「神を待ちのぞむ」2015年更新履歴
1996.10.17開設

最新の更新履歴はこちらです。




「神を待ちのぞむ」文芸社の七つのの散文詩はこちらで公開しています。


毎日多量の迷惑メールがあり、折角メール頂いても見落とすことが多かった
ため、メールはフェイスブックの方に送っていただけたらと思います。
facebook:http://www.facebook.com/aritearu
現在、フェイスブックでは投稿しておりませんが、メール機能は便利なので
使い続けています。過去の投稿記事は、こちらです。wix
フェイスブックが困難な方は下に送ってくださればと思いますが、@を全角
で書いていますので、半角に直してくださればと思います。
aritearu@gmail.com



サイトへのリンクは自由ですので、特に許可を求める必要はありません。尚、この
更新履歴には主に自分の感じたことを書いており、文献の紹介など細かな更新は
敢えてここでは紹介しておりません。2009/10/27



 いつのまにかこのホームページを公開するようになって17年が過ぎてしまいましたが、
沢山の素晴 らしい出会いの恵みを受けさせていただいたことを感謝しています。
どうか皆様にも多くの実りある 出会いに恵まれますようにと陰ながらお祈りしてい
ます。また、このホームページ全体の容量は850メガバイトになり、皆様が全部を
ダウンロードすることは難しいかも知れません。そこでもしこのホームページを希望
 される方に、出来るだけお贈りすることが出来ればと願っています。DVDに記録して
 お送りしますが、お金をいただくことは出来ません。本当に未熟なホームページです
が、大事に読んでくださる方並びに著作権(文章や画像)を守ってくださる方に
お贈りしたいと思います。

ただニューエイジ系の方はご遠慮ください。 2000/7/25



カンパについて・・・出来ましたらユニセフなどの本当に必要なところを支えていただき
たいと思います。ただそれでもと言われる方、金銭的に余裕がある方のみとさせて
ください。・・・三菱東京UFJ銀行 本厚木支店 (普通) 0531423 コガ カズノリ 

日本ユニセフ協会(子供たちに笑顔を)


美に共鳴しあう生命

ホピの預言(予言)


 

当サイトは、Amazon、楽天のアフィリエイトに参加しています。 

 


魅せられて(少しずつ紹介していきます)

七沢森林公園 順礼峠のお地蔵さん

夜明けの詩(厚木市からの光景)

大地と空の息吹き


 

 私の紹介 愛用品(癒しの森) 好きな映画 サイトマップ 最初に戻る

「子供たちの未来を守るために TPPから見えるもの」









文献の更新など細かなことはここに書いておりませんが、過去にフェイスブックに
投稿した記事はここでも紹介します。



2015年12月24日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




本日12月24日の夜明けです。



今から24年前に創った散文詩(星夜の調べ)を載せます。

この中に出てくる戦時中の出来事は実話で、「世界のうらおもて」カンドウ神父・著に書かれています。



☆☆☆

オリオンの三つ星たちよ

凍える冬の天空にお前は腰掛け

その胎内からは光を与えられた星々が生まれる

薄い赤味を帯びた雲は

まるで鳩が平和という願いの翼をひろげ

飛翔しているかのよう

大地に夜の帳が落ち

明日のために羽根を休める時

アルビレオの星がその頭上に輝く



見るがいい

この対比は一体どうしたことだろう

黄玉と青宝石の異なる輝きを擁く二つの星が

恋人のように寄り添う

これらの星はどの地にも

余す所無く光の粒子を落とす

それが戦争という極限の状況に置かれた

兵士の上にでも



さあ僕と一緒においで

君をある過去に連れて行ってあげよう

あの四辺形に見える星々を見てごらん

あれはペガスス座といって翼を持った天馬のことなんだ

そのα星までの距離 約八十光年

この星を見つめてごらん

僕たちの瞳に飛びこんでくる光の粒子は八十年前のもの

それは欧州に多くの血が流された

第一次世界大戦の時なのだ



闇を突き刺す砲弾の音

恐れ逃げ惑う足音

街はもうすぐクリスマスを迎えようとしていた

そして それは同じく

前線の兵士たちの上にも

彼らは夜になっても続く

激しい戦闘と厳しい寒さに疲れ切っていた

凍傷で足を切断することを恐れ

缶詰の空缶に炭を入れ靴に縛りつける

靴の底が焼けても構わず

唯、我武者羅に

数十メートル先の敵の塹壕目掛けて

手榴弾を投げ合っていた



兵士の一人が呟いた

ああ 今頃みんな教会で讃美歌を歌っているだろうな

といきなり 「天に栄光 地には平安」と

クリスマスの聖歌を唄い出した

その歌は広がり

塹壕中 大合唱になった

それを聞いていたドイツ軍の塹壕が

何となくひっそりしたと思うと

途端に張りのある美しい何部合唱かで

コーラスに加わってきた



君にも聞こえるだろう

降誕祭を祝う調べが

あらゆる讃美歌が

敵、味方なく交互に歌い継がれてゆく

彼らの瞳は

オリオンの整然と並んだ

七つの星に見入っただろう

兵士たちは手榴弾を持つことを忘れ

その瞳はゆっくりと閉じてゆく

まるで幾年か前に

家族と共に楽しく過ごしたクリスマスに

優るとも劣らない

平和な鳩を抱きしめたのだ



さあこの地を離れよう

明日になれば

兵士たちは再び手榴弾を握るのだろう



アルビレオよ

何故お前たちは

そのように寄り添っていられるのだ

全く異なる二つの星が

私の目には一本の松明としか映らない

何故 人類は

お前のように生きていけないのだ

思想が異なる為なのか

民族が異なる為なのか

宗教が異なる為なのか

何故このことの為 人は憎み合い争わねばならないのか



アルビレオよ 教えてくれ

二つの異なる光が何故そのように共に輝いていられるのだ

アルビレオよ 私を見ておくれ

私は弱く醜い姿を曝け出している

唯 私はこの体内に心の平和が宿ることを願いたい

どのような理想国家が机上にて産み出されようとも

どのような奇跡が人々の前に現れようとも

一人一人に

人を憎むことのない心の平和が体現しない限り

戦争という不幸は永久に生き続けることだろう



君の瞳に写し出されているアルビレオは三百五十年前の姿  

この星から船出した二つの光芒は

三百五十年後

どのような地球・人類を見ることになるのだろうか

今 時は一九九二年・降誕祭


 

