「神を待ちのぞむ」2004〜2011年更新履歴
1996.10.17開設

最新の更新履歴はこちらです。




被災した地の多くは第一次産業で命を繋いでいる方が沢山います。この方たちを今度はTPPという人災で苦しめ、

復興への希望さえも打ち砕く日本人がいることに憤りがこみ上げてきます。農業問題だけでなく、食の安全基準や

医療など多くの分野で、アメリカ的な弱肉強食の原理が強要されるTPP。推進派の背景にある中国の脅威論には

理解しつつも、ただそれがために日本を底辺で支えている人々や、復興を犠牲にすることは許されません。このまま

では日本はアメリカの従属国としか生きられなくなります。日本の国民主権は奪われ、そしてその未来は荒廃した心

と国土しか残らないかも知れません。既に平衡感覚を投げ捨てたテレビや大新聞だけでなく、YouTubeでの多くの声

も聞いて一人一人が自分自身の心で判断して下さればと願っています。




「TPPは農業問題じゃないヨ!
放射能のように、日本人すべての上に降りかかってくる大問題!」




 


「子供たちの未来を守るために」


文献の更新など細かなことはここに書いておりませんが、フェイスブックに投稿した記事(写真付)は
ここでも紹介しようと思います。ただフェイスブックと同じように写真をここに貼りつけるとページが重く
なりますので省いています。



2011年12月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

「魔法使いの手」

コンパス座の方向約1万7000光年の距離にある星雲を、X線観測衛星チャンドラが捉えた

ものです。



手のひらの中心に輝くのは若いパルサー「B1509-53」ですが、パルサーとは超新星爆発後

に残った中性子星から発せられている信号と考えられています。極めて周期が安定してい

るので、「宇宙の灯台」とも言われているんですね。想像できないことですが、このコンパス

座に位置する中性子星は大き目のペットボトル(2リットル)に富士山の質量をぎゅっと押し

詰めた状態なので、地球の15兆倍の強い磁場と桁外れの重力を持つことになります。この

重力から脱出するには、光の速さの3分の一というとてつもない速度が必要になるんです。

紹介した写真は、パルサーから流れ出した電磁波が上のガス星雲(指の部分)を赤く加熱

させているところです。



本当にまるで魔法使いの手のようですね。50代半ばの女性にとって「魔法使い」と言えば

「魔法使いサリー」を直ぐに思い浮かべるかも知れません。現代では多くの人が「ハリー・

ポッター」を連想するかと思います。私も「ハリー・ポッター」は好きで本や映画で楽しんでい

ますが、内容が奥深いル=グウィン作の「ゲド戦記」に私個人はずっと惹かれています。同じ

「ゲド戦記」でも、アニメ(スタジオジブリ制作)は原作とはかけ離れた内容だったので、途中

で見るのを止めてしまいました。



故・河合隼雄さんは最初この「ゲド戦記」にユングや老荘の思想が背景にあると感じておら

れたようですが、後に全ての根底にインディアンの叡智があったと気付きます。勿論、そこ

には「最期の野生インディアン イシ」と深い親交を結んだ人類学者アルフレッド・クローバー

(「ゲド戦記」を書いたル=グウィンの父親)の存在が大きかったのではないでしょうか。



「イシ」がいたヤナ族は元々3千人いましたが、その多くが白人の虐殺により死に絶えていた

と思われていました。しかし、1911年8月29日、一人の飢餓寸前の老インディアンが捕らえら

れます。それが「イシ」だったんですね。イシは家族数名と虐殺から逃れ暫くは家族と共に

生活しますが、家族が亡くなったり白人に発見されそうになった時に離散し、捕えられる前の

5年間は一人で孤独に生きてきました。



「イシ」の物語(邦訳「イシ 北米最後の野生インディアン」岩波書店)を書いたのはアルフレッ

ド・クローバーの妻シオドーラ・クローバー(ル=グウィンの母親)でした。何故イシと親しかっ

たアルフレッドは「イシ」のことを書けなかったのでしょうか、ル=グウィンはこう綴っています。



「カリフォルニア原住民の言語、暮らし方、知恵などについての情報を、大量殺戮が完了す

る以前に、少しでも多く蒐集するというのが、何年にもわたる父の仕事であり、このため父は

殺戮の目撃者となったのだ。ナチによるユダヤ人大量虐殺に等しいインディアン撲滅の生き

残りであるイシは、父の親しい友人かつ教師となった。それなのにそれから僅か5年後に結核

・・・・これまた白人からインディアンへの死の贈物である・・・・で死亡する。どれほどの悲しみ

や怒りや責任感に父は悩んでいたことだろう!」



捕えられてから5年後(1915年)イシは結核で亡くなりますが、アルフレッド・クローバーはイシ

が捕えれてから5年間ずっと保護されていた博物館に、次のように書き送っています。



「もし、イシが死ぬようなことがあったならば、できる限りイシの世界での風習通りに葬儀を行う

ように。学問の名を借りての遺体処理、解剖などは決してさせないように。そんな学問は犬に

でも食われてしまったほうがよいのです。責任は、すべて私が持つようにします」 



またアルフレッド・クローバーと共に「イシ」と親交があった医学部の教師サクストン・ホープは

「イシ」の死に際し次のように書き記しています。



「そのようにして、我慢強く何も恐れずに、アメリカ最後の野生インディアンはこの世を去った。

彼は歴史の一幕を閉じる。彼は文明人を知恵の進んだ子供---頭はいいが賢くはない者と

見ていた。われわれは多くのことを知ったが、その中の多くは偽りであった。イシは常に真実

である自然を知っていた。彼の性格は永遠に続くものであった。親切で、勇気があり、自制心

も強かった。そして彼はすべてを奪われたにも拘らず、その心にはうらみはなかった。彼の魂

は子供のそれであり、彼の精神は哲学者のそれであった。」



私が何故ル=グウィン作の「ゲド戦記」に出てくる魔法使いにひかれるのか、それはこの魔法

使いの背後に「イシ」の存在を感じたからかも知れません。「彼の魂は子供のそれであり、彼の

精神は哲学者のそれであった」。



(K.K)


 



2011年12月25日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

映像省略

「深い河」マリアン・アンダーソン

昨日投稿した「カウンセリング技術」のところで言葉足らずのところがあったことを反省しています。



西欧人って(最近は日本人の多くもそうだけど)相手の論理的矛盾を直ぐついてくる癖があるみた

いだけど、僕は何故相手がそのような発言をするのかその背景や真意を必死に汲み取ろうとする

人間が好きだし、そうありたいと願っている。偉そうに言ってしまったけど、難しいことだから直ぐ僕

も上っ面の会話になってしまうことが多いのも事実なんだけどね。ただ、相手の意見に対し即答を

強要する「議論」というものが苦手だし、恐らく現代の子供に対しても議論したら簡単に負けると思う。



これは後で気付いたことだけど、インディアンも同じ思考回路を持っていたことを本で知ったんだ。

これはインディアンに限らず世界の先住民に共通すると感じているけどね。教師の質問に即答で

きない彼らインディアンは西欧人から見て「馬鹿」とずっと思われていたけれど、実際は教師が何故

この質問をするのか、その背景や真意を必死に考えていたことが後年になってわかってきたんだ。



僕が大学の先生から「こんなカウンセリング技術があったんだ」と言われたことの裏はそこにあると

思う。徹底的に相手の言葉に耳を傾け必死でその背景や気持ちを探ろうとする。だから殆ど自分

は話さないし、まるで「沈黙のカウンセラー」みたいな存在だった。でも不思議と相談者は次第に

問題の核心に自ら触れようとしてくる。だから先生達には新鮮に映ったのかも知れないね。でも

カウンセリングの研究所の先生達がインディアンの居留地に行ったら日常茶飯的に経験すること

だと思う。今のインディアン社会はアメリカ政府の長年にわたる同化政策の後遺症のため、貧困

やアルコール中毒、育児放棄、自殺などで苦しんでいるけど、この根っこだけは奪われていないと

信じたい。



黒澤明監督の映画(「八月の狂詩曲」か「夢」か覚えていない)で、年寄りのおばあちゃんが縁側に

座っていると、近所に住むおばあちゃんがやってきて一時間ほど時を過ごすんだけど、この一時間

二人には一言の会話もない。ただ黙って共に縁側に座って、そして帰っていく。僕はこの場面を見

たときに涙が出てきそうだった。時として沈黙は言葉よりも多くのことを語ってくれる、そのことを映

画の一場面が雄弁に語っていたからだと思う。



何か下手な「自分史」になりつつあるので、これで終わりとします。今まで長い文を最後まで見てくだ

さり本当にありがとうございました。



表題の「深い河」というゴスペルソングですが、僕が最初にゴスペルに出会ったのはマヘリア・ジャ

クソンでした。自分がどの道に進んでいっていいのかわからなかった時期に毎日何度も聴き勇気

をもらったものです。その後、マリアン・アンダーソンを知ったのですが、彼女の深い低音の響きに

また違ったゴスペルの真髄を感じてしまいました。



(K.K)


 



2011年12月24日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

映像省略

「パッヘルベルのカノン」

大学をやめてしまい、住み込みだった新聞配達店も1年でやめて僕は池袋の小さな工場で

働いていた。一階に大家さんが住み、2階に3つの貸し部屋があり僕はその一つの部屋を

借りた。3階には大家さんの息子さん2人が暮らしていた。



大学に通っている大家さんの息子さんに誘われて彼の部屋に何回か遊びに行ったけど、こ

の息子さんは在学中(2年生の時)に書いた論文が哲学科の教材として採用されたほど頭

脳明晰な人だった。彼の部屋でプラトンはなんだかんだとか話しされても、僕にはチンプン

カンプンで話についていくことさえ出来なかった。



でも哲学の話もしたけれど、彼は良く笑い酒も大好きだった。また卑猥な話(女性の方すい

ません)も長けていた。まあ哲学なんかを勉強する奴って古今東西問わず変な奴が多いけ

どね(負け犬の遠吠えです)。



その彼の部屋には200万円もする外国製のスピーカー、そしてアンプも真空管式の最上級

のものを使っており、いつもクラシックを聞いていた。特にお気に入りが「アルビノーニのアダ

ージョ」とと「パッヘルベルのカノン」だった。



同じ頃、池袋の小さな工場で共に働いていた方でOさんという人がいた。実はこの方も頭脳

明晰(僕からして見れば皆、頭脳明晰に見えてしまう)で、厚生省の筆記試験には通ったが

面接で落とされてしまった(人事課は見る眼がない!)方だった。でもこのOさんも芸術、特に

演劇が大好きで蜷川幸雄(にながわ ゆきお)のものには何度も誘われては観にいった。人

間としても尊敬できる人で、僕は彼を通して芸術の素晴らしさを教わったような気がする。



このOさんがたまたま空いていた僕の隣に引っ越してきた。そして当然ながら僕が哲学科の

学生さんと話す機会は次第に少なくなっていった。まあ当然だよね、彼には高度な話が通じ

合うOさんが出来たんだから。でもOさんとはその後もいろいろな話が出来て僕は幸せだった。



今思えば、僕はこの時期に大きなものを受け取ったように思う。一番目は芸術が人に与える

力というもので、彼らがいなかったら自分を表現する術を持てなかったかも知れない。もう一

つは哲学科の学生さんの対談で学んだもの、それはどんなに相手の話が自分にとってチン

プンカンプンでも真剣に相手の話を聴いているような素振り(ココが味噌です)が出来るように

なったこと(少し冗談で少し本気です)。これは後に通った上智大学カウンセリング研究所で

先生方が「こんなカウンセリング技術があったんだ」とうならせた方法です。うーん、本当は

相手になんといってあげたらいいか自分が悩んで苦しんでいたのかも知れませんけどね。



でもこのカウンセリング技術は妻には使えない、というか使いたくないな。だから良く喧嘩する

のかな。今日ははクリスマス・イヴ、「パッヘルベルのカノン」を聞いて仲直りでもしようかな。



(K.K)


 



2011年12月23日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

映像省略

「ミスター・ボージャングルズ」

この歌を初めて聴いたのは僕が18歳の時だった。東京に上京し新聞配達をしながら学校に

行っていたときのことで、歌がこんなにストンと心の奥底に沈んだのは初めての経験だった。



この時テレビに映し出された映像は二度と見ることは叶わず、僕にとっては「一期一会」の

出会いだったのかも知れない。授業に失望し大学をたったの3ヶ月でやめてしまい、これか

ら先どう自分が生きていけばいいのか全くわからなくなった時に出会った曲。原詩とは少し

違うが、その歌手が自分なりの言葉をつけて歌っていたこの曲は、次のような詩だった。



名前を????と言ったっけ  あの人を

だぶだぶずぼんのおかしな  おじいさん

踊ってくれたよ 僕のために

ミスター・ボージャングルズ  ミスター・ボージャングルズ

ダンス



生きることに疲れ果てた  僕に

元気だしな  と、笑った おじいさん

優しく 人生を語ってくれた

ミスター・ボージャングルズ  ミスター・ボージャングルズ

ダンス



旅から旅へと彷徨い  生きたよ

道連れが一人いたけど  死んだよ

泣きながら 言っていた  優しい あの人

今頃、どこかの酒場で踊って  誰かの悲しみぬぐっているだろうか

心が寒い夜は  会いたい あの人

ミスター・ボージャングルズ  ミスター・ボージャングルズ

ダンス



もうあれから30数年の時が流れたが、今でも僕の中ではベスト3に入る曲だ。生きていく

なかで、人や本など人間には多くの出会いがあり、尊敬する人も沢山生まれてくる。でも

僕にとって「一番尊敬する人は誰?」と聞かれたら、迷わず「母親」と応えるだろう。そん

な話をすると妻から「あなた、マザコンでしょう」と良く笑われるが、僕が灰色の青春時代を

送っていたとき、くじけそうになった心をいつも支えてくれた存在が母親だった。確かに

アッシジの聖フランシスコ、シモーヌ・ヴェイユ、世界の先住民たちなど沢山の尊敬する

人はいるが、母親を超える存在はいない。



自分を産んでくれた親を一番尊敬できるというのは、一番幸せなことなのかもと思う。世

の中には尊敬したくても出来ない人はいると思うし、児童虐待のニュースを聞くたびに心

が沈んでいく。



現代社会に生きていると、「一期一会」の気持ちなんて何処かに置き忘れてしまっている

けど、この曲を聴くたびに辛かった時代や、大事なことを思い出させてくれる。



(K.K)


 



