実松克義(さねまつ かつよし) 立教大学社会学部教授
1948年、佐賀県に生まれる。日本大学文理学部地理学科を卒業後、カンサス大学
大学院修士課程を修了。シャーマニズム、古代の伝統と叡智、および古代文明の
研究をライフワークとし、主に南米のアンデス、アマゾン地域、中米のマヤ地域に
おいてフィールドワークをおこなう。専門は宗教人類学および英語教育学。著書に
「マヤ文明 新たなる真実 解読された古代神話」「ポップ・ヴフ」「衝撃の古代アマ
ソン文明 第五の大河文明が世界史を書きかえる」、「マヤ文明 聖なる時間の書
現代マヤ・シャーマンとの対話」などがある。
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本書 魂の縄 死のヴィジョン より引用
だがやはり私のアヤワスカ体験はそんなものでは済まなかった。その直後私はひどい
酩酊状態に陥ったのである。最初のときと同じく何かの恐ろしい力が頭の中でビルドアッ
プされてゆくのがわかる。その力に支配されて私は空間の中でキリモミ状に回転していく。
脳細胞がシナプス結合から外れて、分解していく。気が遠くなる・・・・。とそのとき、イタロ
ーが頻繁にイカロを歌い始めた。それはエドウィンのときと同じく心を落ち着かせ、覚醒さ
せる力を持っていた。私ははっとして目を覚まし、自分自身に戻った。私はイカロを歌い
たくなった。そして自然にでたらめなメロディーを口ずさみ始めた。
「集中するんだ」。イタローが命令するように指示する。私は目を閉じたまま頭に浮かぶ
ヴィジョンを見つめた。次から次に現れるヴィジョンは1時間以上も続いた。そのとき私が
見たヴィジョンは理性では説明のしようがないものだ。それは私が今までに見たこともな
い場所、あるいは世界であった。いくつかのヴィジョンは宇宙の知らない部分の光景のよ
うであった。またいくつかは見たこともない生命体の体内臓器のようであった。また別の
ものは私自身の思考、もしくは内省的情念を絵として表現したものであるように見えた。
そしてとりわけ印象的だったのが不思議な天空のヴィジョンである。空の彼方に色とりど
りの、たくさんの雲が浮かんでいる。雲の合間から、夕陽がまるでステンドグラスのように
背景を照らしている。壮麗な黄昏の光景である。だがそれはこの世の光景ではなかった。
そこには現世の匂いがまったくなかったのである。そこにあったもの、それは無限の静寂
である。
私がこうした体験をするのは初めてではない。遠い昔にも類似の体験をしたことがある。
だがアヤワスカによる体験はまったく異なっていた。そこには人間的感情、生への渇望
が欠けていたのである。私は人間的な存在ではなかった。私以前の、あるいは私以後の
存在としてただ不思議なヴィジョンを目撃しているにすぎなかった。そのとき私はわかった
ような気がした。これは私自身の死のヴィジョンではないのかと。このヴィジョンの中で死
は恐怖の対象ではなく、ある必然的なプロセスであった。
時間とともにアヤワスカの影響力は小さくなっていった。終わり頃ふと、かなり強い嘔吐感
があることに気付いた。何故それまで感じなかったかはわからない。アヤワスカのスピリッ
トが私を守ってくれたのか。それとも緊張が解けたのか。やがてその嘔吐感も消えていっ
た。時計を見ると12時を回っていた。イタローと私はそのあと夜半まで雑談した。そのうち
やがて眠くなり、私は毛布の中で胎児のように丸くなって寝た。
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本書 アンデスの宇宙観 より引用
だがそれだけではない。チャカーナにおけるパチャのシンボリズムは複合的である。四つ
のパチャは同時にまた世界の四基本点(東西南北)を意味し、そして世界の四大要素(火、
土、水、空気)を意味する。つまりチャカーナのパチャは世界そのものを表す概念である。
パチャの概念は各地に伝播し、独特の発展を遂げた。クスコの伝統では、つまりインカの
伝統では、パチャは生命サイクル、死と再生のプロセス、あるいは生命の神秘を表現する
独特な思想にまで深められている。
だが最も特筆すべきなのは、アイマラ族が後年発展させた歴史的認識である。ボリビアの
人類学者マウリシオ・ママーニ・ポコアカによれば、現代アイマラ文化には四つの歴史的段階
を示すパチャが存在する。チャマック・パチャ(月の時代)、ハナ・パチャ(文明の時代)、タキ
シン・パチャ(苦難の時代)、そしてクティ・パチャ(刷新の時代)である。これは歴史としての
パチャである。直線的時間としてのパチャ、進化論的なパチャと言ってもよいだろう。
歴史としてのパチャはスペイン人征服者による文化的破壊の後に発生した。それは民族の
歴史の再評価と反省、新しい意味付けという主体的行為の結果である。ここではパチャはす
でに完成された過去の世界観ではなく、時間とともに変化し、進化する概念である。これは
パチャの概念が、あたかも文化生成のマトリックス(苗床)であるかのように時代に応答し、
発展するダイナミズムを備えているからだと思われる。
世界は静止してはいない。絶えざる運動の中にある。そして人間はその運動を正しく導き、
調和的世界を維持するために、努力しなければならない。
こうしたパチャの思想はすでに古代アンデスにおいて存在した。回転する十字架である。ティ
ワナコ文明の先行文化であるチリパ文化には一つの興味深い表象が存在する。俗にチリパ