2015年12月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




「100の思考実験」と「月と蛇と縄文人」



中学・高校時代から、一つの事象に対して多くの見方・感じ方があるということを教育の一環として、あるいは家庭の中で

子供たちに教えて欲しいと願っています。



先生や学者・専門家が話していること、果たしてそうだろうか、また違った見方があるのではないかという「魂の自由」さを

持って欲しいと思うからです。



「月と蛇と縄文人」、この作者は縄文時代の遺跡を発掘に関わったことがあり、また医学博士の方ですが、縄文土器の

模様の全てを月と蛇に関連付けた展開をされています。



その根拠となっているのが、ドイツの日本学者・ナウマンが推察したことで、将来それは真実だと証明されるかも知れ

ません。



しかし、私も感じていた月と蛇の影響を認めつつも、全ての文様が結論ありきによる解釈に縛られていることに、著者の人間と

しての「魂の自由」さを全く感じることができなかったことはとても残念です。



清貧に生き、自身も含めて人の心の弱さを知り抜き、多くの人に慕われていた良寛(1758〜1831年)の辞世の句に

次のようなものがあります。



☆「四十年間、行脚の日、辛苦、虎を画けども猫にだに似ず。如今、嶮崖に手を撤ちて看るに、ただこれ旧時の栄蔵子。」



(四十年前、禅の修業に歩き回った日には、努力して虎を描いても猫にさえ似ていませんでした。今になって崖っぷちで

手を放してみたら、何のことはない。子どもの頃の栄蔵のままでごまかしようがないし、それこそがあるべき真実そのもの

だったなあと思います。中野東禅・解釈)



良寛自身の子供時代に体験した「魂の自由」さ、それが今の揺るぎない私の姿だ、と言っているのかも知れません。



近所の子供たちと「かくれんぼ」を共にしていた時、陽が落ち子供たちが家路についたことを知らない良寛(大人)は、

まだ子供たちが「かくれんぼ」をしていると思い、次の日の朝までじっと隠れていたことがあったそうです。



自分とは異なる世界に瞬時に溶け込む、そのような「魂の自由」さに私は惹かれてしまいます。



この「魂の自由」さを良寛とは別な側面、論理的に考えさせてくれるのが「100の思考実験」です。



サンデル教授「ハーバード白熱教室」でも取り上げられている「トロッコ問題」など、自身が直面した問題として想定する時、

異なる多くの見方があることに気づき苦悩する自分がいます。



「100の思考実験」と「月と蛇と縄文人」



一見何の関わりもない2つの文献ですが、私にとっては「魂の自由」さを考えさせられた文献かも知れません。




 

2015年10月31日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



夜明けの詩(空と大地の風景)

YouTube画面の設定(右下)で画質をHD(高画質)にして見ると、写真がそれ程ぼやけないと思います。





 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆

2015年12月21日の夜明け(6時15分〜52分)と、夕刻(お月様)の光景です。

☆☆☆



2015年12月22日(冬至)の夜明け(6時01分〜7時36分)の光景です。

シモーヌ・ヴェイユ「重力と恩寵」 再び取り組む。

☆☆☆

2015年12月24日の夜明け(6時06分〜7時11分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月26日の夜明け(6時21分〜7時09分)の光景です。

☆☆☆



2015年12月27日の夜明け(6時10分〜7時07分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月28日の夜明け(6時22分〜7時14分)の光景です。

☆☆☆



2015年12月29日の夜明け(6時17分〜7時25分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月30日の夜明け(6時13分〜7時10分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月31日の夜明け(6時17分〜7時21分)の光景です。

☆☆☆

 

神奈川県厚木市の自宅から撮った「夜明け」の写真を一覧で紹介します。

夜明けの詩(厚木市からの光景)

 




2015年11月22日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




数年前に、ある人に出会った。彼女は看護師さんで入院している患者さんの死期が不思議なことに見えると話していた。



彼女の言葉を確信したのはあることだったのだが、このような千里眼とでもいう能力は世界の先住民やカトリック

ピオ神父などが有名)にも見られる。




アイヌでは故・青木愛子さんは知られているが、沖縄・奄美のユタは殆どが女性で、ある日突然にその兆候が現れる。



日本以外のシャーマンは男性が多く、修行を経てからのに比べると沖縄・奄美のユタは世界的にも珍しいのかも知れない。



詳しくは知らないが、日本の東北地方のイタコ(元々は先天的もしくは後天的に目が見えないか、弱視の女性の職業)や、

瞽女(ごぜ)もそうだった。



盲目の旅芸人「瞽女」、彼女たちを幸いもたらす聖なる来訪者・威力のある宗教者として昔の人々は迎え入れた。



キェルケゴールは、「真理の証人とは、その一生涯、内なる戦い、恐れ、おののき、誘惑、魂の苦悩、霊的苦痛を深く

味わい尽くした人のことである。真理の証人とは、殉教者のことである」と言った。



これに似た苦悩はイヌイット(カナダ北部の先住民)、ブラジルの先住民のシャーマン(パブロ・アマリンゴはNHKでも

特集された)、チベットのある賢者や他の宗教・芸術家にも見出すことが出来ると思う。



しかしそれとは異なる側面を持つ力もあると思う。



エクソシスト(悪魔を追い出して正常な状態に戻す賜物をもった神父)



悪魔や悪魔祓いというと、中世のキリスト教が行なった残酷な魔女裁判を思い浮かべ嫌悪するだろうし、悪魔など

過去の迷信と思っている人も多いだろう。



ただ皆さんも知っているアッシジの聖フランシスコや、前述したピオ神父は魔女裁判とは本質的に異なるもの(悪魔)