2011年12月21日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

写真省略

「ケンブルの滝」と呼ばれる星の並びです。

この滝はペルセウス座とカシオペア座の近くにある「きりん座」の中に位置しています。写真では

左下から右上にかけて直線状に伸びているのがわかると思いますが、この写真は他のサイトか

ら引用させていただきました。



皆さんは、「望遠鏡だとこんなに美しく見えるんだ」と思うかも知れません。でも実はこのケンブル

の滝は双眼鏡でしか全体像を見ることができないんです。何故ならこの滝の長さは満月5個分に

相当する長さなので、望遠鏡では滝の一部しか視界に入らなくなってしまうからです。



この滝の存在は、フランシスコ会の修道士で、アマチュアの天文学者でもあったケンブル神父

が小さな双眼鏡(口径3.5cm、倍率7倍)で見つけたものです。「え?、そんなに小さな双眼鏡で

星が見えるの?」と思われるかも知れませんが、夜空には望遠鏡よりも双眼鏡の方が適してい

る天体もあるんですよ。



「私たちはこの社会の多忙さにより、小さな美さえ気づかないでいる。」ケンブル神父



もう直ぐクリスマスですね。



少し話がそれますが、私が感銘を受けた本「沈黙を聴く」の中で紹介されたモーリス・ズンデル神

父はそのユニークな思想のため教区を追われ、各地を転々とさせられます。ようやくズンデル神

父の価値が認められたのは彼が亡くなる3年前(1972年)のことで、時の教皇パウロ6世により

ヴァチカンの黙想指導に招かれています。



このズンデル神父の言葉を紹介しようと思います。「キリスト教の話なんて聴きたくないよ」と思わ

れる方もいるかも知れませんが、クリスマスということで許してください。



「キリストを愛するとは、すべてを愛することである。

彼とともにすべてを愛するのでなければ、イエス・キリストを愛しているとは言え

ない。私たちはブッダを愛する。この人の誠実さはキリスト教的だから。マホメット

もまたしかり。いのちと愛の足跡を見いだすところなら、どこにおいても人は安ら

ぎを感じるだろう。なぜなら、そこで神に出会うからだ。」



ケンブルの滝、20個以上集まるこの滝の先端に散開星団「NGC1502」(写真では左端やや下

に映っています)があります。この星団までの距離は2680光年。つまり2680年前船出したこの

星団の光がやっと今、地球に到達しているんですね。この地球で2680年前頃というと「ソロン、

釈迦、孔子」が誕生しています。



こんな昔のことを思い浮かべながら夜空の星を見上げるのもいいかも知れませんね。

皆さん、いいクリスマスを。



(K.K)


 



2011年12月20日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

写真省略

「ハイテク・インディアン」

インディアン・ジョーク第2弾です。

☆☆☆☆

サウナの中に3人のインディアン。ひとりはカイオワ(Kiowa)、もうひとりがポンカ(Ponca)で、

のこるひとりがシャイアンの男だった。



あるときいきなりサウナの中にポケベルの音が鳴り響いた。カイオワの男が自分の手首の

上の部分に軽く触れると呼び出し音がやんだ。他のふたりがいぶかしそうに見つめる中、

カイオワの男が口を開いた。「すまん、おれのポケベルの音だ。腕のここの皮膚の下に

マイクロチップを埋め込んでいるものでね。」



数分後、サウナの中に今度は電話の音が鳴り渡った。ポンカの男が、手のひらを耳に押し

当てた。しばらくそうやって話したあと、おもむろに電話を切ってからこう説明した。「携帯

電話さ。ぼくは手のひらにマイクロチップを埋め込んでいてね」



ふたりの話を耳にして残されたシャイアンの男は思い切り落ち込んだ。自分がとてつもなく

ローテクの人間に思えた。だが彼も負けず嫌いの人間だった。彼はサウナから出てトイレ

にむかった。しばらくしてトイレから出てきたとき、その尻の上に1枚の長いトイレットペー

パーが貼りつけられて揺れていた。



ポンカとカイオワのふたりの男の目がその紙に釘づけになった。するとシャイアンの男が

言った。



「わりい、わりい、見てのとおり、ちょうどファックスが届いてね」



☆☆☆☆



出典は前回同様「インディアンは笑う」という文献からで、インディアン関係の本を多数

出版されている北山耕平さんが収集したもので構成されています。



私のように物思いに耽ってばかりの空想野郎、腹の底から笑い転げたい能天気野朗、

深呼吸をした記憶がない肺なし野朗、笑いの効果に科学的根拠がないと主張するリト

マス野朗にぴったりの笑い転げてしまう本があったら是非紹介してください。



次回は少し真面目な本来の私に戻ります、うーんでも戻れるかどうかは自信がないな。



(K.K)


 



2011年12月19日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

写真省略

☆☆☆☆

長くネイティブの女性を研究してきた人類学の先生が研究会で成果を発表していた。

「自分の長年の調査によれば」と教授は続ける。「チペワの女性は男性のあとを歩く

傾向にあります。男性のリードに従うのですね。シャイアンの女性は男性の前を歩く

ようです。わたしについて来なさいと、男性を導くのです。クローの女性は男性と並ん

で歩きたがります。そして最後にラコタの女性ですが」



そこで一息ついて呼吸を整えると、彼はこう締めくくった。



「えー、ラコタの女性はですな、どうやら男性を踏んづけていく傾向があります」



☆☆☆☆



このインディアン・ジョークは「インディアンは笑う」という本から抜粋しましたが、皆さん

のご家庭ではどうでしょうか。実はこの本には他にも沢山のジョークが散りばめられて

おり、何度かお腹を抱えて笑ってしまったほどです。



アメリカ社会でも最底辺で生きているインディアンのジョークには、そんな惨めな自分

をも達観しているたくましさが満ち満ちています。イグルーク・エスキモーに残されて

いる格言「遊び方を知る者は、いかなる障害をも、飛び越える。歌うことと、笑うことを

知る者は、いかなる困難にも、挫けない。」は私の大好きな言葉の一つになっています。



多くのものを与えられてばっかりの私ですが、自分で創作した格言があります。この

格言は世界中の男性から熱狂的な支持(ほんまかいな?)を集めました。最後にこれ

を紹介して終わりとします。「男が空を見上げながら夢を語るとき、女はその男の足下

を見ている」



(K.K)


 




2011年12月18日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

写真省略

チェスをするサン=テグジュペリ
「サン=テグジュペリ 伝説の愛」より写真引用しました。



「星の王子さま」、何度妻からいい本だから読みなさいと言われたことか。でも結局今日まで

読まなかった。何故なんだろう。自分自身が子どもの時代を忘れたかったからか、或いは余

りにも有名な本なので抵抗があったのか、どちらにしても愚かな自分が読めなくしたのは確か

だったんじゃないかなと思う。



でも「星の王子さま」読んでみて、これは何度も別れがあったにも関わらず妻コンスエロへの

ひたむきな愛情というのか憧れに近いものが根底にあると感じてならなかった。私が想像出

来ないくらいの純粋さをもってコンスエロに接してきたからこそ、逆に多くのことに傷ついてき

たんだと思う。



サン=テグジュペリの別の作品「夜間飛行」では、「使命と犠牲」を訴えかけていたと思う。そ

れは第一次世界大戦の敵国であったドイツのパイロットの多くもこの本が好きであり、サン=

テグジュペリを撃墜したパイロットが「彼がサン=テグジュペリだと知っていたら撃たなかった」

と述懐していることからも想像できるかも知れない。1944年に消息不明になった彼の機体が

2003年に発見された。



写真は亡命先のニューヨークで撮られたもの。サン=テグジュペリは友人とチェスをすることで

亡命生活の単調な生活を忘れようとした。サン=テグジュペリがどのようなチェスを指したか、

棋譜が残されていないのでわからないが、「夜間飛行」に倣ってサクリファイス(犠牲)が好き

だったのかも知れないと勝手にこじつけている。



(K.K)


 




2011年12月17日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

写真省略

我が家の屋外にある小さなビオトープです。睡蓮鉢にメダカを泳がせていますが、眺めていると

時間を忘れてしまうことがあり、仕事で疲れたときなどじっと見入っていました。出来るだけ

自然の環境の下で育てたいので、酸素を送り込むポンプや水換えなど一切しておりません。もう

5年経ち、しっかりとバクテリアが定着しているからでしょうか、水は透明感を保ったままです。

冬はメダカは死んだように冬眠していますが、春先には沢山のメダカの子供が産まれます。と

言っても別の容器に移さないと親メダカが食べてしまうことが多いですけどね。うーん、人間に

とっては残酷に見える行為でも、メダカにとっては生き延びるために必要なことなんでしょうね。



(K.K)


 




2011年12月15日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

写真省略

時々ここで双眼鏡で星を見ているのですが、夜は殆ど一人ぼっちで野生の鹿の足音が

近くに聞こえるほど静寂に包まれてしまいます。こんな暗闇にいると、「誰か怖い人が来

たらどうしよう」と思うこともあるのですが、星を見るのに夢中になっているとそんな想い

も少しは消えてしまいます。ところで昨晩、ふたご座流星群を見にこの山に来たのですが、

グループやアベックの車が数台停まっており、「あ、流れた」と大声で歓声を上げていま

した。それが朝の4時まで続いたのですが、微笑ましかったですね。時にはこんな賑やか

なスターウォッチングもいいものだと感じさせられました。流れ星の方は7時間くらいいて

30個ほどでした。月明かりがあったため暗い流れ星は見えなかったためだと思います。

ところで、この季節オリオン座が見えると思いますが、左上のベテルギウスという赤い星

に注目してみてください。近い将来この星が爆発(超新星爆発)する可能性が高まってい

ます。そうなると映画「2001年宇宙の旅?」と同じように2週間の間だけ太陽が2個空に

輝くかも知れません。その目撃者となれればと願っていますが、でも双眼鏡をのぞいて

いるときに爆発したら、失明するのかなと余計な事も心配しています。



(K.K)


 


2011.10.30        一枚の写真、それは時には本などよりもずっと心に鳴り響くものとなることがある。私自身、
                  写真集を見るのは大好きだが、特に今から30年前に見た一枚の子供の写真のことが時々
                  脳裏に浮かんでくる。私の心に怒り、悲しみなど複雑な感情が入り混じり、一言ではとても
                  表現できない。それは今から50年前に出された九州・筑豊の炭鉱の悲惨な実態をを記録し
                  た本「追われゆく坑夫たち」の中にあった。今の生活に慣れてきた私にとって、それは時々
                  目を背けたくなる写真でもあり、常に私とは何者か?と問い続けているような気がしてなら
                  ない。

                  同じく子供の写真だが、今から100年前のアメリカの児童労働の悲惨さを写真を世に問うた
                  写真家ルイス・ハインがいる。彼の写真を紹介している「ちいさな労働者」でその眼差しを
                  こちらに向けている瞳に、「追われゆく坑夫たち」と同じような衝撃を感じてしまった。子供が
                  子供のままでいる権利を奪われていた時代、もし彼らが普通の教育を受け、子供らしく生き
                  ることが許される時代に生まれていたらと思うと胸が痛くなる。

                  2006年、国際労働機関(ILO)が発表したレポートによると世界の子供の7人に1人、2億1800
                  万の子供たちが児童労働をしている。


2011.10.5        「木を植えた男」という絵本の物語とその挿絵に強い衝撃を受けましたが、この挿絵を描いた
                  方の「木を植えた男 フレデリック・バック作品集」DVDにもとても感銘を受けました。アニメと
                  いう領域を、ルオーやシャガールのような高い芸術性にまで高めたのではないかと思います。
                  
                  アニメというと、私にとって小学低学年の時に見た「鉄腕アトム」が一番の衝撃でした。今でも
                  鉄腕アトムは、「ひょっこりひょうたん島」のダンディと並んで私のヒーローなのです。そして高校
                  時代に見たアニメ「アルプスの少女 ハイジ」に何度も引越しをする自分の影を重ね合わせて
                  見入ったものでした。それ以降、あまりアニメに親しむことはなかったように思います。漫画で
                  は手塚治虫の「ブラック・ジャック」、大阪弁が強烈な「じゃりん子 チエ」など夢中になりました
                  が、アニメの素晴らしさを再確認したのが宮崎駿の「天空の城 ラピュタ」でした。

                  アニメが子ども向きの対象から、大人も見て楽しめるものに変化していったのはこの頃なのか
                  も知れません。そしてそのアニメが、映像詩とでも表現できるものへ更に進化させたのが、
                  「木を植えた男」の挿絵を描いたフレデリック・バックだと思います。彼のアニメーションを見る
                  と、揺るぎない信念と、感性の爆発を感じてしまいます。特に「木を植えた男」のアニメには
                  5年半の歳月を傾けて完成させた彼の魂が注入されています。高い芸術性を持ったもの、絵画
                  ではルオーやシャガールなど私は好きですが、それらに匹敵するようなものを、フレデリック・
                  バックの作品から感じてなりませんでした。


2011.10.1        アメリカ・インディアンに関する研究家の第一人者である阿部珠理さん(立教大学教授)がNHK
                 ラジオ第2放送で「アメリカ先住民から学ぶ その歴史と思想」を放送されています。ここではイン
                 ディアンに関して詳しくは書きませんが、阿部さんはとても平衡感覚の優れた方で、彼女の著作か
                 ら多くのものを頂いたように思います。9月27日から12月13日まで毎週火曜日午前8時30分から
                 9時(再放送は毎週水曜日 午前10時から10時30分)放送されます。多くの人がインディアンって何?
                 と思われるかもしれませんが、日本にもアイヌや沖縄に先住民は存在しています。彼ら先住民の
                 世界観や歴史を知ることは、私たちの未来を語るのと同じ次元なのだと私自身痛感しています。
                 NHKネットラジオ「らじる★らじる」でも聴くことが出来ます。

                 私自身の身近にある自然をカメラに収めた「大地と空の息吹き」のページを作りました。主に私
                 が時々訪れる神奈川県厚木市の七沢森林公園やその途中にある森の里散策路が多いです。
                 何分、写真撮影に関しては素人ですが、少しずつ充実していきたいと思っています。気楽に見てい
                 ただけると幸いです。


2011.8.30        随分昔から読まなければいけないと思いつつ手にとるも、どうしても読めない本があった。それは
                 「夜」ヴィーゼル著で、当時15歳の少年がアウシュヴィッツの体験を記した本である。何故読めな
                 かったのか、何を恐れていたのか、自分の中でも漠然としていたものが明るみに出されてしまうのが
                 怖かったのか、その想いは最近本書を読んだ後も変わらなかった。本書が描き出す地獄絵図、自分
                 が生きてきた尺度では想像することすらできない深い暗闇の底。私はこの暗闇が自分にも潜んでい
                 ることを恐れていたのかも知れない。だから本書を前にしながらも開けようとはしなかったのだろう。
                 今まで確かにユダヤ人虐殺(ホロコースト)の本は何冊か読んできたが、熱心なユダヤ教の青年が
                 「私は原告であった。そして被告は神」と言わしめた、その言葉に私自身耐えられるだろうかと怖れ
                ていたのかも知れない。そしてこの証言を、証言を記録したこの文献を誰かに薦めようとは思わない。
                それ程、本書に描かれている地獄絵図は読者一人一人が人間の本質を、自らの力で考え、そして答
                えを出さなければならないことを暗に迫ってくるからだ。ただ自らが持つ暗闇、その暗闇から目を避け
                ていては、いつまでたってもこの世界は幻想であり、夢遊病者のように生きるしかない。シモーヌ・
                ヴェイユが言うように「純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である。」の言葉の真の重さを私の心が
                受け止める日が来るのだろうか。

                この暗闇に勝てるもの、それは私たちの身近にある「美」の再発見なのかも知れない。どんな小さな
                ことでもいい。いつも私たちの傍にいて、語りかけようとしている「美」の声を聞き、その姿をありのま
                ま見ること。それが唯一、暗闇からの解放をもたらしてくれるのかも知れない。「美」が暗闇の本質を
                照らし、暗闇の真の姿をさらけだしていく。常に自らの心の鏡を磨き、「美」がそのままの姿で映るこ
                とを願うこと。そしてこの願いは「祈り」そのものかも知れない。


2011.5.8        「双眼鏡で見る春の星空」という項目を作りました。初めて天体に興味を持ったのは30年前になります。
                 有隣堂という本屋に置いてあった安い望遠鏡を購入し、初めて土星の輪を見たときの感動は忘れられ
                 ません。今ではその望遠鏡はなく、ただ対物レンズだけは思い出としてしまっています。その後、双眼鏡
                 による星空観望に移りましたが、天体を見るだけに留まらず、旅行や散歩の時などリュックにしまい第3
                 の眼として肉眼では見えない世界を映し出してくれます。春はかすみがかかりあまり天体を見るには
                 いい条件ではないといいますが、それでも肉眼や双眼鏡で見る星空は飽きがきません。

