実証されることにより、祖先神の住むとされるこの世の裏側の世界も否定 された。このことは、輪廻転生や人間の霊性そのものを否定しかねない事実であった。死者 は死後霊になっても、行くべき場所がなくなったのである。
世界の諸民族は一般的に、死者の魂は死後西に向かうと考えられていた。これは太陽の動き と関係している。死者の魂は、太陽神に導かれて西の果てから海底をくぐり、この世の裏側の 世界に入ると考えられていたからである。ところが現代では、子どもでもそうした考え方が誤り であり、日没に導かれて西にどこまでも行けば地球を一周してまたもとのところに戻ってくること ぐらいは知っている。
ヨーロッパに発端を持ったこのような実証的で科学的な宇宙像は、20世紀にいたって怒涛の ように地球のあらゆる民族に伝播する。その伝播にしたがって、世界各国の諸民族は、旧来の 信仰の崩壊を経験することになる。その伝播と普及にさいしてもっとも大きな役割を果たしたの は、教育の普及とメディアであった。学校教育を受けた子どもたちは、地下の巨大な魚が地震 を起こしているという祖父母の話にもはや耳を貸さない。地球が扁平であるとは信じない。西に 行けば祖先の国に行くことも、この世の裏側に死者の国があることも、東から神聖な魂が訪れ ることも、天に神の世界があることも信じない。
(中略)
その一方で、かつての生活を懐かしく感じ、文化としてよい面を保存しようとする試みが現れて きているのも確かであるが、もはや旧来の宇宙像を持つことは不可能であろう。今回の原稿の 目的は、人類がかつて培ってきた旧来の宇宙像を、沖縄の宮古島近海に浮かぶ離島、池間島 に見ることである。旧来の宇宙像を、ちょうど破片と化した土器の断片を遺跡の中から掘り出し てつなぎ合わせるように、再構築することであった。
しかし、科学的な宇宙像が支配する時代において、あきらかに非科学的である宇宙像を再構築 する意味がどこにあるのであろうか。そこにははたして、現代にも通用する重要なメッセージが含 まれているのであろうか。もし、含んでいるとしたならば、何であろうか。明らかに迷妄である古代 の宇宙像に、ひょっとしたら今も消えることのないある真実があり、その真実が21世紀から始まる 新たな宇宙観を形成するための重要な要素になるとしたら、何であろうか。いつかこうした点につ いても書きたいと思うが、この本では、あえてそうした問題には触れていない。その答えは、ここ では読者一人ひとりにゆだねたい。
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目次 まえがき 第一章 化け物に関する考察 1 まずは身近なヤナムンのことから語り始めよう 2 池間島は天上の楽園である 3 内浦は化け物の出る場所でもあった 4 前泊徳正さんが見たヤナムンの話(その一) 5 イキマプイとシニマプイすなわち、生きている人の魂と死人の魂について 6 前泊徳正さんが見たヤナムンの話(その二) 7 池間島は行き果ての島と呼ばれる 8 ミクロコスモスとマクロコスモス 9 池間島はなぜコワイ島なのか 10 見えないものが見えるということ 11 見えざる世界に心を開く苦痛と意味 12 化け物を追い払う方法 13 ヤナモノのユガタイ、すなわち化け物の昔話 14 ヌタガーのマジョモノ、井戸の側で化け物に追いかけられて死んだ娘の話 15 つじで化け物をやっつけたら、ねずみになって死んだ話 16 ウニャすなわち鬼の話 17 キンタマに母親を入れて、天にさらった鬼の話
第二章 死に関する考察 1 死とは何か 2 イキマブイからシニマブイへ 3 送られた魂は、どこに向かって旅立つのか 4 死者はなぜ水を好むか 5 この世とあの世は逆さまであること 6 死者のメタモルフォーゼ 7 死者を食べるということ 8 あの世へ向かう魂は、人と神の中間の状態にある 9 カマドイシの取り替えの意味するもの 10 神になった祝い 11 異常死が続く場合は身代わりを出す
第三章 誕生と死、境界を超える 1 死産児のことをアクマと呼ぶ 2 アクマはなぜ浜に埋められたか 3 死産児の葬儀は、なぜ行なわれないのか 4 太陽神に認知されてはじめて赤ちゃんはこの世の者になる 5 死産児をなぜ人知れずのときに埋めたか 6 誕生、赤ちゃんはどこから来るか
第四章 ニライカナイはどこにあるか 1 地の下の世界へ歩いて行きなさい 2 太陽神はこの世とあの世を交互にめぐる 3 ニライカナイはどこにあるか 4 地獄はあるか 5 青の島について
第五章 天界の神々と宇宙像 1 池間島のナナムイの神々 2 オハルズ御獄の様相 3 ナナムイとナナティンガナス 4 太陽神・ティダガナス 5 月神・マティダガナス 6 宇宙樹と北極星・ナカドゥラ神とネノハンマティダ神 7 オリオン座の三ツ星・ナイカニの三兄弟 8 北斗七星の船とその船頭・トゥユンバジュルク神 9 赤星と西の判事・ミサダメ神 10 南の蛇神・バカバウ神とウマノハノユーヌヌス神 11 天から降りてきた蛇と人間の話
第六章 天界の正月と宇宙像 1 三界のコスモロジー 2 天界の祭りサウガツ 3 マウカンの昇天と降天 4 祖先神の役割 5 天界の道を昇った子どもの話 6 ナナムイの神の降天 7 アウダウと十五日正月そしてユーイ
第七章 この世の正月・ミャークヅツ 1 この世の正月・ミャークヅツ 2 ミャークヅツの概要 3 ミャークヅツの進行 4 ヤラビマス
第八章 シャマニズムと天界の船旅・ユークイ 1 ユークイ 2 進行 3 夕方の祈願と明け方の祈願 4 島をめぐる 5 天界への旅 6 フヅクサとシャマン 7 宇宙発生の神話とユークイ。あるいは両極性と高進性または陰陽五行について
第九章 厄除けと生け贄の祈願 1 豊漁豊穣と厄除け 2 リュウキュウウサギ 3 サーイニガイ
あとがき 参考文献一覧
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Forgetful? Distracted? Foggy? How to keep your brain young | The Independent