に苦しめられていた。



現代のバチカンではエクソシストになるには非常に高い徳性と経験が求められ、先ずその症状が精神性の疾患で

ないことを踏まえたうえで行なわれているが、ある特殊な賜物が与えられていない限り出来ないことだと思う。



ハワイ先住民南米大陸・アマゾン先住民のシャーマンの中には、そのような異なる側面の力を使う者がいることが

書かれているが、それは世界各地・日本でも見出せるのだろう。



ヒッグス粒子、これを神の粒子と呼ぶ人もいるが、それは物理学の次元での真理であり、神の領域とは異なるものだと思う。



宇宙創成から、現在にまで膨張を続ける宇宙、その力は完全に物理学の法則で説明(現代では不可能であっても)し得る

ものを未来の人類は見出すと思う。



ただ、それは力そのものでしかなく、その力とどのように接触するかの姿勢は別の話であると感じる。



真実の話か比喩かわからないが、ブッダは川の水面を歩く行者を見て、その修行に何の意味があるのかを問い

嘆いている。



聖書も「わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰

があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい」(コリント人への第一の手紙)とある。



存在を慈しむことと、存在を否定することの境界。



そこには物理学の真理とは異なる次元と境界、ヴェイユの言葉を借りると「重力と恩寵」の恩寵(おんちょう、神の恵み・

慈しみ)が、私たちと神なる領域の唯一の接点であり跳躍であるのかも知れない。



私にはそれが肌を通して浸透はしていないし、冒頭の彼女のような賜物も有していない。



ただ難しいかも知れないが、方向性だけは見失いたくない。



写真は、惑星状星雲・NGC6543です。



 

2015年12月5日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




(大きな画像)


夜明けの至高の時



写真は他のサイトからの引用ですが、肉眼でも夜明け前の雲(昼間でも稀に見えます)が虹色に輝くのを見る時があります。



肉眼ではっきりと見えなくとも双眼鏡(25倍)を使うと、この虹色に輝く雲を視界一杯に広がる姿が見え、まるで天界を歩いて

いるような錯覚さえ覚えてしまいます。



ただ、至高の時であると共に、ありのままの自分を見せつけられてしまう時でもあるんです。



(注意・双眼鏡で太陽を見ないでください。最悪の場合、失明する危険があります。)



 

2015年12月12日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(大きな画像)


月、金星とカタリナ彗星(写真はNASAより引用)

5日前の2015年12月7日(日本時間12月8日午前4時30分)に撮影されたものです。

月の右下に明るく輝く星が金星で、写真下に飛行機の翼のような尾をひいているのがカタリナ彗星です。

カタリナ彗星は2013年に発見され、来年(2016年)の1月2日に再接近しますが、どれ程の明るさになるか楽しみですね。



 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆

2015年11月22日の夜明け(6時16分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月23日の夜明け(5時57分〜6時37分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月27日の夜明け(6時00分〜53分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月28日の夜明け(6時00分〜43分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月29日の夜明け(5時52分〜6時41分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月1日の夜明け(6時13分〜45分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月2日の夜明け(6時19分〜7時26分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月4日の夜明け(6時03分〜49分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月5日の夜明け(6時04分〜46分)の光景です。

☆☆☆



2015年12月6日の夜明け(5時58分〜7時12分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月7日の夜明け(6時16分〜7時08分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月9日の夜明け(6時03分〜50分)の光景です。

☆☆☆



2015年12月10日の夜明け(6時03分〜58分)の光景です。

☆☆☆



2015年12月11日の夕刻の光景です。

☆☆☆

2015年12月12日の夜明け(6時57分〜7時01分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月16日の夜明け(6時07分〜7時21分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月17日の夜明け(6時04分〜7時12分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月18日の夜明け(5時58分〜7時01分)の光景です。

少し大きめの双眼鏡カタリナ彗星のぼんやりとした光芒(6等星の明るさ)が、夜明け前の東の空に浮かんでいました。

光害がない暗い場所でないと肉眼では無理かも知れません。

☆☆☆



2015年12月19日の夜明け(6時06分〜7時24分)の光景です。

☆☆☆

2015年12月20日の夜明け(6時04分〜17分)の光景です。

☆☆☆




2015年11月9日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。



(写真はNASAより引用)

(大きな画像)



このような写真を見ると、海の近くのキャンプ場で過ごした一時を思い出す。



私自身、小さい頃からキャンプなど行ったことがなかったが、山歩きを通して自然とキャンプにも関心がいったんだと思う。



千葉県・大原、そこがいつものキャンプ場だった。



10年近く同じキャンプ場、海が近くにあり星も綺麗。お盆の時期を外して行ったので人もさほど多くない。



朝早く起きたときは、キャンプ場すぐ前の砂浜で朝陽を拝み、海では古式泳法で泳ぎ、夜は双眼鏡で星空を見る。



毎年行っていると、近くの魚屋さんにも覚えられ、風邪気味だと話したら薬をもらうなど人の繋がりも心地よいものだった。



大原オートキャンプ場は2003年に32年の歴史に幕をおろし、その後「大原オートキャンプインそとぼう」として生まれ変わったらしい。



キャンプ場から木のトンネルを通って海に行き、帰る日は海に向かって「また来るよ」と叫ぶ。



海はいいものだ。波打ち際で子供のように波と鬼ごっこをし、じっと波音に耳を立てることで、何かを流し去ってくれる。



アメリカ先住民(インディアン)の好きな言葉のひとつ。



☆☆☆



「子供の訓練は、じっと座っていなさい、そしてそれを楽しんでごらん、という教えから、はじめられるものである。



子供たちは、嗅覚を敏感にして、なにも見るものがないところになにかを見たり、



まったくの静寂のなかに、じっとなにかを聞き取ったりするように、と教えられた。



じっと座っていることのできない子供は、ちゃんと成長していない子供だ」・・・ルーサー・スタンディング・ベア



☆☆☆



まだまだ私もちゃんと成長していない子供だ、と実感させられる。



 

2015年11月19日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。


アイルランド(写真は他のサイトより引用)



22歳の時に何気なく取ったアイルランドの写真集、思えばそれから写真や写真集に惹かれていったのかも知れない。



アイルランドと言えばIRA(アイルランド共和軍)によるテロしか思い浮かべなかったが、大地や人々の息づかいが

聞こえてくるような写真に、私自身の眠っていた遺伝子を呼び覚まされるような不思議な感覚を持った。



ケルト人の宗教は自然崇拝の多神教であり、エンヤやケルティック・ウーマンの音楽を通しても、澄みきった風の

ささやきが聴こえてくる。

















(大きな画像)


 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆

2015年11月9日の夜明け(5時51分〜6時27分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月11日の夜明け(5時53分〜6時26分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月13日の夜明け(5時43分〜5時48分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月16日の夜明け(5時46分〜7時06分)の光景です。

☆☆☆



2015年11月17日の夜明け(6時02分〜39分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月18日の夜明け(6時02分〜18分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月21日の夜明け(5時56分〜6時34分)の光景です。

☆☆☆





2015年10月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





2001年9月11日、同時多発テロの日。



「ブッシュ大統領に死を! アメリカに死を! アメリカなんてくそくらえ!