                 ところで貴方の一番好きな天体は何か? と問われたら、私は迷わずアルビレオと答えるでしょう。もち
                 ろん、人それぞれ想いが込められた天体は違うと思います。私の場合は望遠鏡で見たアルビレオでした。
                 白鳥座のくちばしに輝く3等星の星で、肉眼では1つの星にしか見えないのですが、オレンジとブルーとい
                 う全く異なる色に輝く連星なんです。双眼鏡では口径7pに10倍の倍率をかけると2つの星に分離するこ
                 とができますが、その対比の見事さに最初言葉を失っていました。アルビレオがある白鳥座は夏の星座
                 ですけれども、この時期でも夜半頃には姿を見せてくれます。10倍の双眼鏡や、低倍率の望遠鏡で見る
                 といいと思いますが、望遠鏡に高倍率をかけると、逆にその寄り添う姿が失われてしまいます。

                 話は変わりますが、今から25年前に読んだ一冊の本があります。ハンセン病の療養所で長年、精神科
                 医として勤めた神谷美恵子さんの「生きがいについて」です。何故かこの本はずっと心に残っていて最近
                 再読しましたが、神谷さんの言葉のなかで一番響く言葉が「癩(らい)者へ」という詩の一節です。この
                 言葉の重みを、私自身の心の底まで降ろすことはできませんが、いつかそのような眼で見ることのできる
                 人間になれればと願っています。

                 独身の頃、マルクス政権下のフィリピンに行きハンセン病の施設を訪れたことがあります。もちろんこの
                 時はハンセン病に対して有効な薬が存在したと思いますが、それでも最初は私自身に病気が移ったら
                 怖いなという気持ちがありましたし、またこの施設にいる彼女たち(男性の方は別な棟にいたのかも知れ
                 ません)も警戒していました。でもその棟に入ってしばらくすると彼女たちが何か悪戯っぽい眼で私に語り
                 かけてきました。何を言っているのかわかりませんでしたが、いつの間にか女性たちに囲まれ私は彼女
                 たちの手を自然に握っていました。この病気にかかりながらも、子供みたいな無邪気さを眼に湛えてい
                 る彼女たちを見て、私は単純に美しいなと感じました。アルビレオのように、隔離された厳しい現実と
                 無邪気な眼という異なる2つの対比が寄り添う姿。ただ、あれから私は彼女たちに対して何の恩返しも
                 できていません。

                 人間に「慈しむ心」「美と感じる魂」「宗教心」はどのようにして生まれたのか、たぶん多くの説が存在す
                 るかと思います。私はそれは星、宇宙からもたらされた面もあるのではと感じてなりません。現代のよ
                 うに街明かりもなく、光害が全くない太古の人間の目には、月明かりのない夜、壮大な天空の星々・
                 天の川が飛びこんできていたでしょう。動物も同じように目というレンズを通してそれを一つの形として
                 認識しますが、それらの形と自分自身を隔てる深遠な距離・空間を感じさせる力、その力を創造主は
                 人間に宿したのかもしれません。遥かなる天空の星々たち、それらの存在は人間に与えられたこの
                 恵みを気づかせ、「自分とは何者か」と常に問いかける存在なのかも知れません。


2011.2.16       「公開されていないバチカン(ヴァチカン)宮殿奥の芸術」を全面的に更新しました。

                 1985年、私と妻は結婚して直ぐにイタリアを旅行しましたが、その時お世話になったのが西山達也神
                 父でした。一般には公開されていないところ、言うならばバチカンの最深部とでも表現していいのかも
                 知れませんが、そこで感じた震えは26年経った今でも失われるどころかより大きくなっています。当時
                 私は27歳の若造でしたし、またその重みをしっかりと受け止めることは出来なかったからです。そして
                 今の私はというと、やはり昔と変わっていないのではと思い知らされています。

                 26年ぶりにネガフィルムを取り出しスキャンしたのですが、もっと前に出来ていたらと後悔しています。
                 それはフィルムの劣化が見受けられることでした。またスキャンしたのはフィルム専用スキャナーでは
                 なく、コピー機に付いているスキャン機能を利用したので画質など専用機器に比べるとその解像度は
                 落ちるかも知れません。ただ、どんなに劣化していようともそこに映し出された「美」は私の心に鮮明に
                 映し出されていました。

                 西山神父様のことを少し話そうと思います。神父様は児童養護施設で育てられました。その後神学校
                 に入りますが、前途有望な神学生とは言えなかったようです。神父になりバチカンで短波ラジオの日本
                 語放送を担当するようになりましたが、ある日のこと、法王ヨハネ・パウロ二世に突然呼ばれたそうです。
                 西山神父様はどんなことで怒られるるのだろうと不安で一杯でしたが、ヨハネ・パウロ二世から「あなた
                 は今日から私の日本語の先生です。」と言われます。その時「何故私が?」という戸惑いと驚きの衝撃
                 だったようです。ヨハネ・パウロ二世が来日する前の話ですが、その後もヨハネ・パウロ二世と西山神父
                 様は交流を深められ、バチカンの中を自由に歩くことを許されたそうです。その頃、バチカンを旅行され
                 た方の中には西山神父様のお世話になった方が多いと聞きます。バチカン、そしてアッシジの巡礼の旅
                 を助けてくださった西山神父様、そして神父様が養護施設にいた時の指導員であった小西さんからも
                 深いお話が聞けたことを感謝しています。


2010.10.21     皆さんはディズニー映画「ポカホンタス」を知っているでしょうか。400年前に実在したインディアンの
                女性で、ポウハタン族首長の娘でした。1600年という時代はアメリカ新大陸へ移住が始まった最初
                の時期です。最初はインディアンが食糧不足で困窮する白人を助けていたのですが、次第に入植者
                の数が増え、インディアンと白人との争いが増えていきます。このような厳しい時代背景の中、映画
                やポカホンタスを紹介する文献の幾つかでは次のような物語が語られます。

                「当時ポカホンタスはイギリス人探検家のジョン・スミスと出会い恋に落ちていきます。特に有名な話が、
                部族に捕らえられたジョン・スミスが処刑されようとした時、身を挺して助命を乞うた場面で、アメリカ
                では教科書にも載ったほど多くの人に知れ渡っている話のようです。その後、スミスは部族との戦争
                で怪我を負いイギリスに帰りますが、イギリスでスミスが死亡したと誤った情報を聞きます。失意に
                沈むポカホンタスですが、同じ植民者のジョン・ロルフからの求婚を受け結婚し、翌年には息子トマス
                を産みます。ジョン・ロルフとポカホンタスはイギリスへ行き、『インディアンの王女』と話題になったそ
                うですが、アメリカへの帰路に病気で21歳か22歳で亡くなり、イギリスの地に埋葬されました。」

                この話には歴史的事実もあるのですが、スミス処刑の場面でポカホンタスが身を挺して助命を乞うた
                は話など、スミスが後年著作の中で語ったこと以外に証言する人は誰もおらず、その真偽が論争に
                なっていきます。また悲しいことに息子トマスは成人するまでイギリスにいたのですが、その後アメリカ
                に渡り、インディアン掃討の軍事行動の指揮をとったと言われています。

                このようにポカホンタスに関しては、論争になる場面が多くあるのですが、自分なりにポカホンタスとい
                う一人のインディアン女性について考えてみました。そこで見えてきたのは人間愛と自己犠牲という
                崇高な魂でした。詳しくは、「真実のポカホンタス」に書きました。


2010.9.8      「瞽女(ごぜ) 盲目の旅芸人 安達浩写真集」京都書院
               この写真集で初めて瞽女(ごぜ)という存在を知り、私は胸が熱くなるのを抑えることが出来なかった。
               彼女たちが生まれたのは明治から大正初期にかけてである。勿論この時代に盲学校や点字などない
               時代である。男性だったら按摩などの仕事に就くことが出来たかもしれないが、女性の場合は瞽女し
               かなかったのではと思う。彼女たちの母親は娘が一人で生きていけるよう幼い頃から心を鬼にして接
               してきたのだろう。そして6歳ごろに瞽女に送り出す。現在でいうと小学校入学の時に家族と別れて
               瞽女の修行に出るのである。別れの時の彼女たち、そして母親たちの心中を想うと目頭が熱くなって
               しまう。最後の瞽女として有名な故小林ハルさんが「次に生まれたら虫になってもいいから眼の見え
               る人生を生きたい」と語っているが、この言葉の重みを理解できるのは視覚障害者の人たちだけであ
               ろう。しかし人びとは彼女たちを聖なる来訪者、威力ある宗教者と歓迎した。それは本書に書かれて
               いるように、目が見えないことは、かえって霊界に通じ、神に直結する重要な要件であり、シャーマン
               的な役目も彼女たちは担ってきたのである。瞽女は昭和52年に廃絶した。この写真集はその最期の
               姿を写したものであり、歴史の一面を記した貴重な文献である。


2010.8.9      NHKで放映され大きな反響を呼んだ「ヤノマミ 奥アマゾン・原初の森に生きる 劇場版 DVD」を掲載しま
               した。生まれた胎児を人間として迎え入れるか、それとも殺して精霊として天に返すかを母親が決めなけれ
               ばいけないこと、そして先進諸国に負けないくらいの未婚の男女の性のおおらかさなど衝撃的な事実が映し
               出され、放送文化基金賞優秀賞受賞したこの作品を好意的に受け入れる人は多いと聞きます。

               ただ、それはヤノマミに対して何の知識も持っていなかった人による評価であり、長倉洋海氏のヤノマミの
               人々を撮った傑作写真集「人間が好き」「鳥のように、川のように」森の哲人アユトンとの旅を知っている
               人間にとってはその格差が余りにも大きいものでした。

               NHKで放映された番組の謳い文句は「10年の交渉の末、150日間という長期にわたって取材した」というも
               のですが、150日も共に生活しながら、ヤノマミの人の警戒心が消えることはなかったという事実は、彼らの
               ありのままの姿を撮るという意味において失敗であり、取材陣の準備・勉強不足は否定できないと思います。
               マスメディアの質の低下は今に始まったことではありませんが、この放映された番組並びに今回のDVDは
               残念ながらその延長線上にあります。番組の冒頭でヤノマミの男性が取材陣に対して「お前たちは味方なの
               か、敵なのか、敵だったら殺すぞ」と詰め寄る場面、10年も誰と交渉してきたのか、また謳い文句の「150日
               間という長期取材」でも警戒心を緩めなかった背景は何か、それを取材陣は猛省すべきだと思います。ただ、
               唯一の救いはアマゾン先住民、ヤノマミの存在を多くの人に知らしめたことでしょう。


2010.7.31    「インディアンの言葉」の項目を中心にエドワード・S・カーティスの写真を掲載しました。1900年、カーティス
              が古き伝統を残していたインディアンの各部族を撮り続けた写真は、見る者に複雑な感情を呼び起こします。
              なぜならそこには、喜び、怒り、苦しみ、絶望、不安、憎しみ、希望、感謝、祈りなど苦難の歴史を背負わされた
              様々なインディアンの素顔が映し出されているからです。1900年というと日本では明治33年頃の写真です。

              インディアンの素顔、100年以上の前ではなく現代に生きるインディアンの素顔を紹介した文献は沢山あり
              ますが、「ともいきの思想」阿部珠理著はその中でも素晴らしい文献でした。私自身特に興味をひかれたのが
              レッド・クラウドと帝国軍人であった野津道貫との出会いの項目でした。明治9年(1876年)のことですから、
              白人とのインディアン戦争の最後の時期なのでしょう。巧みな戦略家であり交渉術に優れていた有名な族長
              レッド・クラウドと西南戦争を経て最後には元帥まで上り詰めた軍人エリートの野津。35歳の若かりし野津が
              初めて見たインディアン、この時の二人の会話など詳しい記録は残されておりませんが、野津がレッド・
              クラウドに捧げたらしい日本刀がレッド・クラウドの家の壁に飾られています。いくら明治9年とはいえ、軍人
              だった野津が「軍人(武士)の命・魂」であった自分の日本刀を何故レッド・クラウドに捧げたのか、またレッド・
              クラウドもそれをずっと大事に飾っていたのかなど疑問は尽きませんが、124年前の2人の出会いに著者と
              同じように思いを馳せてしまいました。


2010.6.14    「ホピの予言」を皆さんはご存知でしょうか。地球に生きる全ての生命あるものと調和して生きることの
              意味を語り、しかしその生き方が失われた時には、人類は大いなる試練を受け再生しなければならない
              という、ホピの人々に託された予言です。この予言を守るためにホピの人々は多くの苦難の道を歩んで
              きました。

              世界中には様々な予言がありますが、世界で最も有名なのはホピとマヤの予言ではないかと思います。
              両者に共通するものは人類の滅びの道と共に、新たな世界を再生する転換点の意味を持っている点で
              はないかと思います。

              皆さんは「ノアの箱舟」という旧約聖書に出てくる話は知っているかと思います。実はこのような洪水伝説
              は世界各地に残されており、不思議なことに滅びと再生という教訓がそれぞれの伝説に共通して生きて
              います。

              この滅びと再生という重要な使命をもたされたホピ、そのホピの方が来日します。

              詳しくは、「アメリカ先住民ホピ水氏族ルービン・サウフキーのアナンダラバ」というサイトをご覧になって
              ください。このサイトはホピの人々とも交流のある佐々夫妻が企画したもので、9月17日から10月3日まで
              葉山、淡路島、屋久島、沖縄にてルービン・サウフキーを交えてのワークショップが開かれます。



             小惑星探査機「はやぶさ」が、数々の試練を乗り越え6月13日その務めを終えました。12日にプラネタリウム
              で「はやぶさ」を紹介する物語を見たためか、大気圏に突入し、バラバラになり華々しく散っていくその姿に
              何故か心うたれていました。まるで何かの意思を持っているように見えた「はやぶさ」、勿論そんなことはあり
              得ないのですが、アーサー・C・クラークが次のように語っているのを思い出していました。

              「機械の体をもつ私たちの子孫は、やがて人間が定義した知性の範囲を大きく越え、人間にはまったく理解
              できないゴールを目指して進んでいくのかもしれない。そうであるとすれば、塩の海から星の海へとつづく何
              千年もの旅路をしめくくるのは、私たち人間ではなく彼らということになるだろう。いつの日か、本書の写真を
              撮った素晴らしい機械たちの末裔が、新たなフロンティアを求めて、銀河系の外へと旅立ち、私たち人間は、
              彼らが最初に探検してみせてくれた太陽系の主として、ふたたび後に残されるだろう。本書のエピグラフにあ
              るように、そのとき彼らは、彼ら自身が歌える歌を見つけているかもしれない。人間のかなたに。」
              「ビヨンド Beyond 惑星探査機が見た太陽系」マイケル・ベンソン 著 檜垣 嗣子 翻訳 新潮社より引用


2010.2.12    今から100年前の話をしたいと思います。ドイツでの話ですが、ある少年の真っ直ぐな気持ちとその
             運命を思い巡らす時、この世の不条理を超えて、この少年が遺した想いは100年経った今この時に
             も、私たちの心に新たな希望という名の息吹を吹き込んでくれていると感じてなりませんでした。
             「美しき人間像」小林有方著 昭和35年(1960年)発行 から抜粋引用します。