の表象として知られるこの石のレリーフは、アンデスの宇宙観の祖形とも言うべき世界を描い
ている。そこには太陽から発散する世界の四大要素、エネルギーがベクトルとして描かれ、
生成変化する生命の躍動が表現されている。チリパ文化は初期のティワナコ文明に大きな
影響を与えたのではないかと思われる。それを示すのがチリパの表象に酷似する、「稲妻の
石」と呼ばれるティワナコのレリーフである(写真参照)。興味深いことに、ここでは太陽の代
わりにヒキガエルが中心に描かれている。これはティワナコ文明におけるアマゾンの影響を
示すものであろうか。非常に神秘的なティワナコ人の宇宙観が表現されている。
後年このモチーフは抽象化、あるいは様式化され、ティワナコ文明の象徴とも言うべきアンデ
スの十字架となった。ティワナコの十字架においてはチリパの十字架にある躍動感は消えて
いる。存在するのは静的な宇宙である。
だが興味深いことにティワナコには他にも類似したいくつかの表象がある。南十字星を表す
十字架、三つの階段(パチャ)の紋章などである。これらはアンデスの十字架のバリエーショ
ンと言えるが、その中に驚くべきシンボルが存在する。それが回転する十字架である。これは
旧大陸においては卍、あるいはスワスティカと呼ばれるものだが、新大陸の古代アンデス文化
においても存在した(次ページ図参照)。回転する十字架はアンデスの宇宙観の究極の表現で
ある。この表象が表しているもの、それは永久に変化し、進化し続ける世界である。
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目次
はじめに
第1章 アンデス・シャーマニズム入門
アンデス山脈
自然環境
アンデス文明の誕生
ティワナコ以後
アンデス・シャーマニズム
ペルーのシャーマニズム
ボリビアのシャーマニズム
超自然的存在
世界観と思想
第2章 失われた世界
ティワナコ遺跡
ティワナコ文明
グロリア
ヤティリ、フランシスコ・キスペ・ユフラとの対話
メサとは何か
病気の治療とヤティリの役割
ティワナコの宇宙観
パウリーノ・キスペとの対話
ヤティリの仕事
エコロジーの思想
第3章 古代人の宇宙
ルーカス・チョケ・アパーサとの対話
国際系シャーマン
階段状の十字架はカレンダーである
種蒔きの予測
アムスタとアイナチャの神秘
世界の四大要素
ポリカルピオ・フローレス・アパーサとの対話
犬に襲われる
生い立ち
いかにしてアマウタになったか
ティワナコの宇宙観
偉大なる山の神
農業暦としてのチャカーナ
パチャとは何か
あまりにも人間的な
第4章 虹の魔術
ティティカカ湖畔の町、コパカバーナ
再訪
アブドン・ティトー・ロハスとの対話
シャーマンの聖なる書
何故ヤティリになったか
虹色は生命を表す
チャカーナの謎
パチャの想像力
聖なる湖
メサ
現世利益
第5章 神々が降りた島
太陽の島
ファウスティーナ・ティコーナとの対話
出会い
悪魔からの解放
何故カジャワヤになったか
偉大なるスピリット
儀式の本質
エリベルト・ティコーナとの対話
ティティカカ湖の歴史
創世神話伝説
マルカ・パンパの謎
アンヘル・ティコーナとの対話
何故ヤティリになったか
ショック状態の治療法
第6章 聖なる自然
秘境チェラサニ
善きサマリア人
ヒネス・パステンとの対話
カジャワヤとは何か
カジャワヤの宇宙観
カジャワヤの真実
マヌエラ・ママーニとの出会い
カジャワヤ、マヌエラ・ママーニ
カジャワヤの儀式
メサを作る
アンカリの神秘
白メサの謎
聖なる自然
第7章 白い顔をした神
ケンコ・ハラウィ・ケスペックとの対話
赤貧のシャーマン
ペルーのチャカーナ
生命の第一様式
クスコのシャーマン
謎の半生
アプーとは何か
生命の第二様式
アプーの世界
アプーはメッセンジャーである
アンデスにおける生命の源泉
第8章 暗黒の聖地
異なった伝統
シャーマンの町
パンチョ・ワルニーソとの対話
出会い
ワンカバンバの魔術伝統
暗黒の湖
呪われた水
深夜のメサ
魂の開花
白いヴィジョン
第9章 叡智の科学
古代遺跡チャビン・デ・ワンタール
ホセ・ピネーダ・バルガスとの出会い
精神の根源を求めて
宇宙人の都市?
ライモンディの石碑
八頭の鷲の解読
聖なる数七と異次元への扉
チャビン文化の宇宙観
バンコ・タウリと聖なる数三
精神の科学
孤独なメッセージ
第10章 魂の縄
エドウィン・アンコとの出会い
アヤワスケーロとアヤワスカ
第一のアヤワスカ体験
恐怖の力
アマゾンの宇宙観
アヤワスカと神
イタローとの再会
第二のアヤワスカ体験
死のヴィジョン
冒険に憧れたシャーマン
アマゾンの精霊の世界
ブルヘリーナ
シャーマンへの道
第11章 アンデス創世記
アイマラ人人類学者
生命サイクルとしてのパチャ
歴史としてのパチャ
栄光と苦難
未来への道
ティワナコ再訪
ヤティリ・クレメンテ・ティコーナとの対話
アチャチーラとメサ
パチャの起源
ティワナコのメサ
深夜の白メサの儀式
第12章 アンデスの宇宙観
アンデス・シャーマニズムとは何か
宗教共同体
メサの本質
コカの思想
アンデス数秘術
生命の源泉としての霊山
異質な伝統
アマゾン・コネクション
アンデスの十字架のシンボリズム
インカの宇宙観
パチャソフィア(パチャの哲学)
アンデスの宇宙観
アンデス・シャーマニズムの本質
あとがきにかえて
用語集
参考文献
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