ユダヤ人なんかくそくらえ! ユダヤ人は犯罪者だ。



やつらは人殺しで、犯罪者で泥棒で、嘘つきのろくでなしだ。



ホロコーストだってやつらのでっちあげだ。あんなの一言も真実じゃない。



今日はすばらしい日だ。アメリカなんてくそくらえ! 泣きわめけ、



この泣きべそかきめ! 哀れな声で泣くんだ、このろくでなしども! 



おまえたちの終りは近いぞ」



2013年2月17日、亡き伝説のチェス王者・フィッシャーのこの言葉をフェイスブックで紹介したが、フィッシャーの母はユダヤ人

であり、生涯その関係は血のつながりを感じさせる温かいものであった。



なのに何故?



何が彼をそこまで追いつめたのか?



以前、郵便チェスでアメリカ人と対局したことがあるが、彼は「フィッシャーは不幸にして病んでいる」と応えていたが、アメリカ人

の多くがそう思っていることだろう。



1972年のアイスランドでの東西冷戦を象徴する盤上決戦と勝利、マスコミは大々的に報じ、フィッシャーを西側の英雄・時代の

寵児として持ち上げた。



それから43年後の2015年。



フィッシャーの半生を映画化した「完全なるチェックメイト」(原題はPawn Sacrifice)が日本でも12月25日から全国で上映される。



主演はスパイダーマンで有名なトビー・マグワイアだが、このスパイダーマンの映画の中で心に残っている台詞は、



「これから何が起ころうと僕はベン叔父さんの言葉を忘れない。『優れた能力には重大な責任が伴う』 この能力は僕の喜び

でもあり悲しみでもある。だって僕はスパイダーマンだから。」



フィッシャーとスパイダーマン、一時的にはフィッシャーは英雄となったが、彼にとって「重大な責任」とはチェスの真髄を追い

つづけることだったのかも知れない。



東西決戦の後にフィッシャーがとった奇怪な言動は、妥協を決して許さない態度が周囲との摩擦を深めていく中で、奇異な

ものとなっていったのだろう。



フィッシャーの素顔。



アメリカから訴追され、日本に居たフィッシャーをアイスランドへ出国させる為に尽力した渡井美代子さんは、フィッシャーと

スパスキーとの再戦時(1992年)に招待された時のことを次のように書いている。



「フィッシャーは誠実の人です。約束は必ず守ります。だから、会うたび違うことをいう人を(どんな些細な食い違いであった

としても)絶対に信用しません。フィッシャーは、私が希望をいえば誠実に応えてくれる最高の友です。試合のない日は私と

食事するという約束は何があっも一度も違えませんでした。どんな偉い人がきても袖にしました。」



有名な写真家Harry Bensonは、フィッシャーが亡くなった後に、「Bobby Fischer against the World」という自らが撮った

フィッシャーの写真集を出版した。



そこには、花や馬と戯れるフィッシャーがいた。



アイスランド。



盤上決戦の地であり、フィッシャーが64歳で亡くなった地。



私がチェスに関心をもつ前に、ある写真集に惹かれ、それから写真・写真集に関心を持つようになったのだが、そのきっかけ

となったのがアイスランドに近いアイルランドの写真集だったのも何かの因縁かも知れない。




 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆



2015年10月27日の夜明け(5時32分〜6時21分)と、夕刻のお月様(満月)です。

☆☆☆

2015年10月28日の夜明け(5時35分〜6時26分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月1日の夜明け(5時41分〜6時19分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月3日の夜明け(5時36分〜6時27分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月4日の夜明け(5時41分〜6時14分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月5日の夜明け(5時48分〜6時29分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月6日の夜明け(5時41分〜6時23分)の光景です。

☆☆☆

2015年11月7日の夜明け(5時39分〜6時22分)の光景です。

☆☆☆





2015年10月20日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。


もう30年近く前の話。



勤めていた職場の部長はその分野では有名で、上層部に対しても顔がきく人だった。



部長は麻雀や野球が大好きで、若手や中堅の職員の何人かは率先して部長の趣味に付き合っており、

その多くが実力もあり本社に呼ばれた。



中堅の職員の一人は部長のイエスマンという人で、本社へと異動になった。



それから1年ぐらいしてから、この中堅の職員が電車内でスリをし逮捕されたのを知った。懲戒免職だった。



この逮捕された職員とは仲が悪かった私の上司。



自分の意見を正々堂々と言う、上からは嫌われているが部下の面倒見がいい人、その上司からその後

のことを聞いた。



職を失い、すがるように私の上司に電話をし、酒を飲みながら涙を流している相手に上司は「ガンバレ」と

強く言ったと話していた。



絶望に陥ったときに、頼る人。



逮捕された職員にとって表面上は邪魔な存在だったであろう上司、しかし自分と異なる世界に生きている

人に救いを求めたのかも知れない。



私が仕事のことで上司に嫌な思いをさせたこともあるが、その後も叱ったり裏表のない態度で接してくれた。



前に築地市場で働きながら学校へ通っていた時のこと、口が悪く仕事はきついが、裏表のない人が多かった場。



今でも、何故かそのような人間・場に憧れてしまう。



悪意なき単純さ。それは苦しい環境にいる時こそ、宝石のように光り輝くものかもと思う。



 

2015年9月19日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





スターリン、ヒトラーなどの独裁者に共通するもの



自身が絶対正義だと陶酔し、意見の異なる人を邪魔者として抹殺する。



最近の日本では小泉がそうでしたが、今回の安保法案の賛成・反対派の両者とも、その危険性のある議員や民が

いるのを感じました。



聖徳太子の十七条憲法(604年4月3日に臣下を集め提示したこの憲法は、日本で初めての成文法と言われています)

の第十条にはこう書かれています。



「心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、ほかの人が自分とことなったことをしても怒ってはならない。

人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと

思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだという

わけではない。皆ともに凡人なのだ。そもそもこれがよいとかよくないとか、だれがさだめうるのだろう。おたがい

だれも賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手がいきどおっていたら、

むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって

行動しなさい。」



十七条憲法は崇高な理念が書かれているのではなく、モーゼの十戒「殺すな、盗むな、姦淫するな」と同じく

行動規範が書かれています。



ただ、この第十条だけを抜粋して十七条憲法を語るのは卑怯な態度なので、憲法全文を時間がありましたら見て

いただけたらと思います。



第七条にはこうも書かれています。



「人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはならない。賢明な

人物が任にあるときはほめる声がおこる。よこしまな者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。世の中には、