             私が子供の頃に聞いた話があります。子供の頃の事なので人の名前も土地の名前もわかりません。
              ただうろ覚えの話ですが、なんでもこんな事でした。日本のある博士が数名の外国人と一緒に、ドイツ
              を旅行していた時のこと、珍しい外国人と見て、多数の子供たちがサインをせがんできました。幸い
              博士だけが、胸に万年筆を持っていましたので真先にサインをし、その万年筆が次から次へと手渡っ
              ている中にバスの発車の時間になりました。博士は自分のペンの事を忘れ、そのまま出発しましたが、
              窓の外で何か子供の叫ぶ声が聞こえるので、ふと見ると、一人の子供が博士のペンを片手に高く持っ
              て、バスに追いつこうと必死にかけて来るのです。けれども、子供の足ではとても追いつけるはずも
              なく、みるみる引き離された子供は、とうとうあきらめたのか立ち止まってしまい、博士の方でも、まあ、
              万年筆の一本ぐらいとあきらめ、そのまま旅行を続けて、日本に帰国しましたが、それから数ヶ月
              たって、突然ドイツから一つの小包が送られて来ました。

              あけて見ると、ペシャンコに押しつぶされた博士の例の万年筆と一通の手紙が出て来ました。何気な
              く読みすすむうちに、博士の胸はしめつけられるような感動を覚えました。

              「日本の見知らぬ先生に一筆、先生の万年筆を手に、ボンヤリと家に帰ってきた私の子供は、それ
              からというもの、毎日毎日先生の住所を探すのに夢中でした。新聞社をはじめ、少しでも関係のあり
              そうなところへは残らず手紙を出して、先生のお所を聞きましたがわからず、とうとう数ヶ月が過ぎま
              した。ところが、今から一週間ばかり前のこと、子供は、外から勢いよくかけこんで来ると、『お母さん、
              日本の博士のおところがわかったよ、わかったよ」と、こおどりしながら、さっそく先生のペンを小包に
              して、『お母さん、郵便局に行って来ます』と元気に大喜びで外に飛び出しましたが、それが子供の
              最後の姿でした。喜びで夢中になった子供は、横から走って来る自動車に気がつかなかったのです。
              子供はひかれて死にました。先生の万年筆も、子供の胸の下で、つぶれました。けれでもお送りし
              ます。私の最愛の子供のまごころと一緒に、こわれた先生の万年筆をお返しします。どうぞ、ドイツの
              子供は不正直だと思わないで下さいまし」

              手紙には、そう書いてあったのです。
              皆さん、正しさを追い求めて生きるいのちの尊さを学びたいものですね。
              では、今夜もどうやら時間が来たようです。静かにおやすみなさい。

              引用終わり

              この少年の名前、そしてその万年筆も100年経った今となっては追跡することなど不可能でしょう。
              永遠にそれは失われてしまったのかも知れません。しかし、少年の真心、最愛の息子の真心を大事
              にしようとした母親の心は、この話に接した人の心にずっと生き続けていくのでしょう。私はそう信じて
              います。



              今日世界中で話題になっている映画「AVATAR アバター」を観ましたが、アメリカ・インディアンの迫害
              の歴史を知っている人にとっては複雑な感情を持つのではと思います。西部劇の白人優位主義から、
              インディアン(アメリカ先住民)の視点で描かれた映画がその後台頭してきました。しかし、その多くは
              アメリカ的な商業主義に染まったものと、あまりにもむごい歴史を直視できない逃避から産まれたもの
              ではないかと感じていました。それらの映画の主人公は白人ばかりで、哀れなインディアンを救うという
              構図から抜け出せないでいたからです。この映画「AVATAR アバター」に関して、監督がどのような背景
              を、意図を持って製作したか詳しくは知りませんが、それらの映画の延長線上にないことを願っています。


2009.12.25   冬は空気中の湿度が下がり、光の屈折率も下がるため星が良く見える季節です。このホームページを
             開設して14年、開設してしばらく夜空の星々の姿を紹介したく「天空の果実」という項目を作りましたが、
             今少しずつ書き加えています。小さいころから夜空を見ていたはずですが、意識して見るようになった
             のは大人になってからのことでした。就職し半年経ったころ、千葉県の南房総の岩井海岸で見た天の
             川の壮大さ、夜の海辺で一人双眼鏡片手に見ていた私に、組合の仲間たちが集まって一緒に天の川
             に魅入ったものでした。

             その時持っていった双眼鏡は、27年経った今でも私の瞳に星々の瞬きを映し出してくれています。27年
             間生きたそれぞれの時代の思い出が、この双眼鏡にも刻み込まれています。

             今から30億年後に、私たちの天の川銀河にアンドロメダ座大銀河(M31)が衝突します。衝突前に壮大
             な眺めを人類は見ることになるでしょう。勿論私たちはその時代には存在しません。ただ私たちを形作っ
             ていた物質はいろいろな形に姿を変え、この30億年後にも地球や宇宙のどこかに存在していることで
             しょう。気が遠くなる時空を経て、私たちの目に飛び込んでくる星々たちも、そのような歴史を持った
             ひとつひとつの物質によって輝いているのかも知れません。


2009.10.27   7月23日に紹介した小林有方神父さんの「生きるに値するいのち」の項目を作りました。今から50年前
             の本ですが、その輝きは現代でも失せてはいないと思います。本の各ページをスキャンして画像として
             読めるようにしてありますので、表示に時間がかかることをお許しください。これから少しずつ掲載して
             いこうと思っています。

             この本と出会った高校時代、地元の宮崎日日新聞(昭和49年2月4日朝刊)に私より二つ若い女性の
             手記が新聞の一面に掲載され、こう書かれていました。「これは死の宣告を受けながらも、ただひたすら
             生き続けようと、血のにじむような思いで川畑朋子さん(15)が病床でつづった日記である。実際には
             ここで掲載した二倍の量であった。日記は宮崎市の小牧クリニックに入院してから十日後の昨年三月
             十日から始まっているが、冷静に記されたのは最初の十日間。その後は次第に病状が悪化するととも
             に精神状態が混乱していったとみられ、日付がなくなり、縦に書いたり、横に書いたりされている。文章
             があちこちで涙にぬれ、苦痛のあとがうかがえ、痛々しい。また後半には自分の似顔、両親の似顔など
             がたくさん描かれていた。さらに涙をそそるのは自分のはれて行く右足を描き、その横に「ちきしょう」
             「歩きたい。立ちたい」などと書き込まれていた部分がある。最初は体を起こして書いていたが、数ヶ月
             すると、あおむけでペンを握った。しかし、八月ごろになると体の衰弱と激痛のためほとんどペンを持つ
             ことができず十二月初旬まで日記はない。この間は読書に熱中し、その量も膨大なものになっている。
             だが、死期の迫った十二月十五日、必死の思いで書いたと見られる文が二ページほどあった。エンピツ
             で弱々しく書かれていた。おそらくこれが絶筆になったと思われる。病気は骨肉腫であった。」

             高校生であった私はこの手記を読んだとき、運命の非情さ、不条理さに愕然としたのを思い出します。
             それから今日までこの川畑朋子さんの新聞一面に掲載された手記をずっと保存してきました。何故
             保存してきたのか、それは彼女が死んでも彼女の想い、生きた証は忘れてはならないというものだった
             かもしれません。あれから35年が経とうとしています。今、子の親となって、その感じ方に違うものが
             交差しているのに気づきます。それは親の悲しみです。我が子を幼くして亡くした方の気持ち、高校生
             当時にはわからなかったものです。

             この川畑朋子さんの手記が文献になっているのを知ったのは今日のことです。もう既に絶版ですが、
             古本があるのを知り注文していました。「十五歳の絶唱 骨肉腫で亡くなった川畑朋子さんの記録」


            ここでもう一人の少女のことを話したいと思います。名前を「雪絵ちゃん」と言います。多発性硬化症
            という病気を患いながら、養護学校の先生の私生活での愚痴にいつも「良かったね」と返してくる子ども
            でしたが、幼くして亡くなってしまいます。詳しくは「雪絵ちゃんの願い」に詳しく書かれていますので是非
            お読みいただければと思います。また雪絵ちゃんのことを紹介した講演会の模様を収めたCDも販売されて
            おります(「エコ・ブランチ」)。最後にこの雪絵ちゃんの誌を紹介します。


                                   ありがとう

                                   ありがとう、
                             私決めていることがあるの。
                             この目が物をうつさなくなったら目に、
                             そしてこの足が動かなくなったら、足に
                             「ありがとう」って言おうって決めているの。
                             今まで見えにくい目が一生懸命見よう、見ようとしてくれて、
                             私を喜ばせてくれたんだもん。
                             いっぱいいろんな物素敵な物見せてくれた。
                             夜の道も暗いのにがんばってくれた。
                             足もそう。
                             私のために信じられないほど歩いてくれた。
                             一緒にいっぱいいろんなところへ行った。
                             私を一日でも長く、喜ばせようとして目も足もがんばってくれた。
                             なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき
                             「なんでよー」なんて言ってはあんまりだと思う。
                             今まで弱い弱い目、足がどれだけ私を強く強くしてくれたか。
                             だからちゃんと「ありがとう」って言うの。
                             大好きな目、足だからこんなに弱いけど大好きだから
                             「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの。
                             たぶんだれよりもうーんと疲れていると思うので……。


2009.7.23    灰色の青春時代を送っていた高校の時、今でも私の宝物である一つの本に出会った。私の家には
             クリスチャンはいないのだが、何故か家にこの本があった。家族の誰も手にとったことがなく本棚に
             置かれていた本、それが小林有方神父が書いた「生きるに値するいのち」だった。小林神父は良寛
             様と言われるほど、人々の悩みや痛みを肌を通して理解できた数少ない聖職者だった。その小林
             神父が昭和35年(1960年)に出したこの本には沢山の「美」が咲き誇っていた。当時悩んでばかり
             いた私にとってこの本の中で語られる「美」はどれほど希望を与えてくれただろう。小林神父は教皇
             パウロ6世よりカリスマ刷新調査の任務を託されカリスマ刷新の指導者として世界的に知られ、仙台
             教区長などを歴任されたが1999年、故郷の神戸市で逝去された。90歳だった。

             この「生きるに値するいのち」の中で語られた一つの実話が今でも心に響いている。この本の中で
             語られるさまざまな「美」、それはまるで大きな花束のよう色鮮やかに咲き誇っていた。今、私は教会
             から離れてしまったけれど、灰色の青春時代に心に希望を灯してくれた唯一の書だったのです。
             以下この本からの引用です。

             ところで、先年、ヨーロッパを旅行中、私は一つの興味深い話を聞きました。どこでしたか町の名は
             忘れましたが、何でも、ドイツとの国境近くにあるフランスの一寒村に、今度の大戦中に戦死した、
             フランスのゲリラ部隊十数名の墓があるのですが、その墓に混じって、ひとりの無名のドイツ兵の墓が
             一つ立っているのです。そしてすでに、戦争も終って十数年経った今日も、なお、その無名のドイツ兵
             の墓の前には、だれが供えるのか手向けの花の絶えたことがないとのことです。いったい、そのドイツ
             兵とは何者なのかと尋ねると、村の人々はひとみに涙を光らせながら、次のように話してくれることでしょう。

             それは第二次世界大戦も末期に近いころのことでした。戦争勃発と共に、電光石火のようなドイツ軍の
             進撃の前に、あえなくつぶれたフランスではありましたが、祖国再建の意気に燃えるフランスの青年たち
             の中には、最後までドイツに対するレジスタンスに生きた勇敢な人々がありまして、ここかしこに神出鬼没
             なゲリラ戦を展開しては、ナチの将校を悩ましておりました。が、武運拙くと言いましょうか、十数名のゲリラ
             部隊がついに敵の手に捕らえられました。残虐なナチの部隊長は、なんの詮議もなく、直ちに全員に銃殺
             の刑を申し渡しました。ゲリラ部隊の隊員の数と同じだけのドイツ兵がずらりと並んでいっせいに銃を構え、
             自分の目の前のフランス兵にねらいを定めて「撃て!」という号令を待ちました。と、間一髪、ひとりのドイツ
             兵が、突然叫び声をあげました。

             「隊長! 私の前のフランス人は重傷を受けて、完全に戦闘能力を失っています。こんな重傷兵を撃ち殺す
             ことはできません!」 今まで、かつて反抗されたことのないナチの隊長は怒りに目もくらんだように、口から
             泡を吹きながら叫び返しました。「撃て! 撃たないなら、お前も、そいつと一緒に撃ち殺すぞ!」と。けれど、
             そのドイツ兵は二度と銃を取り上げませんでした。ソッと銃を足下におくと、静かな足取りで、ゲリラ部隊の中
             に割って入り、重傷を負うて、うめいているフランス兵をかかえ起こすと、しっかりと抱き締めました。次の
             瞬間、轟然といっせいに銃が火を吐いて、そのドイツ兵とフランス兵とは折り重なるように倒れて息絶えて
             行ったというのです。 (中略)

             しかし、そのドイツ兵は撃ちませんでした。のみならず、自分も殺されて行きました。ところでなにか得が
             あったかとお尋ねになるなら、こう答えましょう。ひとりのドイツ兵の死はそれを目撃した人々に忘れ得ぬ
             思い出を残したのみならず、ナチの残虐行為の一つはこの思い出によって洗い浄められ、その話を伝え
             聞くほどの人々の心に、ほのぼのとした生きることの希望を与えました。ナチの残虐にもかかわらず、
             人間の持つ良識と善意とを全世界の人々の心に立証したのです。このような人がひとりでも人の世にいて
             くれたということで、私たちは人生に絶望しないですむ。今は人々が猜疑と憎しみでいがみ合っていはいて
             も、人間の心の奥底にこのような生き方をする可能性が残っている限り、いつの日にか再びほんとうの
             心からの平和がやって来ると信ずることができ、人間というものに信頼をおくことができる・・・・これが、
             このドイツ兵の死がもたらした賜物でした。どこの生まれか、名も知らぬ、年もわからぬこの無名の敵国の
             一兵士の墓の前に戦後十数年を経た今日、未だに手向けの花の絶えることのないという一つの事実こそ、
             彼の死の贈物に対する人類の感謝のあらわれでなくて何でありましょう。(後略)

             「生きるに値するいのち」小林有方神父 ユニヴァーサル文庫 昭和35年発行より引用


2009.3.14    私が18歳のとき、一人で北海道各地を旅したことがあり、阿寒湖の近くだったかアイヌが住む
             近くのお土産やで興味半分に「ここはアイヌの人が住んでいるんですか?」と中年の女性の
             店員に聞いたことがある。その女性が半ば警戒したような様々な感情が入り混じった眼で一瞬
             私を睨んだような気がした。私はこの時初めて自分がアイヌに関して何も知らず、そして彼らが
             辿ってきた歴史に何か隠されたものがあると感じ、そんな軽はずみな質問をした自分を恥ずかし
             く思った。それから月日が流れアメリカ先住民インディアンの言葉にひかれるようになったのだが、
             何故か日本の先住民族、アイヌや奄美・沖縄の人たちのことを積極的に知ろうとはしなかった。