生まれながらにすべてを知りつくしている人はまれで、よくよく心がけて聖人になっていくものだ。事柄の大小に

かかわらず、適任の人を得られればかならずおさまる。時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かに

のびやかな世の中になる。これによって国家は長く命脈をたもち、あやうくならない。だから、いにしえの聖王は

官職に適した人をもとめるが、人のために官職をもうけたりはしなかった。」



欺瞞・汚職にまみれた中国に限らず日本でも、聖徳太子のような人物が出てきたらと思っていますが、現代の

民主主義では不可能ではないかとさえ思うことがあります。



言霊、「言葉には霊力があるから、決して嘘をついてはいけない」、これは昔の日本だけでなくアメリカ先住民

(インディアン)
にも共通していたことです。



選挙で聖徳太子のような人が選ばれるには、全ての民に言霊が宿って初めて実現するのですが、それは

聖徳太子の時代から1400年経っても殆ど変わらない姿を見ると悲観的にもなってしまいます。



ただ、そんな荒波の中でも、名もない知られざる英雄がいたことを指標として、自身が出来ることを模索して

いかねばと思っています。



写真は9月15日に撮影した合歓の木(ネムノキ)です。



 

2015年10月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。







(大きな画像)


先日9月28日ののスーパームーンと皆既月食(写真はNASAより引用)



大西洋方面(ヨーロッパやアフリカ、南北アメリカ)ではこの二つの現象が重なり合いましたが、次にこの

二つの現象が見えるのは18年後の2033年です。



北海道のアイヌと共に、縄文人の遺伝子の多くを引き継ぐ沖縄、彼ら沖縄の人々の月への想いはどの

ようなものだったのか。



「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」比嘉康雄著 集英社新書より以下引用します。



<月の神>



◎月も、太陽と並ぶ久高島の最高神である。



月神は<マチヌシュラウヤサメー>(マチは待つ、シュラは美しい、ウヤサメーは尊い親の意)といっている。



月の光の柔らかなイメージが女性のイメージと同質と考えたのか、月神は神女たちの象徴で、家レベルでは

根神が、シマレベルでは外間ノロがその司祭者である。



また月は女親であって産む能力を持っていて、久高一人一人の命に責任があると考えられ、出生のとき、

結婚のときは月神に報告し守護を頼む。年始めの健康願いも月神に祈る。



穀物を生産する力も月神で、麦、粟で作った濁酒は月神の守護力を持った尊いものである。麦、粟の

農作祈願祭祀はこの濁酒を神女たちが「共飲して」おこなわれる。



太陽が一日の周期を考えるのに対し、月は一ヶ月の周期で考えられる。つまり、月の満ち欠けによって

月日を読む。



月もその光によって守護力が発揮されると考え、十三、十五、十八夜は守護力が強い吉日と考え、祭祀の

適日である。イザイホーも十五の満月の夜から始める。一年で月神の守護力である月光が最も充実して

いるのは旧暦八月の十五夜である。



この満月の夜に穀物の豊作と神女たちの健康願いがおこなわれる。月神も太陽神と同じく地上に降臨

することはなく、香炉もないまま、神饌を供える高膳が外間殿にあるだけである。月神を象徴する色は白である。

また月は普通、チチと呼ばれている。なお、日食は月神と太陽神の逢引といわれている。




 

2015年10月9日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




カボチャを2つ買って冷蔵庫に入れておいた。

ある日、使おうと思って冷蔵庫を開けると、1つしかない。

2つあったはずだけど、あれ、どこに行ったんだろう?

ふと片手を見ると、もう1つのカボチャを握っている。

幼児に戻った瞬間。


 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆



2015年9月21日の夜明け(5時24分〜39分)の光景です。

☆☆☆

2015年9月24日の夜明け(5時23分〜49分)の光景です。

☆☆☆

中秋の名月(2015年9月27日)

☆☆☆

2015年9月29日の夜明け(5時47分〜55分)の光景です。

☆☆☆



2015年9月30日の夜明け(5時11分〜47分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月1日の夜明け(5時05分〜49分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月3日の夜明け(5時14分〜47分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月4日の夜明け(5時18分〜51分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月6日の夜明け(5時17分〜52分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月7日の夜明け(5時13分〜54分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月8日の夜明け(5時13分〜57分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月9日の夜明け(5時22分〜56分)と、月の近くに輝く金星です。

☆☆☆

2015年10月10日の夜明け(5時14分〜6時05分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月12日の夜明け(5時14分〜6時08分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月13日の夜明け(5時26分〜6時00分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月14日の夜明け(5時19分〜6時00分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月15日の夜明け(5時24分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月19日の夜明け(5時12分〜6時12分)の光景ですが、金星・木星・火星が近くに並んで見えています。

☆☆☆

2015年10月20日の夜明け(5時45分〜6時12分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月24日の夜明け(6時08分〜12分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月25日の夜明け(5時30分〜6時12分)の光景です。

☆☆☆

2015年10月26日の夜明け(6時21分)と、夕刻の光景です。

☆☆☆





2015年8月16日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。




縄文のヴィーナス(2012年、国宝に指定された土偶の3分の1のレプリカ)

(大きな画像)

実物の「縄文のヴィーナス」はこちら



土偶が何故創られたのか様々な説がある。生命の再生、災厄などをはらう、安産のための身代わり、大地の豊穣を願うなどなど。



今後も新たな説が生まれてくると思うが、時代の背景を踏まえながら全ての先入観を捨て(完璧には不可能だとしても)、純度の

高い目で土偶に向き合う姿が求められているのかも知れない。



今から30年前、この土偶に関しての衝撃的な見解が「人間の美術 縄文の神秘」梅原猛・監修に示された(私自身、最近になって

知ったことだが)。



殆どの土偶(全てではない)に共通する客観的な事実、「土偶が女性しかも妊婦であること」、「女性の下腹部から胸にかけて線が

刻まれている(縄文草創期は不明瞭)」、「完成された後に故意に割られている」など。



アイヌ民族や東北に見られた過去の風習、妊婦が亡くなり埋葬した後に、シャーマンの老婆が墓に入り母親の腹を裂き、子供を

取り出し母親に抱かせた。



それは胎内の子供の霊をあの世に送るため、そして子供の霊の再生のための儀式だった。



また現在でもそうかも知れないが、あの世とこの世は真逆で、壊れたものはあの世では完全な姿になると信じられており、葬式の

時に死者に贈るものを故意に傷つけていた。



このような事実や背景などから、梅原猛は「土偶は死者(妊婦)を表現した像」ではないかと推察しており、そこには縄文人の深い

悲しみと再生の祈りが込められていると記している。



「縄文のヴィーナス」、現在でも創った動機は推察の域を出ないが、そこに秘められた想いを私自身も感じていかなければと思う。



縄文人に限らず、他の人類(ネアンデルタール人、デニソワ人など)や、私たち現生人類の変遷。



過去をさかのぼること、彼らのその姿はいろいろな意味で、未来を想うことと全く同じ次元に立っていると感じている。




 


2015年7月26日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





「白鳥のロザリオ」 画像の赤い部分



10数個の繋がった星の並び、この並びは「はくちょう座の鎖」と外国では呼ばれますが、「はくちょう座」には鎖よりもロザリオ

(数珠)と表現するほうが相応しいと思い「白鳥のロザリオ」と自己流に命名しました。



この「はくちょう座」にアルビレオ(美しい二重星)が輝いていますが、今私達が見ているアルビレオは約386年前の光です。



日本では天草四郎が生きていた時代ですが、天草四郎が島原の乱で亡くなった後、幕府軍に捕らえられた四郎の母は「今ごろ

四郎は白鳥になって伴天連(バテレン)の国へ向かっているでしょう」と言ったとの説(定かではありません)があります。



「白鳥のロザリオ」



この星のつながりを見るには、望遠鏡ではなく双眼鏡で見るのが最適です。これはアルビレオの二重星(色の対比が美しい)

にも言えます。



過去のこと、未来のことなど様々な想いを、星に投影して見るのもいいものですね。


 

 

2015年8月28日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。





アイヌ民族や世界の先住民、特にアメリカ先住民(インディアン)の文献に多く触れてきたためか、国の同化政策により部族の言語を

失うことがどれほど悲痛なことか。



言語の消滅はその部族の伝統文化の消滅を意味している。



そしてその痛みを分からない日本人があらゆる分野のトップに就こうとしている。



以前にも書いたが日本語は世界的にみても希有な言語である。



祖語があり、そこから枝分かれした西欧の言語とは違い、日本語はさまざまな言語が融合した世界にも類がない言語。



この独特な言語が、日本独自の感性を養ってきた要因の一つであることは容易に推察できる。



勿論、他言語との架け橋として英語の大切さは言うまでもないが、それは自己の言語に誇りを持った上での話である。



2018年からの小学校では、将来的に「英語で討論・交渉できること」を目指した実践的な英語教育が始まるそうである。



文科省といい企業のトップといい、言語という自己を育んできた存在に対しての無知さが垣間見えてならない。



つい最近、日本の漢文学者・古代漢字学で著名な故・白川静さんの「常用字解」という辞書を購入したが、漢字にはこんな意味が

あったのかと本を開くたびに自分の無知を痛感させられ、また新たな発見の驚きがある。



多くの人に日本語そして漢字の素晴らしさを改めて感じてもらいたい、その上で必要としている人は英語を勉強してほしいと

願っている。




追記 2017年6月1日 
「英語化は愚民化」施光恒・著 同化政策の悲劇を知らない悲しい日本人
 を参照されたし。

 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆



2015年8月6日の夜明けです。

☆☆☆

2015年8月9日、夕刻の光景です。

☆☆☆



2015年8月18日の夜明け(4時41分〜5時22分)です。

☆☆☆

2015年8月24日の夜明け(5時36分〜41分)の光景です。

☆☆☆

2015年9月2日の夜明け(5時09分〜12分)の光景です。

☆☆☆



2015年9月3日の夜明け(5時07分〜25分)の光景です。

☆☆☆



希望が宿りますように。2015年9月10日、夕刻の光景(虹)です。

☆☆☆

2015年9月13日の夜明け(5時31分〜43分)と、夕刻の光景です。

☆☆☆


 

神奈川県厚木市の自宅から撮った「夜明け」の写真を一覧で紹介します。

夜明けの詩(厚木市からの光景)

 