             奄美は幼少の頃育ててくれた土地だし、あの時のアイヌの女性の眼は時々私の脳裏をかすめて
             いたのだが。遠くの国のインディアンの悲惨な歴史や精神性に関心を持ち、世界各地の先住民の
             ことを知る途上で、アメリカと全く同じ差別的な政策が日本に移入されアイヌを苦しめていた事実を
             初めて知った自分。無知とはなんと恐ろしいことだろう。自分の足元でインディアンと同じ歴史が繰り
             広げられ、その豊穣な精神性が過去の記憶になりつつあった。私たちの祖先やその隣人がアイヌ
             の人たちにどのようなひどい仕打ちをしてきたか。私自身の足元で行なわれていた迫害、遠い国
             のアメリカのインディアンたちが受け続けてきた迫害の歴史が、この日本でも行なわれていたとい
             う事実。「美しい国、日本」「単一民族、日本」、冗談ではない。何が美しいのか? 伝統文化、宗教
             をことごとく破壊し、強制移住させてきた日本人の何処が美しいのだろう。言葉や文化、宗教が違う
             先住民族がおりながら、日本は単一民族と言い張る下劣な人間が何故いるのだろう。

             確かに国家権力と結びつく前の原始神道の価値観は、アイヌ、奄美・沖縄と共通した多くのものが
             あり、それが現代も生き続けてきたことは唯一日本の救いなのだが、その反面、その母体である
             アイヌの全てを破壊してきたのも日本人であることを私たちはどのように感じるべきなのだろうか。

             この「アイヌ&奄美・沖縄の言葉と文献」をインディアンの項目に置きます。インディアンや先住民に
             関心を寄せる人が、日本の先住民にも眼を向けて欲しいと願うからです。まだまだ未熟な項目です
             が、少しずつ充実していければと思っています。


2008.12.22   私は過去に大きな罪を犯したことがある。それはずいぶん前に身体障害者の施設に勤めてい
             たときのことだが、ある一人の男性が入所してきた。その方は以前ホストだった方で病気に
             より体が不自由になった人である。ベッドにはナースコールというものがあり、体の異変だけで
             なく日常のさまざまな用事など頼む際にもこれを使っていた。何が原因かわからないが、この
             方は頻繁にナースコールを使って職員を悩ませていた。その方の用事が済んで、部屋を出る
             とまた直ぐにナースコールがその方からあるという日々の繰り返しだった。
             ある日、私は彼の朝食の手伝いをしていたが、食後に彼がむせこんでいた。私はそれがなく
             なるまで介護したが、彼が大丈夫だと言うので、部屋を後にし、10分後に見に行ったときにも
             同じ返事が来てすっかり安心しきっていた。
             それから30分後彼からナースコールがあったが、私は緊急性はないと思い、後でもいいと彼
             の部屋に行かなかった。しばらくして他の職員が彼を見たのだが、良く眠っているという報告を
             受け、敢えて起こす必要もないと思い、他の仕事をしていた。
             昼食時、彼の異変に気づいた職員からの報告を受け、近くの病院に運んだが、その30分
             後に亡くなっていた。

             亡くなった原因は朝食に出た味噌汁のわかめが喉につかえていたことによるものだった。
             口の中に残っていたわかめが、後で喉につかえてしまったということだった。
             今思うと、何故彼からのナースコールがあったときに直ぐに行かなかったのだろうという後悔
             に満ちている。彼からのナースコールは苦しい状態の中で押されたものだったのではないだ
             ろか。その後良く眠っていたという報告を受けたが、それを確認しなかった自分。そう思うと、
             取り返しのつかないことをしてしまったと今でも後悔し、その方に申し訳ないことをしたという
             気持ちにさいなまれる。「狼と少年」ではないが、自分自身もこの物語の街の人々と同じよう
             に感覚が麻痺していた。今、私は彼に自分のしたことを心からあやまりたい。


2008.11.26   美輪明宏と江原啓之が霊視し人生のアドバイスをする番組「オーラの泉」に関して。
             普段このような番組は敬遠するのだが、先日の番組の中で、美輪明宏が言った言葉に対して
             細木数子に持った違和感と同じものを感じてならなかった。それは「子供は親を選んで生まれ
             てくる」という発言だが、確かにそう信じることにより「この子は私を選んだのだから大事に育て
             なければ・・・・」という気持ちがより強くなることは事実だと思う。しかし、親からの虐待で子供
             が亡くなる、或いは心にトラウマを刻まれて一生それを抱えながら生きていかなければならな
             い子供たちがいることを、彼ら美輪明宏と江原啓之には感じることが出来ないのだろうと私は
             思う。

             もし日頃からこのような悲惨な事件に心を痛めている人間だったら、決して上のような発言は
             するはずもないし、出来るはずがないと思うのは私だけだろうか。幼いころに受けた心の傷は
             死ぬまで癒すことの出来ない深い闇を刻み込むものだと私は感じている。そしてその闇を正面
             から見つめなおすことが出来ても、傷は死ぬまで残り、悪夢にうなされることもあると思う。

             しかしそれでも人は生きていかねばならない。どんなに小さくても希望や喜びがきっとあること
             を信じて毎日毎日を生きていかねばならない。どんなに苦しい人生でも、小さな希望や喜びを
             感じる心があるから人は生きていける。しかし、虐待を受けた幼い子供のことを思うと、とても
             そう言切ることが出来ないのだ。子供にとって悪夢の生活の中にあっても、どんな些細なこと
             でも必死にそこに希望や喜びを見いだそうとしても、その芽は暴力的に摘み取られてしまう。
             
             僕はもっと違う親に生まれてきたかった、と心から叫んでいるのではないだろうか。

             彼ら美輪明宏と江原啓之にしてみれば、だからこそ生まれてきた子供を大事に育てなければ
             ならないという詭弁が返ってきそうだが、それは育児論、教育論という性質のものでしかな
             く、現実に苦しんでいる子供からしてみれば傍観者のきれいごとにしか映らないのだろう。
             君自身の選択でこの親を選んだんだ、と虐待を受けている子供の目の前や、虐待で亡くなっ
             た子供のお墓の前で、彼ら美輪明宏と江原啓之はそう言い切れるのだろうか。


             美輪明宏と江原啓之が前世について言及しているが、確かに前世や生まれ変わりという宗教
             伝統は世界各地で見られる。チベット仏教がそうだし、インディアンのある部族はそう信じてお
             り、沖縄でもユタ(シャーマン)でもその立場に立っている人がいます。美輪明宏と江原啓之に
             は何かが見えているのかもしれませんし、それがどのようなものか私にはわかりません。ただ
             彼らやニューエイジの人たちが使う前世とは、大地に根ざした太古からある宗教伝統とは異質
             なものかも知れないと思うことがあります。いつかこのことについて書こうと思いますが、まだ
             自分自身の中で解決されていないことが多々あるのも事実です。


2008.11.18   私が今まで生きてきた中で、深く心に響き、ずっと大切にしてきた曲が三つある。
             一つは、ドン・キホーテを描いた映画「ラ・マンチャの男」の中で歌われる「見果てぬ夢」。
             二つめはグノーの「アヴェ・マリア」

             三つめは「ミスター・ボージャングル」という曲だ。初めてこの曲に出会ったのは今から30年
             ほど前に、NHKの番組で布施明が歌っていたのを聴いたときだ。それまで当時の布施明の
             何か甘ったるい歌い方に嫌悪感さえ持っていた私だったが、この時の布施明の見事な表現
             力にテレビに釘付けになっていた。布施明が歌っていた日本語の歌詞は、原曲とは少し異な
             るが、この曲が持つ世界を見事に体現していた。元々はジェリー・ジェフ・ウォーカーが経験し
             た実話から作られた曲で、ジェリー・ジェフ・ウォーカー、ボブ・ディラン、ニーナ・シモン、サミー・
             デイヴィス・Jrなど多くの歌手が歌っている名曲である。

             私もいつかこの曲の老人のように、悲しんでいる人に対して明るいステップで踊りながら、悲し
             みを癒してしまう人間になりたいと思っていたが、今の私にはとても出来そうにない。

             残念なことに私が最初に聴いた布施明の「ミスター・ボージャングル」の映像は残されていな
             いが、三谷幸喜・脚本・演出のミュージカル「オケピ」の中でオーボエ奏者(布施明)が20年ぶ
             りに別れた娘と再会する場面で唄うイメージがとても似ている。

             「私の愛する音楽」にこの布施明の「オケピ」の一場面と、、「ミスター・ボージャングル」(日本
             語訳つき)を歌ったサミー・デイヴィス・Jrの映像を載せました。多くの歌手が歌っているこの曲
             ですが、私自身一番感銘を受けるのはこのサミー・デイヴィス・Jrのものです。
             この曲を最初に聞かせてくれた布施明と、魂を揺さぶる世界を見せてくれたサミー・デイヴィス・
             Jrに心から感謝したいと思います。


2008.11.16   「私の愛する音楽」を更新していて、昔の記憶が懐かしく想いだされていた。20代の私は悩み多く
             倒れそうになっていたが、そんな時いつも聞いていたのがマヘリア・ジャクソンの「黒人霊歌」で、
             どれほどの慰みと勇気をもらったことだろうか。黒人霊歌といっても沈痛な曲もあるし、苦しい現実
             に負けないとする力強い曲もあり、そのどちらも好きだった。それから暫くして知ったのが同じ黒人
             女性歌手で巨匠トスカーニから「100年に一度の声」と称賛されたマリアン・アンダースンだった。
             オペラ歌手としても活躍していたが、私にとって彼女が歌う黒人霊歌は特別な存在になっていった。
             その情感ある低音の響きに私の心も同じ波長で震えていた。マリアン・アンダースンは人種差別に
             も積極的に戦い多くの人たちの共感をも生んでいったが、1993年4月8日、96歳の生涯を終える。
             彼女が残した歌声と精神はいつまでも私の心に慰みと勇気をもたらしていくと思う。

             幸いなことにYouTubeで、過去・現在の貴重な映像などがあり、それぞれの項目に貼り付けるよう
             にしました。「私の愛する音楽」、もっともっと紹介したい曲がありますが、少しずつ更新できればと
             思っています。


2008.9.21    古今を問わずチェスを愛した数多くの人の中で、人間として最も尊敬を感じるのは誰だろうか? 
             アビラの聖女テレサ法王レオ13世トルストイツルゲーネフ、セルバンテス(「ドン・キホーテ」の
             作者)、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(「星の王子さま」の作者)、プーシキンなど。チェス棋士
             では、旧ユーゴスラビアの国民的英雄であったパッハマン、彼は共産主義であった当時のユーゴ
             スラビア生まれの著名なチェス名人で、自由化(プラハの春)を訴え「二千語宣言」を起草した一人
             でしたが、ソ連軍が軍事介入(チェコ動乱)し、彼は投獄されてしまいます。数ヶ月に及ぶ拷問を受け、
             自殺を図ったこともありますが、世界中のチェスファンの嘆願により解放され、西ドイツに移住する
             ことが許されました。そんなパッハマンも2003年の3月6日78歳で亡くなりましたが、彼のチェス
             の戦略を書いた本は今でも名著として高い評価を得ています。そして、このチェコ動乱の際に、ソ連
             期待の天才チェス棋士スパスキィは、他のソ連選手と違い、直後の国際トーナメントで黒の腕章を
             をつけて試合をし、暗にソ連を非難する行動を取っています。私も含めて、日本人には想像もつか
             ないことだと思いますが、当時の体制に異論を唱えることはどれ程危険なことだったでしょう。
             スパスキィはその後、伝説になった故フィッシャーとチェス世界選手権(1972年)を戦いますが、
             彼が暗にソ連に抗議した行動は、世界中のチェスファンの胸に今も刻まれています。

             人間として最も尊敬できる、チェスを愛した人。この中から一人を選ぶことはとても出来ません。
             それぞれが虹のように異なる光を放ちながら、美しい調和の中で私の中に生きています。ただ
             チェスを愛した人の中で悪人も沢山いたことも事実で、私も勿論その中の一人です。だからと
             言ってはおかしいですが、毒舌に満ちた言葉でチェスのことを書いてみました。
             「毒舌風チェス上達法」、まだ未完成ですが、これもまた私なのです。


2008.8.27    私自身映画を見るのは好きだが、どうしても見ることが出来ない、見れない映画がある。それは
             オカルト映画と言われるものだ。若いころ一度見て気分が悪くなって以来、見ることを避けてきた。
             或いは、避けるというよりもこのような映画を見ること自体、自分の中に悪をひきこむことになるの
             ではないかという恐れがその時、生まれたような気がする。別に悪魔の存在を身近に感じたわけ
             でもなく、ただ何となくだが、オカルト映画の製作者の意図に何か別の存在の力を感じていたの
             かも知れない。まあ、私自身すでに悪に毒されている人間であり、このようなことを言うと滑稽に
             聞こえるのだが。

             ただ「エミリー・ローズ」という実話を元にした映画は、実話とは少し違うものの、エクソシスト(司教
             から任命された悪魔祓いを行う司祭)に悪魔祓いを受けた少女について法廷で争う物語で見入っ
             てしまった。本当に悪魔が憑いているのか、それとも精神的な病の一種なのか、これは現代でも
             意見が分かれることだろう。私自身、以前、ドミニコ・モンドローネ神父が悪魔と対話した内容を
             本にしたものを見たためか、今でも悪魔と勇敢に戦った少女の墓は信者の巡礼の地となっている
             ことに自然にうなずくことが出来る。アッシジの聖フランシスコ、数々の奇跡(千里眼、二箇所同時
             に存在など)でヨハネ・パウロ二世によって列福されたピオ神父は、毎日のように悪魔に苦しめら
             れたいた。そしてこのピオ神父とも親交があった著名なエクソシスト、カンディド神父。ピオ神父は
             カンディド神父のことを「神の心をもつ司祭」と呼んでいたが、カンディド神父そしてエクソシストを
             非常に深く掘り下げた文献「エクソシストとの対話」島村菜津著は、エクソシストとは何者かにつ
             いて教えてくれると思う。

             この本の著者、島村菜津氏はカンディド神父についてこう書いている。
             「だが、その断片の輝きは、数々の癒しやミステリアスな現象にもまして、厳しい信仰と清貧を貫き、
             他者のために自らを消耗し尽くしたひとりの宗教者の精神力に支えられていた」
             そしてカンディド神父の臨終の言葉で今日は終わりにしたいと思う。
             「・・・・汝、いかに主に愛されしか・・・・汝、いかに主に愛されし・・・・か・・・・」


2008.7.10    先月紹介しました、コエン・エルカさんと渡辺一枝さんの対談会。まだ10名ほど余裕があるようです。

             私が初めて九州から東京へ上京したとき、降り立った東京駅の人の多さに驚き、そしてその全ての
             人が犯罪者のように見えたものだ。田舎に住んでいると悪いニュースの多くは東京発信からのもの
             が多く、そのような先入観で見てしまったのはある意味で当然かも知れない。

             東京で最初に住んだのは巣鴨にある新聞配達店で、この地を約30年ぶりに妻と共に訪れた。
             まだその配達店の建物は残っていたが、違う会社の看板がかけてある。当時共に働いていた仲間
             は今頃どうしているのだろう。それぞれが仕事と学業の両立を目指していたが、私のように大学に
             授業に失望したり、目標を失ってしまった人も何人かいた。自分の配達区域のお客さんで北海道
             から出てきた女性の方がおり、集金のたびに話し込んだり、本や音楽テープの交換をしていたのが
             この巣鴨では一番の大事な思い出なのかも知れない。当時の僕は彼女に恋していた。その彼女が
             働いていた「すがも園」という、とげぬき地蔵通りに入って直ぐの食堂に初めて妻と入った。当時は
             この食堂の前は幾度となく通ったが、中に入るのはこれが初めてだった。当時の自分の気持ちなど
             妻は微笑みを浮かべながら聞いていた。

             巣鴨を後にし、護国寺に降り立ち妻が学生時代住んでいた修道院の寮を訪ねた。もう30年前だか
             ら残っていないかもしれない。迷った挙句その修道院が昔のままの姿で残っており、たまたまそこ
             から出てきたシスターと妻は話していた。