2015年5月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。





根拠のない妄想体操にいれこむ私。



20数年前から夜明けの時間に一つの運動をしている。

それはフィギュアスケートのスピンのように、時計回りに21回くるくる回転するのだ。

実は、これは前の大戦で戦闘機パイロットを選抜するための重要な適性試験だった。

くるくる10回くらい回って直ぐに、真っ直ぐ歩くことが出来れば合格、できなければその時点で不合格となる。

勿論、私はその試験にに合格するためにくるくる回っているのではないし、

恒星のまわりを公転・自転する星の境地に立ちたいと願ったりもするが、全く掴めきれないでもいる。



ただ、思考が右や左に流されようとする時に、中心に戻してくれる働きを、この回転運動がもたらしてくれて

いるのではと最近感じることがある。軸がしっかりしている人ほど、右や左の意見に耳を傾けることができる

(私にその力があるかどうか甚だ疑問だが)。

別な言い方をすれば、大地に根をはっていなければ、浮遊病のように空中を漂い、何か強い力に拠り所を

求めざるを得ない。

ヒトラーは、ドイツ全体を覆っていたユダヤ人への反感と浮遊病を巧みに利用したに過ぎない。



私が好きな絵本の一つに「ねっこぼっこ」がある。

著者オルファースは20台半ばで修道院に入るが、第一次世界大戦のさなか34才で亡くなった。

大地の奥深くに視線を落とすことができた彼女の感性、その世界を一人ひとりが宿していたら、

彼女の死からもう直ぐ100年の現代は今と異なった世界だったのかも知れない。






2015年5月30日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。


「一度口からでた言葉は呼び戻せない」



このことわざは多くの場合に当てはまるが、何事にも例外があるのだろう。



30年間勤めていたところでのこと、態度に問題がある職員に対して先輩職員は誰も注意せず、その多くが

妥協した応対をしていた。



憎まれ役を誰しもが嫌っていたという雰囲気が漂っていたのかも知れないし、問題がある2人とも頭脳明晰

で弁が立つ人だったため言えなかったのかも知れない。



私自身、態度に問題がある全ての職員に対し注意したわけではなく、何よりも私自身にも問題があったは

ずだし、偉そうなことは言えない。



ただ、どうしても我慢できなくなり同輩と後輩の2人に対してけんかしたことがある。



その後、後輩は他の人には言えない自身の悩みを話してくれたし、同輩は友達になり、同じ時期に退職し

高野山で僧侶をしている。



もしあの時、自分の気持ちをぐっと抑えていたら、その後の彼らとのつながりは恐らく出来なかったに違いない。



何事も例外はあるものだと思う。



☆☆☆



話は変わりますが、高野山で僧侶をしている方のお寺は宿坊も兼ねていますが、5月の連休中は

「高野山開創1200年」で目が回る忙しさだったようです。



宗教の違いはあるものの「祈り」が満ちている場、そのような場にいつか佇みたいと願っています。




 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆

夜明けは曇りでしたが、2015年5月21日夕刻の光景です。

☆☆☆



2015年5月22日の夜明け(3時56分〜4時43分と、夕刻の光景です。

☆☆☆

2015年5月23日の夜明け(3時52分〜4時48分の光景と、今年も合歓の木(ねむのき)に天道虫がやってきました。

☆☆☆

2015年5月24日夕刻の光景ですが、夜明けは曇りでした。

☆☆☆

2015年5月25日の夜明け(3時55分〜4時51分)の光景です。

☆☆☆




2015年5月26日の夜明け(3時52分〜4時44分)の光景と、朝陽を受ける聖母子像(フィリピンの刑務所にいる方

が作ったもの)です。


☆☆☆

2015年5月27日の夜明け(4時06分〜51分)と、夕刻の光景です。

☆☆☆

2015年5月30日の夜明け(4時31分〜39分)と朝陽を浴びる睡蓮、夕刻の光景です。

☆☆☆

2015年5月31日の夜明け(3時55分〜4時36分)の光景です。

☆☆☆

2015年6月1日の夜明け(4時10分〜57分)の光景です。

☆☆☆

2015年6月2日の夜明け(4時03分〜45分)の光景です。

☆☆☆

2015年6月3日、夕刻の光景です。

☆☆☆

2015年6月4日の夜明け(3時53分〜4時58分)の光景です。

☆☆☆

2015年6月5日の夜明け(3時52分〜4時33分)の光景です。

☆☆☆

2015年6月7日の夜明け(4時48分)の光景です。

☆☆☆

2015年6月8日の夜明け(3時55分〜4時35分)の光景です。

☆☆☆




2015年6月10日の夜明け(3時51分〜4時32分)の光景です。


本日6月10日の夜明けです。昨日の夕焼けは大きく広がったようですが、私は家に帰った後に寝込んでいました。残念。



夜明けの光景を撮るようになって丸3年には3ヶ月ほど足りませんが、そろそろいいのかなと思います。仕事をしながら

の撮影はどこかで疲れがたまっていたのかも知れません。



私の方から皆さんの投稿に対して「いいね」やコメント出来なかったのですが、皆さんの暖かい声援で続けてこられたこと

感謝したいと思います。



本当にありがとうございました。



☆☆☆




2015年2月3日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。




(大きな画像)


1億光年の彼方にある渦巻き銀河(NGC 7714)です。



1〜2億年前に別の銀河(NGC 7715)が近くを通り過ぎた際に、お互いの重力によりこのような形になったようです。



1億年前というと恐竜の全盛時代ですので、この写真は恐竜が地球上を闊歩していた時代のものです。



銀河同士の接近があったとされる2億年〜1億年前は、超大陸パンゲア大陸が分裂し始めるころで、ユーラシア

大陸・アフリカ大陸・南アメリカ大陸へと分かれていきます。



138億年前に宇宙が誕生したと言われていますが、姿は変えても、1億光年離れているこの銀河を構成しているものは、

宇宙創成の時は私たちを構成しているもののすぐ近くにあったんでしょうね。


 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆

2015年2月3日(節分)の夜明け(5時58分〜6時45分)の光景です。

明日は春分の日で満月です。

☆☆☆

2015年2月6日の夜明け(5時57〜6時48分分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月7日の夜明け(6時08分〜44分)の光景です。

☆☆☆




(大きな画像)


2015年2月8日の夜明け(6時47分〜53分)の光景(新横浜駅近く)と、昨日(7日)結婚式に

参列したときの一場面です。。


☆☆☆




2015年2月10日の夜明け(6時03分〜41分)の光景と、85歳になった母です。

☆☆☆

2015年2月11日の夜明け(6時00分〜43分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月12日の夜明け(6時05分〜7時03分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月13日の夜明け(6時33分〜46分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月14日の夜明け(6時02分〜42分)の光景と、川のほとりに座っていたとき飛翔してきたカワセミです。

映りが悪くてすいません。


☆☆☆

2015年2月15日の夜明け(6時01分〜45分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月16日の夜明け(5時58分〜6時37分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月19日の夜明け(5時56分〜6時34分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月20日の夜明け(5時53分〜6時34分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月21日の夜明け(5時49分〜6時41分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月23日の夜明け(6時23分〜27分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月27日の夜明け(6時23分〜27分)の光景ですが、6日ぶりの朝陽でした。

☆☆☆




(大きな画像)


三日月に寄り添う金星と火星(写真はNASAより引用)

今年の2月20日にチャールストンで撮影されたものです。明るい星が金星で、その少し上に輝く星が火星です。


☆☆☆



2015年2月28日の夜明け(5時42分〜6時24分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月1日の夜明け(6時35分)の光景ですが、雨でした。

☆☆☆

2015年3月2日の夜明け(5時41分〜6時22分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月3日の夜明け(6時14分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月4日の夕刻の光景ですが、夜明けは雨でした。

☆☆☆

2015年3月5日の夜明け(5時43分〜6時17分)と、夕刻の光景です。

☆☆☆



2015年3月10日の夜明け(5時35分〜6時08分)と、夕刻の光景です。

☆☆☆

2015年3月11日の夜明け(5時30分〜6時08分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月12日の夜明け(5時26分〜6時10分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月13日の夜明け(5時20分〜6時13分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月14日の夜明け(5時29分〜6時30分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月17日の夜明け(5時56分〜6時03分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月18日の夜明け(6時04分〜14分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月22日の夜明け(6時09分〜11分)と、岩田山公園での桜のつぼみです。