             この小さな旅はずっと前から行かなければいけないと思いつつも、中々実現できないでいた。
             そして最後は二人の出会いの場である四谷に向かった。イグナチオ教会、昔の教会は現代風のもの
             に変わっている。この地では本当に多くの出会いがあった。アッシジの聖フランシスコは勿論のこと、
             多くの神父さんや級友たち、そして妻との出会い。皆が仕事をしながら夜間の授業に来ていたので、
             その意味での絆は強かった。私も当時は築地市場で働いており、毎日朝4時起床、帰りは夜10時く
             らいの日々が続いたが、それを苦労と思ったことは一度もなかった。今想うと、この頃が一番心身とも
             に充実していた時期だったように思う。

             築地市場では「梅村屋」という所で働いた。ここには私のような若者が多く勤めており、それぞれに
             夢を持って生きていた。絵描き、俳優、音楽家などそれぞれ目標は違うが、その想いは皆一途だった。
             清成さんだったか絵描きを目指しており、彼のグループ展や引越しの手伝いに行ったものだ。また
             まるでイエス・キリストのような顔をした「TAO」というバンドのリーダーの小さなコンサートにも行ったが、
             恐らく目標を達成した人はあまりいないだろう。どんな世界でもそこで生活の糧を得ることはとても
             難しいものだと思う。

             ただ、たとえその道で成功しなくても、青春時代をこのような夢に向かって、がむしゃらに突き進んだ
             ことは、決して無駄ではないと思う。たとえ成功しなくても、精一杯夢にかけた生きざまは、それぞれの
             人が真剣に生きた証であり、それが後の人生においても何らかの形で彼の人生に影響を与えている
             と思うからだ。夢は皆に開かれているが、それをつかむことができるのは極わずかな人たちだけだ。
             でも、人は生きていかねばならない。夢破れて苦い思い出になっていても、それは決してその人の
             人生を後退させるものではないと思う。

             書きたいことは一杯ありますが、長くなりますので今日はここで終わります。


2008.7.3     仕事前の早朝や休日の日など、睡蓮鉢の中を泳ぐメダカや睡蓮の成長をじっと見ている時間が
             長くなっている。昔から、いつか家に大きな水槽を置き魚を自由に泳がせたいという願望を持って
             きた。今でもその願望はあるが、睡蓮鉢で泳ぎ回っているメダカを見ていると、家の中での飼育は
             ライト、フィルター、ヒーターなど機械がないと飼育できないし、そのことに違和感を持ち始めてしまっ
             ているのも事実だ。もっと自然に人工的なものにあまり依存しない環境での飼育に最近はひかれ
             ているようになっている。

             話は変わるが、動物園に関しても私は抵抗がある。本来動物たちは危険と隣り合わせだが、自然
             の中で生きるのが幸せではないかと思う。何か動物園の動物たちを見ていると、さぞ自然の中で
             自由に生きていたいだろうと思うことがあるし、そう思うと悲しくもなる。

             我が家にはモルモットとハムスターがいる。いずれも娘が友達からもらってきた動物たちだ。子供が
             増えすぎて仕方なく友達が娘に頼んで引き取った命だ。二匹の動物たちはそれぞれのゲージの中
             で生きている。でもそれは本当に生きているといえるのだろうかと思う。自分の同胞たちもいない
             空間で死ぬまでの時間を刻まなければならない。確かに人間にとって癒しにはなるかも知れない
             が、動物たちにとってそれは監獄と同じなのかも知れないと思うことがある。そう感じさせないため
             に日々接しているが、自分がしていることの矛盾に悩むことも多い。


             7月12日のコエン・エルカさんと渡辺一枝さんの対談会、私も参加予定でしたが、仕事が入り行けな
             くなりました。本当に残念です。


2008.6.26    今日親父の夢を見た。九州から関東に出てきた親父は、ふいに私の部屋に入ってきて一言二言言った
             後、私のベッドにもぐりこんでしまった。何か心配事があったのかなと思い、また部屋に入る時の親父の
             目を思い出すと、何かとても疲れたように落ち込んでいたのが気にかかった。
             そんな何か妙に現実感のある夢だった。

             私は思春期の頃から親父のスパルタ教育を受けて育ってきた。毎日のように私が勉強している背後
             に親父は立ち、間違えると殴らる日々が続いた。

             そんな記憶は振り返りたくないのは今でも同じかもしれない。間違えたらどうしようという怖れで勉強しな
             ければならなかった私は、いつのまにかどもりになってしまった。人と話すとき言葉がうまく出ないのだ。
             
             思春期を過ぎてもこのどもりは治らず、今も引きずっている。時々、あんな教育さえ受けていなかった
             らと思うことがある。親父のあのような教育さえなければ、もっと違う人生を歩いていたんじゃないかと
             今でも時々思うことがある。人と思いっきり自由に思っていることを話すことができる人生を想像して
             みたりもする。

             親父はまた私の母に時々暴力を振るっていた。私が小学生低学年の頃、親父に殴られた母が風呂
             場で泣いているとき、わたしは母に近づいてその背中をさすり、母は泣きながらうなずいていた。
             この記憶だけは今でも私の脳裏に焼きついて離れない。親父への憎しみが生まれたのはこの時だった。

             そんな親父が亡くなって4年が過ぎてしまった。
             勿論、小さい頃はキャッチボールの相手をしてくれた親父であったし、海上保安庁という仕事柄、遭難
             船があれば嵐の中、救助に向かう海の男だった。尊敬と憎しみ、この二つの親父に対する気持ちを
             抱えながら生きてきた。私が成人した後、一緒に居酒屋で酒を飲んでいたとき、急に親父が年をとった
             ように見えたことがある。その時に、憎しみは少しずつなくなってきたように感じる。

             夢に出てきた親父は、きっと私のことが心配で来たんだなと思う。
             天国があるかどうか私にはわからないが、もしあるとしたら親父は天国にいると思う。家庭内では問題
             があったが、親父たち巡視船の海の男に助けられた人は数多いだろう。もし自分が嵐の中、沈没しそう
             になった時、遠くに救助に来た巡視船の船の灯りが見えたらどんなに歓喜し感謝することだろう。
             今、公務員叩きがはやりになっているけれど、このように自分の命をかけて仕事をしている公務員が
             いることだけは忘れて欲しくない。勿論、甘い汁を吸っている人間もいるとは思うけど、全てがそうで
             はないと強く言いたい気持ちに駆られる。


             話は変わりますが、今まで文献などの紹介を中心にこの更新履歴を書いてきましたが、これからは
             自分が普段思っていることなどを書いていこうと思っています。


2008.6.18    このページで度々紹介してきたコエン・エルカさんと渡辺一枝さんの対談が7月12日、新宿の
             セッションハウス・ガーデンにて行われます。
             コエン・エルカさんは中央アジア騎馬民族の血を引く一人としてアメリカに生まれ、インディアン
             のシャイアン族の養子となり、アメリカ政府の先住民に対する様々な弾圧に抗し、自由と独立の
             ための運動に参加してこられ、現在日本に住んでおられます。
             渡辺一枝さんは、1987年以来、チベットへの旅を重ね多くの著作と写真を発表しております。
             この対談のパンフレットを掲載しますので、見ていただけたら幸いです。

             「渡辺一枝対談シリーズ“境界線を越えて” 渡辺一枝+コエン・エルカ
             日時2008年7月12日(土) 午後2時(会場は30分前)
             場所 セッションハウス・ガーデン
             参加費 1500円
             申し込み受付 6月30日(月)午前10時〜
             TEL 03-3266-0461 FAX 03-3266-0772

             私も状況が許せば参加したいです。

             6月15日に昔から夢だった睡蓮(スイレン)を育てています。泥の水の中でも可憐な花を咲か
             せる睡蓮に、どんな苦しい悲惨な状況であっても、心の中に真っ直ぐな芯をもっていればいつ
             か花開くというイメージを重ね合わせていたのかも知れません。今の私は純粋な心から縁遠く
             なってしまいましたが、この睡蓮だけは大事に育てていければと思っています。
             私にとって睡蓮は泥まみれになった自分に、美があると教えてくれた存在であり、安堵に似た
             慰めをいつも心にもたらしてくれた花なのです。


2008.6.15    次のシャーマニズム(シャーマン)に関する文献を加筆、掲載しました。
             「シャーマニズムの精神人類学」癒しと超越のテクノロジー ロジャー・ウォルシュ著 
             安藤治+高岡よし子訳 春秋社
             「ベロボディアの輪」シベリア・シャーマンの智慧 オルガ・カリティディ著 管靖彦訳 角川書店
             「時の輪」古代メキシコのシャーマンたちの生と死と宇宙への思索 カルロス・カスタネダ著
             北山耕平訳 太田出版
             「境界を超えて シャーマニズムの心理学」ドナルド・リー・ウィリアムズ著 
             鈴木研二・堀裕子訳 創元社
             「ユタ」の黄金言葉 沖縄・奄美のシャーマンがおろす神の声 西村仁美著 東邦出版

             シャーマニズム、これは人類最古の宗教的あるいは医学的、心理的なものの源泉であるが、
             それをどのように自分の中に構築しようとも、摩訶不思議な神秘的な次元に立っており、それ
             に近づくことさえ出来ないのを感じる。またシャーマニズムが持つ特性として、ある一つの教義
             に縛られることがないため、それぞれの土地の風土や、そこに生きる人々の集合体としての
             意識(無意識を含む)の指向性により、多種多様な形のシャーマニズムが世界各地で存在し
             てきた。しかし、形は異なるにせよシャーマンは自然の神々と人間を結ぶ架け橋であり、それ
             を通して、人々は霊的な教えに触れ、心と体を癒されてきた。

             「ユタの黄金言葉」という、沖縄・奄美のユタ(シャーマン)11名の言葉を集めた文献がある。
             ユタの多くが女性であり、その召命は自ら選んだものや世襲制ではなく、文字通り神の召し
             だしによって選ばれた特性を持つ人たちである。このようなシャーマンとしての特性は、世界
             中においても、奄美・沖縄にしか見られないものかも知れない。ユタは自然の神々や亡くなっ
             た祖先を実際に見たり、それらの声を聞いたりすることが出来る。そして心や体の悩みをもっ
             て相談に来る人に対して、語りかける霊の声を代弁し助言するのである。この行為は悩んで
             苦しんでいたりする人を助けることであり、相談者の心をあるべき方向への導くものである。
             しかし、現代においてたとえ召しだしを受けても、ユタの道が険しいものであるため、その声
             に素直に従う人は少ない。実際この本で紹介されている11人のユタの殆どが「なりたくてユタ
             になったのではない。出来るならなりたくなかった」と述懐している。

             シャーマニズム、かつて世界中のシャーマンは多くの迫害を受けながらも現代に生き残って
             きた。昔NHKでも特集された著名なシャーマン、パブロ・アマリンゴは言う。「よい呪術師に
             とって重要な三つの要素は、まず第一に謙虚なこと、そして愛があること、それから高い霊性を
             持っていることだ。呪術師は学ぶための謙虚さ、悦びをもたらすための愛、よりよく生きるための
             霊性を備えなければならない。さらに、勇気があって強くなくてはいけない。」
             奄美・沖縄ユタの言葉を聞いていると、紹介された11名全てのユタがこの3つの要素を持って
             いることに気づく。そして私たちもその視点を持って生きていくことを求められているのだろう。
             そこにこそシャーマンが私たちに伝えたい真実があるのではないだろうか。


2008.6.12    次の文献を掲載しました。
             「ホピ 精霊たちの台地」アメリカ・インディアンからのメッセージ 青木やよひ著 PHP研究所
             「もし、みんながブッシュマンだったら」菅原和孝著 福音館書店

             ホピの予言はノストラダムスのものと違い、一つの部族全体がこの予言を二千年近く守り通して
             きたとても重みのある予言です。この予言の“浄化の日”が近づいていると感じた長老たちがその
             危険性を長年訴えてきました。マヤ文明の予言も同じく近い将来大きな転換点を迎えると解釈さ
             れています。不思議なことに、旧約聖書に書かれてある浄化である大洪水(ノアの箱舟)は、世界
             各地の先住民(ホピ族も含む)の神話の中にも同じ形で登場しています。過去に起こった浄化の
             神話と、これから起こるであろう予言の共通性を私たちは、どう捉えたらいいのでしょう。
             未来の子どもたちが、より良い世界で生きていけるようにと祖先たちの残した足跡は、物質文明の
             の登場と繁栄のもとで、自己本位の快楽の飽くなき追求という態度に消し去られようとしています。
             最近頻発している大きな自然災害は“浄化の日”の前兆なのかもしれません。ただその破滅へと
             向かう動きを転換することは可能だとホピの予言は私たちの心に訴えているのではないでしょうか。


2008.6.7     次の文献を掲載しました。
             「シモーヌ・ヴェーユ伝」ジャック・カボー著 山崎庸一郎・中条忍 訳 みすず書房
             「シモーヌ・ヴェイユ ひかりを手にいれた女性」ガブリエッラ・フィオーリ著 福井美津子訳 平凡社
             「シモーヌ・ヴェーユ 最後の日々」ジャック・カボー著 山崎庸一郎訳 みすず書房

             人生に衝撃を与えてくれた人と出会うのはそう多いことではないと思います。私の言う衝撃とは
             共感、羨望、恐怖のあらゆるものが入り混じった「出会い」かも知れません。私とヴェイユの出会
             いは衝撃的なものでありましたし、今も彼女が私に与えてくれている方向性は、それらの異なる
             感情の発露を見せつつも、闇に輝く指標として存在し続けています。燃え盛る火そのものであっ
             たヴェイユは、暗闇に輝く暖かさと、触れたもの全てを焦がしてしまうあらゆる火の特性を自分の
             身に体現した人でした。

             ヴェイユについて詳しくは「シモーヌ・ヴェイユへの私の想い」に書いてありますが、彼女の
             本質を垣間見ることができる言葉を紹介します。私自身、自分の心の中に凶暴性や残虐性
             が巣食っているのをいつも感じます。精神的に未熟という次元ではなく、もっと人間の根源的
             なところから発せられている感情なのかも知れません。そのような自分の闇の部分に対して
             人は、そして私はどう対処すればいいのでしょうか。

             純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である。(シモーヌ・ヴェイユ)


2008.6.5     次の文献を掲載しました。
             「アッシジのフランチェスコ ひとりの人間の生涯」キアーラ・フルゴーニ著 三森のぞみ訳 白水社
             「現代に生きる“太陽の讃歌”」フランシスコの環境の神学 エリク・ドイル著 石井健吾訳 サンパウロ
             「アッシジのフランシス研究」下村寅太郎著作集3 みすず書房


2008.6.2     オーストラリア大陸の先住民、アボリジニに関する文献を掲載しました。
             「生命の大地」アボリジニ文化とエコロジー デボラ・B・ローズ著 保苅実訳 平凡社
             「精霊たちのメッセージ 現代アボリジニの神話世界」松山利夫著 角川書店
             「ソングライン」ブルース・チャトウィン著 芹沢真理子訳 めるくまーる

             世界各地の先住民族の世界観、生命観は源泉は同じであっても、その泉に咲く花は驚くべき
             多くの色彩に彩られている。日本ではアイヌと沖縄・奄美の生活様式が全く違うように、それ
             ぞれの土地の風土に影響を受けながら多種多様な花を咲かせてきました。私自身まだアボリ
             ジニに関するこれらの文献を読んでいませんが、「歌の道」という表現される彼らの神話や世界
             観を学びたいです。「裸足の1500マイル」という実話の映画があります。アボリジニの子供
             たちを家族から引き離し、寄宿生活の中で徹底的に白人社会に同化させ、キリスト教化させら
             れた子供たちは“盗まれた子供たち”と呼ばれ、その自己存在基盤を喪失していきます。その
             ような背景の中で実話を基にして映画化されたのが「裸足の1500マイル」です。この映画を
             見てアメリカ・インディアンと全く同じ同化政策がオーストラリアでも行われていたという事実に、
             そして何よりも家族の元に帰りたいという一心で90日間もかけて1500マイルを歩き続けた少女
             の過酷な試練に怒りがこみあげてきたのを思い出します。この映画に関して詳しくはこちら
             見てくださればと思います。

             同化政策、何が白人をこのような行動にせき立てるのだろうか。子供たちを親元から強制的に
             引き離すことに何の良心の呵責をもたない白人という人種、文明化されていないというだけで、
             先住民を自分たちより遥かに劣った生きものとしか見なかった白人という人種。そしてキリスト
             教化されていないというだけで彼らの文化には全く価値などないと思っていた白人という人種。
             勿論、過去から現在に至るまで全ての白人がこのような屈折した目をもっていませんでした。

             モーリス・ズンデル神父という人がいます。50年近く彼の視点は全く理解されず、教区から追わ
             れ続けた方です。このズンデル神父がようやく日の目を見たのは1972年 教皇パウロ6世により、
             ヴァチカンの黙想指導に招かれた時からでした。そしてその3年後、ズンデル神父は亡くなります。
             最後にこのズンデル神父の言葉を紹介しますが、キリスト教が初期からこのような視点を持って
             いたなら、その後2000年にもわたる多くの殺戮は避けられていたでしょう。また別な言い方を
             すれば、何故この視点に辿りつくまでキリスト教は何故2000年も時間を要したのか。この長い間
             にどれだけの血と涙が大地に落ちたことでしょう。

            キリストを愛するとは、すべてを愛することである。彼とともにすべてを愛するのでなければ、
            イエス・キリストを愛しているとは言えない。私たちはブッダを愛する。この人の誠実さはキリスト
            教的だから。マホメットもまたしかり。いのちと愛の足跡を見いだすところなら、どこにおいても
            人は安らぎを感じるであろう。なぜなら、そこで神に出会うからだ。(モーリス・ズンデル)


2008.5.31   次の文献を掲載しました。
            「ターコイズ 大地の贈り物 インディアン・ジュエリー」ワールド・ムック500 ワールドフォトプレス
            「ターコイズ 大地の贈り物 インディアン・ジュエリー チャールズ・ロロマ物語」
            ワールド・ムック626 ワールドフォトプレス

            インディアンが創る美術品として有名なのが銀細工やターコイズに代表されるジュエリーです。
            勿論、ジュエリー以外にも素晴らしいカチナ人形や陶芸品などがありますが、これらの美術品
            に共通するのは、それぞれの作品のデザインに彼ら独特の世界観が反映されているところに
            あると思います。私自身ジュエリーにはあまり関心がないのですが、それでもいつも肌身離さ
            ずつけているものが、木の葉の形をしたターコイズです。この木の葉のターコイズはスーザン
            小山さんというインディアンの文献を数冊出しておられた方を通して購入したものです。スーザン
            小山さんは静岡の出身で、成人した後アメリカの大学でインディアンと知り合い、それから彼ら
            インディアンのことを長年研究してきた方です。小山さんからは多くのことを教えられ、何度となく
            励ましをいただきました。今も心から感謝しています。現在インディアンのホームページは閉じて
            おられますが、いつかまた小山さんの書くものを読んでみたいです。


2008.5.29   「チェス」の項目を加筆しました。
            私が最初にチェスの本に触れたのは伝説になった前のチャンピオン、ボビー・フィッシャーを
            通してで、そのユニークな指導方法に夢中になってしまったものです。私の妻は義兄から
            チェスを教えてもらい、次に私が妻から教えてもらいました。最初は負けてばかりいました。
            そんな私を救ったのが前述した「ボビー・フィッシャーのチェス入門」でした。あれからもう
            30年が過ぎようとしているんですね。チェスを通していろいろな出会いがありました。当時まだ
            共産主義の東ドイツの人と郵便チェスをしたのですが、検閲にかかりそうな表現を避けていた
            こと、同じく共産主義のソビエトの人と郵便チェスをした時は、病院に薬がなく病気が悪化して
            いるから是非送って欲しいと頼まれ送ったことなど、チェスを通して世界の人が置かれている
            政治的な複雑な状況にカルチャーショックを受けたことがあります。日本はつくづく平和な国な
            んだと実感したんですね。


2008.5.28   次の文献を掲載しました。
            「精霊と魔法使い」アメリカ・インディアンの民話 マーガレット・コンプトン再話 
            ローレンス・ビヨルクンド絵 渡辺茂男訳 国土社
            「あるインディアンの自伝」北米ウィネバゴ族の生活と文化 ポール・ラディン著 
            滝川秀子訳 原ひろ子解説 思索社
            「民族の仮面」アフリカ、メラネシア、北米インディアン、エスキモー 
            桐島敬子著 岩崎美術社


2008.5.25   次の文献を加筆しました。
            「二人の小さな野蛮人」アーネスト・T・シートン著 中山理訳 秀英書房

            誰もが一度は耳にしたことがあるシートン、博物学者で「動物記」の作家としても良く知られて
            いると思います。このシートンの少年期の自叙伝的な物語がこの「二人の小さな野蛮人」です。
            二人の少年がインディアンを理想としたキャンプ生活を大自然の中で送り、森の生活の喜びを
            描いていますが、理想としたインディアンについては「レッドマンのこころ」という本の中で詳しく
            述べられています。私がインディアンに関心を持った最初の頃に読んだ「レッドマンのこころ」と
            リンダ・ホーガンが書いた「大地に抱かれて」は、数多いインディアンに関する文献の中でも
            特別な存在で、今も私の心に燦然と輝き続けています。


2008.5.23   次の文献を掲載しました。
            「クマとアメリカ・インディアンの暮らし」デイビッド・ロックウェル著 小林正佳訳 どうぶつ社

            娘が小学生3年の頃だったか、イエルク・シュタイナーの「ぼくはくまのままでいたかったのに
            という絵本を読んだのだが、その時以来私のことを「クマ」と呼ぶようになってしまった。外見は
            クマと似ていないと自分は思っているのだが、最近は「早く森に還りなさい」とまで言われてし
            まう。インディアンに限らずアイヌの人にとってもクマは親戚に近い感覚で敬われてきたと思い
            ます。先住民にとってクマとか蛇は「死と再生」の象徴的存在であり、そこに人生の模範を見い
            出してきました。クマや蛇を人間にとって有害な怖い存在としてしか見ることが出来ない人たち
            と、彼ら先住民の持つ視点との大きな隔たり。この隔たりは一体何故生まれたのでしょう。


2008.5.22   次の文献を加筆しました。
            「コロンブスが来てから 先住民の歴史と未来」
            トーマス・R・バージャー著 藤永茂訳 朝日選書
            「自分を信じて生きる」インディアンの方法 松本正著 小学館
            「インディアン・カントリーへ 続・国井印アリマス」国井律子著 ワールド・フォト・プレス

            「コロンブスが来てから 先住民の歴史と未来」のあとがきに、過去に自身でもインディアン
            の歴史の本を書いた藤永茂氏は次のように書いています。

            「コロンブスのアメリカ「発見」によって始まった、南北両アメリカの先住民に対する五百年の
            残虐の歴史は、まことにすさまじい。まさに「テリブル」である。このコロンブスの影、ヨーロッ
            パの白人たちの影は、黒々と今も南北のアメリカ大陸をおおっている。しかし、本書を読むこ
            とで、あらためて白人に対する怒りをたしかめ、白人をさげすみ、それによって一種のカタル
            シスを、快感を味わうつもりならば、その人は失望に終わるだろう。本書では、私たち日本人
            も「白人」の中に組みこまれているからである(本書第六章、第十一章)。インディアンに対す
            る残虐行為の昔話は読みあきた、映画でも見あきた、と思う人もあろう。ちょっと待っていた
            だきたい。本書の第九章を、とにかく読んでいただきたい。バルトロメ・デ・ラス・カサスが四百
            五十年前に描述したインディアンの虐殺が、今、この私たちの時代に、グアテマラの山中で
            進行中なのである。インディアンの苦境に同情し、インディアンを愛し、彼らの「自然と一体」の
            ミスティックな生活様式にほれこんだ人たちに対しても、本書は、苦い薬を用意しているかも
            しれない。この著者は「先住民を愛し、いつくしめ」とは、ひと言も言わない。ただひたすらに
            「わが身を糾(ただ)せ」と、私たちに迫るばかりである。動物愛護の先頭を切ると自負する人
            たちは、まず第一〇章を開かれるとよい。この本は、過去についての書物ではない。現在に
            ついて、未来についての書物である。先住民について語る以上に、私たちについて語ってい
            る。問題は、人権の問題である、と著者トーマス・バージャーは言い切る。本書の「エピローグ」
            は、コロンブスの大陸「発見」五百年を機に綴られた、最も美しく力強い文章の一つであろう。
            それは、四百五十年前のラス・カサスの言葉「人類は一つである」に呼応する。トーマス・バー
            ジャーは現代のラス・カサスである。」(「コロンブスが来てから」 訳者あとがき より引用)

            人権とは何かと問いながら、私も襟をただして読んでみたいと思います。


2008.5.19   次の文献を掲載しました。
            「きみが微笑む時」子どもたちの微笑がひらく、大地と地球の明日 
            長倉洋海写真集 福音館書店

            世界各地の紛争地で見た大地と地球の明日。それは子どもたちの微笑み、笑顔を通して
            垣間見ることができるのかも知れない。長倉洋海氏のこの写真集はこのことを雄弁に、そ
            して心の底からの安らぎと喜びを感じながら訴えかける。このような写真を撮ることができ
            るのは、長倉洋海氏自身が子どものような純粋さを持っているからこそかも知れない。紛
            争地での苦しみ、悲しみの中で必死になって生きている子どもたち。そしてその中におい
            ても微笑み、笑顔を忘れない子どもたち。彼らはきっと明るい未来への希望を無意識の中
            で追い求めているのだと思う。しかしだからこそ、そのような子どもの眼から大人たちは希
            望の光、微笑みを奪い取ってはいけないのだ。そのことを強く思う。


2008.5.15   次の文献を掲載しました。
            「大地にしがみつけ」ハワイ先住民女性の訴え ハウナニ=ケイ・トラスク著 春風社

            私たち日本人の多くは芸能人も含めて、ここぞとばかりにハワイを目指していく傾向にある
            ように思います。ハワイ先住民は100年前の王朝転覆から、アメリカの白人たちによって
            土地を奪われ続け、先住民の文化までも観光客のために商業化されてしまいました。楽園
            というアメリカ政府並びに観光業者の宣伝広告に踊らされた観光客が、怒涛のようにハワイ
            に押し寄せ、その観光客のための施設が次々と建てられていくことになります。その建設地
            は先住民にとって聖地であったり、先祖が眠っている土地であったり、日々の糧を得る貴重
            な畑だったりします。このような開発により、先住民がどうなるかなど一切考慮されることは
            ありません。アメリカの白人の頭にあるのは儲けだけなのでしょうね。自分自身の快楽のた
            めに、他の人間が犠牲を強いられることに何の感情も起きないのでしょう。アメリカの何処が
            民主主義なのでしょう。そしてそんなアメリカに追随している日本も同罪かも知れません。
            しかし思うのですが、何故、世界の先住民たちはこのような理不尽な苦しみを一身に背負わ
            なければならないのでしょう。文明化されていないというだけで、人間失格の烙印を押され、
            土地や生活の糧、そして残念ながら心までもキリスト教の宣教師たちによって踏みにじられ
            てきました。ハワイ先住民が大切にしていた「マーラマ・アーイナ」(大地を慈しめ)の文化は
            崩壊の危機に直面していますが、それでも著者のように勇敢に闘い続けている姿は、先住民
            全てにとって希望の光の一つなのだと感じてなりません。


2008.5.14   次の項目を加筆しました。
            「ブラザーイーグル シスタースカイ」酋長シアトルからのメッセージ 
            絵 スーザン・ジェファーズ 訳 徳岡久生+中西敏夫 JULA出版
            「酋長の系譜」(写真集) 新正 卓 著 講談社
            「人間が好き」アマゾン先住民からの伝言 写真・文 長倉洋海 福音館書店
            「世界をささえる一本の木」ブラジル・インディオの神話と伝説 
            ヴァルデ=マール 再話・絵 永田銀子 訳 福音館書店
            「インディアンは手で話す」ウィリアム・トムキンズ著 渡辺義彦 編著 径書房
            「インディアンの声を聞け」ワールド・ムック266 ワールドフォトプレス


2008.5.12   次の項目を加筆しました。
            「儀式」レスリー・M・シルコウ著 荒このみ訳 講談社文芸文庫
            「輝く星」ホピ・インディアンの少年の物語 ジョアン・プライス著 北山耕平訳 地湧社
            「白いインディアン」ジェイムズ・ヒューストン著 工藤政司訳 株式会社サンリオ


2008.5.11   「天主堂物語」木下陽一写真集 海鳥社 を掲載しました。
            先日紹介した4つの天主堂の写真集は木下陽一氏が自分のライフワークとして隠れキリシタンの
            里にある天主堂を撮り続けたものですが、この「天主堂物語」はその集大成と言えるものだと思い
            ます。木下氏は遠藤周作の「沈黙」を読んで、隠れキリシタンの歴史に関心を持ち、迫害が終わっ
            た後に隠れキリシタン達が建てた天主堂を追い続けてきました。写真の秀逸さは勿論のこと、その
            被写体を通して、祈りや長い苦難の歴史を感じさせてくれるものです。長い迫害の歳月をじっと絶え
            忍んできた隠れキリシタン、そして形は違う迫害に今も苦しめられ続けている世界各地の先住民の
            方たち。迫害する側に共通しているのは、国家による独裁政治の秩序維持あるいは物質的利益の
            ため、人々の心の自由を奪い取ってきたということかも知れません。


2008.5.7    「沈黙から祈りへと流れゆく聖なるもの」に「長崎の天主堂」と以下の文献を加えました。
            「長崎の天主堂 五島列島の教会堂」DVD 有限会社デジタルメディア企画
            「西海の天主堂」「天主堂巡礼」
            「キリシタンの里 沈黙とオランショとサンタマリアと」木下陽一写真集 創思社出版
            「祈りの海」キリシタンの里 木下陽一写真集 日本写真企画
            「海郷の五島」木下陽一著 くもん出版