☆☆☆

2015年3月23日の夜明け(5時51分〜6時12分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月24日の夜明け(5時13分〜53分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月25日の夜明け(5時08分〜51分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月26日の夜明け(5時08分〜52分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月27日の夜明け(5時06分〜51分)の光景です。

☆☆☆




2015年3月28日の夜明け(5時05分〜49分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月29日の夜明け(5時06分〜6時05分)の光景と、桜・タンポポ(岩田山公園)です。

☆☆☆

2015年3月30日の夜明け(5時08分〜51分)の光景です。

☆☆☆

2015年3月31日の夜明け(4時57分〜5時51分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月1日の夜明け(5時17分〜28分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月2日の夜明け(5時37分〜55分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月3日の夜明け(5時03分〜54分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月4日の夜明け(4時59分〜5時09分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月6日の夜明け(4時55分〜5時39分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月9日の夜明け(4時54分〜5時36分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月10日の夜明け(4時56分〜5時43分)の光景です。

☆☆☆




2015年4月12日の夜明け(5時31分〜46分)と、桜(岩田山公園)です。

☆☆☆

2015年4月14日の夜明け(5時01分〜40分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月15日の夜明け(4時45分〜5時45分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月16日の夜明け(4時41分〜5時43分)の光景です。

☆☆☆



2015年4月17日の夜明け(4時47分〜5時46分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月18日の夜明け(4時39分〜5時34分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月19日の夜明け(4時28分〜5時30分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月20日の夜明け(5時45分〜46分)の光景です。

☆☆☆



2015年4月22日の夜明け(4時29分〜5時36分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月23日の夜明け(4時29分〜5時35分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月24日の夜明け(4時20分〜5時33分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月25日の夜明け(4時38分〜5時38分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月26日の夜明け(4時27分〜5時30分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月27日の夜明け(4時31分〜5時30分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月28日の夜明け(4時29分〜5時28分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月29日の夜明け(4時25分〜5時29分)の光景です。

☆☆☆

2015年4月30日の夜明け(4時24分〜5時05分)の光景です。

☆☆☆




2015年5月1日の夜明け(4時51分〜5時09分)と、睡蓮鉢のメダカ、そしてタンポポです。

中央のメダカ、私にとっては一番思い入れのある、泳ぐ宝石です。

☆☆☆

2015年5月2日の夜明け(4時21分〜5時19分)の光景です。

☆☆☆




2015年5月3日の夜明け(4時21分〜5時28分)と、夕刻のお月様です。

☆☆☆

2015年5月4日の夜明け(4時39分)、夕刻の空、夜のお月様(満月)です。

☆☆☆




2015年5月5日の夜明け(4時22分〜5時45分)と、今年初めて咲いた睡蓮です。

☆☆☆

2015年5月6日の夜明け(4時16分〜54分)の光景です。

☆☆☆

2015年5月7日の夜明け(4時19分〜5時31分)の光景です。

☆☆☆

2015年5月8日の夜明け(4時23分〜5時17分)の光景です。

☆☆☆

2015年5月9日の夜明けは曇りでしたが、今日の睡蓮です。

☆☆☆

2015年5月10日の夜明け(4時08分〜5時12分)の光景です。

☆☆☆

2015年5月11日の夜明け(4時08分〜49分)と、夕刻の光景です。

☆☆☆

2015年5月12日の夜明け(4時08分〜5時05分)の光景です。

☆☆☆

2015年5月13日の夜明け(4時03分〜48分)と、睡蓮・メダカです。

☆☆☆

2015年5月14日の夜明け(4時03分〜48分)の光景です。

☆☆☆

2015年5月15日の夜明け(4時15分〜57分)の光景です。

☆☆☆

夜明けは雨でしたが、2015年5月16日の睡蓮です。

☆☆☆

2015年5月18日の夜明け(4時12分〜46分)の光景です。

☆☆☆

夜明けは雨でしたが、2015年5月19日夕刻の光景と睡蓮です。

☆☆☆


 

神奈川県厚木市の自宅から撮った「夜明け」の写真を一覧で紹介します。

夜明けの詩(厚木市からの光景)

 




2015年1月18日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿したものです。




(大きな画像)


仕事が休みの日に時々行く岩田山公園。

家から自転車で20分くらいで着く公園の広場には、モグラの穴が沢山ありますが、猿もやってきます。

昼過ぎ、あるお母さんと子供たち3人が帰ろうとしたとき、猿が近くにいました。

怖がる子供たちに、お母さんは次のように言って歌を唄いだしました。

「お母さんがいるから大丈夫」

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお)
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

お母さんの大きな声で歌う響きに合せて、子供たちも怖がることなく歌い帰っていきました。

そして私も何十年かぶりにこの歌を口ずさんでいました。


 

厚木市から見た「夜明け」の写真です。


☆☆☆

2015年1月18日の夜明け(6時09分〜7時00分)の光景です。

☆☆☆

2015年1月19日の夜明け(6時02分〜23分)の光景と、夕陽です。

☆☆☆

2015年1月20日の夜明け(6時05分〜23分)の光景です。

☆☆☆

2015年1月24日の夜明け(5時50分〜7時42分)の光景です。

☆☆☆

2015年1月25日の夜明け(6時13分〜59分)の光景です。

☆☆☆

2015年1月29日の夜明け(6時02分〜20分)の光景です。

☆☆☆

2015年1月31日の夜明け(5時51分〜7時07分)の光景です。

☆☆☆

2015年2月1日の夜明け(6時10分〜50分)の光景です。


イスラム国の思考・行動パターンを彼らの歴史・経済状況など踏まえつつ、自身の心を鬼にし彼らの

立場で考えなければいけない時に来ているのかも知れない。



自身をテロリストの次元にたたずませ、そこから今後起こるであろう事件の予防手段を考え出せる人。



精神的にとてもつらい作業になると思うが、悲劇を未然に防ぐには不可欠だと感じてしまう。


☆☆☆

2015年2月2日の夜明け(6時01分〜19分)の光景です。

☆☆☆








神を待ちのぞむ

天空の果実



2016年更新履歴

2014年更新履歴 2013年更新履歴 2012年更新履歴 2004年〜2011年更新履歴

2003年更新履歴 2002年更新履歴 2001年更新履歴 2000年更新履歴

「神を待ちのぞむ」フェイスブック投稿記事(抜粋)一覧