            長崎・佐世保で生まれた私は3歳のときに奄美に引っ越したため、長崎での記憶は殆ど残って
            いない。自分が生まれた故郷・長崎はどんな所だろうという想いと共に、アッシジの聖フランシス
            コへを通してカトリックにひかれていった当時の私は独身時代、約一週間かけて長崎の天主堂
            を見て回ったことがある。殆ど行き当たりばったりの旅で、時には寝る場所もなく天主堂の前で
            一晩明かしたこともあったが、この旅は私にとって貴重な思い出に満ち溢れている。私の心に
            一番強く残った所は、佐世保にある黒島という島で、迫害を逃れ多くのキリスト教徒が五島列島
            などに逃れてきたが、黒島もその中の一つだ。宿を早朝出て天主堂に向かったが、丁度学校の
            登校時間で小・中学生が道を歩いていた。自分は何ものであるのか、という問いが感動と共に
            発したのはこの時だった。すれ違った小・中学生の全てが見ず知らずの旅人である私に「おはよ
            うございます」と笑顔で挨拶をしたのだ。迫害に耐えた人たちの子孫にも受け継がれていたキリ
            スト教の美徳。この時、何を思ったのか私はもし私が生涯の伴侶を見出した時、絶対二人でこの
            島に来ようと固く誓ったものだった。そして遠くから見る堂々たる天主堂、ミサの時教会に入りき
            れないほど多くの信者。この時からこの黒島の教会は私にとって特別な存在になった。数年後、
            私は好きな人とこの黒島に降り立っていた。この時の思いは散文詩「見果てぬ夢」に書いてい
            ます。彼女と結婚する一ヶ月前、私は横浜・山手教会で洗礼を受けた。霊名は「アッシジの聖フ
            ランシスコ」。新婚旅行で行った所はイタリアで、当時バチカンの法王ヨハネ・パウロ2世に日本
            語を教えていた西山神父さんの案内でバチカンの中を案内してもらった。法王様の祈りの部屋の
            近くにガラスケースがあり、顔半分ひどい拷問の跡が刻まれた首があり、それは最初の殉教者聖
            ステファノのものだった。2000年近く前の遺体が腐敗することなく目の前に置かれている。一般
            の観光客が入れないところまで、西山神父さんは案内してくれた。スイス衛兵に守られた入り口で、
            背後に感じた多くの観光客の視線に、後ろめたい申し訳ない気持ちと、このような光栄に恵まれた
            という複雑な心境で私たちは歩いた。前述した法王様の祈りの部屋や殉教者聖ステファノの遺体
            も公開されてはいない場所にある。その中で一番心が揺り動かされたものは、40畳もある大きな
            部屋の天井に描かれた壁画だった。それは盲人の方が描いたもので、妻の助けを借りて完成させ
            たということを聞かされた時、そして製作中の夫婦の姿を壁画の中に見出した時、信仰と愛情の煌
            く美しさに心を奪われていた。アッシジでも修道院にいた日本人神父の案内で聖フランシスコのゆ
            かりの地を案内してもらった。聖ステファノと同じく700年たった今でも黒く変色しミイラ化している
            ものの腐敗していない聖クララの遺体。聖フランシスコが生まれた家、彼が洗礼を受けた時に使った
            洗礼盤、そして聖フランシスコの語りかけた十字架板絵、修道会発足の豚小屋、シモーヌ・ヴェイユ
            が生まれて初めてひざまずいて祈った小さなポルチウンクラ教会。全ての思い出がまるで昨日のよ
            うに感じられてしまう。黒島・バチカン・アッシジ、何かに導かれたかのような旅をしてきたが、その行
            き着く先が何処なのか今の私にはわからない。何度も書くが、キリスト教と先住民が会い交わる場
            を探しているのかも知れない。私の旅はまだ終わりを迎えられないでいるが、その出発点となったの
            は長崎・佐世保ということだけは確かなのだと思う。


2008.5.3    次の項目を加えました。
            「インディアン・キラー」シャーマン・アレクシー著 金原瑞人訳 東京創元社
            著者のシャーマン・アレクシーは次のように語っています。現代のインディアンが置かれている
            状況が如何に複雑かわかるかと思います。
            「私は保守派よりもリベラルがインディアンの文化と人々により多大なダメージを与えていると
            思う。保守派は我々のことが好きではないし、見下してもいる。だから我々とは交わらない。
            彼らは経済的に我々を痛めつけるが、インディアンになろうとするようなことはあり得ない。
            リベラルは徐々に我々に同化し、文化に入り込み、奪うことによって我々を消し去る。我々は
            そんなふうにして消えてしまうんだ。・・・・たくさんのインディアン作家が(その生活について)
            方位やら大地の恵みやらワシの羽根のようなナンセンスを描いている。我々はそんな生活を
            してはいない。保留地で我々が直面しているのは、ウラニウムの汚染、アルコール中毒、自殺
            なんだ。我々は他の人々と同様に、仕事や食べること、政治腐敗に悩んでいるんだ。他にやる
            こともなく、水晶球をこすっているひまなんかないんだ」(「インディアン・キラー」より引用)


2008.5.1    次の項目を加えました。
            「インディアンは笑う」あなたの厳しい現実もひっくり返す、ネイティブ・アメリカンの聖なるジョーク!
            北山耕平編 中央公論新社
            「アメリカ・インディアン 笑って生きる知恵」エリコ・ロウ著 PHP文庫


2008.4.29   次の項目を加えました。
            「夜明けへの道」はじまりの500年に寄せて アメリカ先住民は語る スタジオ・リーフ刊行
            この文献はコロンブスのアメリカ大陸上陸を、インディアンや中南米の先住民がどのように
            感じているのか、その証言を集めた貴重な文献だと思います。コロンブスが発見したのは、
            インディアンが住む大陸だったのですが、当時の白人は未開の野蛮人は人間とは思って
            おらず、そのため侵略と殺戮の傷を先住民と大地に残しつづけることになります。先住民に
            とってコロンブスはガン細胞と同じ意味を持つと思います。増殖しつづけるこの細胞は、どん
            な健康な肉体でも死に追いやり、残された者は血と涙と喪失感に染まった大地に生きてい
            かなければなりません。「新大陸発見」何が「発見」なのでしょう。白人にとっては発見で
            あっても、そこに生きて生活していた人びとにとっては殺戮の嵐の第一歩がコロンブスに
            よってもたらされたと感じていると思います。この文献には、インディアンや中南米の先住民、
            アイヌの人たちの声も紹介されています。

            桑島法子のイーハトーヴ朗読紀行 宮澤賢治「銀河鉄道の夜」「春と修羅」 DVD
            『機動戦士ガンダムSEED』『犬夜叉』などで活躍する人気アイドル声優・桑島法子が、賢治
            の「銀河鉄道の夜」を朗読するDVDです。
            花巻そして賢治ゆかりの地の映像を見ながら朗読される「銀河鉄道の夜」。これは桑島法子
            さんの声優としての実力と共に、賢治に対する熱い想いが根底にあるが故にこれほど人の心
            を打つのでしょうね。映画やCGとは違い、賢治が生きて見た風景を自分の心の中で想像しな
            がら「銀河鉄道の夜」を聴くことが出来るこの作品は、傑作と言っても過言ではないと思います。


2008.4.27   次の項目を書き加えました。
            「オローニの日々」サンフランシスコ先住民のくらしと足跡
            冨岡多恵子訳 マルコム・マーゴリン著 マイケル・ハーニー絵 スタジオ・リーフ
            「アメリカ・インディアン史 第3版」W・T・ヘーガン著 
            西村頼男・野田研一・島川雅史訳 北海道大学図書刊行会


2008.4.24   次の項目を加えました。
            「ネイティブ・アメリカンの世界」歴史を糧に未来を拓くアメリカインディアン 青柳清孝著 古今書院


2008.4.22   次の項目を加えました。
            「大地の声 アメリカ先住民の知恵のことば」阿部珠理著 大修館書店
            「ホピの太陽の下へ 女三人、アリゾナを行く」羽倉玖美子 著 辰巳玲子 協力 野草社

            「ハブの棲む島」伝説のハブ捕り名人と奄美の森の物語 西野嘉憲著 ポプラ社
            ハブというと毒蛇で有名ですが、沖縄の民話の中では、ハブは怖がられるだけではなく、神の
            使いとして敬われる場合もありました。また、ハブは人に見られないで長生きすると、天に昇って
            龍になるという話が沖縄の各地に伝えられています。またインディアンのホピ族の祭儀の中で、
            祭儀の前に毒蛇を集め、一つの部屋で長老を含め幾人かの人が毒蛇と共に過ごし、祭儀の後、
            また大地に返すというものがあります。キリスト教では蛇は人間を誘惑する象徴として描かれる
            ことが多いですが、先住民族の間では、森を守る存在、脱皮をするなど再生のシンボルとして
            捉えられているんですね。
            『「ユタ」の黄金言葉』沖縄・奄美のシャーマンがおろす神の声 西村仁美著 東邦出版を読み
            ましたが、この不思議な現象をどのように理解するのか、あるいは感じるのか、まだ自分の中で
            整理がついていません。しばらく時間がかかりそうですが、詳細は後日書きたいと思います。


2008.4.17   次の項目を加筆しました。
            「ラコタとナバホに恋をして」塩浦信太郎・舟木卓也・ぬくみちほ 著 ぬくみちほ 写真 めるくまーる
            「ヘヤー・インディアンとその世界」原ひろ子著 平凡社
            「アメリカ先住民の宗教」P・R・ハーツ著 西本あづさ訳 青土社


2008.4.14   KAGAYAの「銀河鉄道の夜」というDVDを見ました。普通この作品はプラネタリウムの丸い球体に
            映し出す(全天周映画)ものですが、DVDを通して一般家庭でも見ることができるようになりました。
            プラネタリウムのドームで全天周映画を最初に見たのが「ザイオン・キャニオン 神々の宝」というも
            ので、物語のしっかりとした構成もそうですが、まるで自分が実際に空を飛んでいるという錯覚に
            陥ったものです。このKAGAYAの「銀河鉄道の夜」も全国各地のプラネタリウムのある科学館など
            で現在も上映されているので私も見に行くつもりでいます。テレビで見るのと全天周映画で見るのは
            やはり臨場感と迫力が違うからです。それにこの「銀河鉄道の夜」の特筆すべきは、その美しさに
            あります。宮沢賢治が遺したこの幻想的な物語、その雰囲気をそのまま映像にしたと言ってもいい
            作品だと思います。

            宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に関してですが、絵本では影絵を使って表現した「銀河鉄道の夜」
            私自身大好きなものの一つです。藤城清治さんが創りだす光と影を利用した独特な感性に魅入っ
            てしまったものです。この絵本は現在では52版を重ねるほどになっています。私自身、宮沢賢治が
            この「銀河鉄道の夜」を構想しながら歩いた道を辿ったことがあります。現在でも人家はそうない
            道で、賢治が生きていた頃は人工的な明かりなど全くなかったでしょうね。賢治は朝方に帰って
            きたといいますから、きっと長い時間大地に身体を横たえ、じっと銀河(天の川)を見ていたのでしょ
            う。私のこの時の旅の思い出を基に「遥かなる銀河」という散文詩にしたことがあります。

            影絵、光と影に少し関係するのですが、最近私は小さなガラスにろうそく(キャンドル)を入れじっと
            見ています。部屋の空気の流れに小さく揺れる炎、まるで生き物のように変化するその姿を見ると
            心が、何か太古の世界に引き戻されるかのようです。小さいときから焚き火の火とか大好きでした
            が、ろうそくの光も何か神秘的な、根源的なものを呼び起させてくれるかのようです。

           もう10年近く前ですが、NHKでパブロ・アマリンゴというペルーに住むシャーマン(呪術師)を特集した
           番組があり感銘を受けたものです。このパブロ・アマリンゴが書いた「アマゾンの呪術師」という本は、
           パブロ・アマリンゴ自身が、人間、宇宙、精霊について平易な言葉で語り、謙虚に語るその言葉には、
           人々のために誠実に生きたシャーマンとしての義務と責任が横たわっています。
           パブロ・アマリンゴはこの本の中の「脳の神秘」という項目の中で、ろうそくを使って脳をきれいに
           する方法を教えています。


2008.4.9    次の項目を加筆しました。
            「雨の匂いのする沙漠」G・P・ナブハン著 小梨直訳 白水社
            「アメリカ先住民のすまい」L・H・モーガン著 古代社会研究会訳 上田篤監修 岩波文庫

            この「アメリカ先住民のすまい」を書いたモーガンの著書「古代社会」が、マルクス、エンゲルス
            の共産主義者たちのバイブルになったこと、またそれより時代は遡るがジャン=ジャック・ルソー
            が1755年に「人間不平等起源論」を出し、フランス革命へとつながっていくことなど、インディアン
            の生活様式、政治形態が西欧文明に与えた影響ははかりしれないものがある。
            共産主義に関しては、哲学者、梅原猛さんは「それが憎悪から生まれたものであるがゆえ、決して
            長続きはしない」と言っているが、ブルジョア階級への憎しみへの理論的武装としてこのモーガン
            の「古代社会」は利用されたのかもしれない。事実その後のスターリンに見られる共産主義者の
            闇の部分、憎しみが増幅されていった歴史は、模範としたインディアンのものとは全く違う世界へ
            突き進んだ。外見だけを真似することの危険性、インディアンの本質を見抜く努力もせず、ただ単
            に自己流に解釈し利用し続けた人々がもたらしたもの、もたらすもの。それは過去のものではなく、
            今でも生きつづけていると思う。


2008.4.8    次の項目を加筆しました。
            「この大地、わが大地」アメリカ・インディアン抵抗史 J・コスター著
            清水和久訳 三一書房 1977年発行
            「イーグルに訊け」天外伺朗 衛藤信之著 飛鳥新社
            この「イーグルに訊け」は読んではおりませんが、付録のCDにはラコタ族に属するアリカラ族の
            末裔のマリリン・ヤングバードさんの美しい「祈り」の言葉が記録されています。心が洗われるよ
            うな美しい祈りのCDです。私自身いつでも聞けるようにパソコンの中に取り入れています。

            本当にいろいろな本を読みたいのですが、時間的な制約があり、またしばらく将来に対して落ち
            込んでいた時期もありで中々読むことが出来ませんでした。これからはまた少しずつながら
            いろいろな本を読みたいと思っています。ただ、最近感じるのは、本を通して身についたことは
            そう多くないのかなとも思っています。肝心なのは自分自身の心をどこに置き、目指す方角に
            向けて自分の目・視点を持っていくかということ。それは自分自身を成長させ、そして強くすること
            だと感じています。大地にしっかりと根をおろした生き方、考え方をしていきたいものです。


2008.4.7    次の項目を加筆しました。
            「森林インディアン イロクォイ族の闘い」エドマンド・ウィルソン著 村山優子訳 思索社
            「アリストテレスとアメリカ・インディアン」L・ハンケ著 岩波新書
            「アメリカ先住民の貢献」ジャック・M・ウェザーフォード著 小池佑二訳 パピルス


2008.4.4    「ナショナル ジオグラフィック傑作写真ベスト100」を紹介します。
            既に多くの方がご存知かと思いますが、ナショナル・ジオグラフィックという114年の長い
            歴史を持つ雑誌。その掲載された数多くの写真の中から傑作を100枚選んだベスト版で
            あります。人間、動物、自然、魚、あるいは海底で見つかったタイタニックなど、写真が
            見つめた対象物の奥行きの深さは、心に突き刺さり、沈黙の中で何かが声を発して私に
            語りかけているという錯覚に陥ります。そしてそれは私自身もまた、ここに生きていると
            いうことを実感させてくれるものです。私が最初に「ナショナル ジオグラフィック」の写真
            に触れたのが「ザ ワイルドライフ」でした。必死に生きている、生き抜こうとしている姿
            がこの写真集からにじみ出てくるのを感じました。この「ザ ワイルドライフ」より少し写真
            が小さくなりますが、「ナショナル ジオグラフィック傑作写真ベスト100 ワイルドライフ」
            も素晴らしいです。また動物の親子に焦点を当てた「動物の親子」という心温まる写真集
            が同じジオグラフィック社から出ています。
            先ほども書きましたが、これらの動物の写真を見ると、毎日毎日、一瞬一瞬を生きている、
            生き延びようとしているという実に単純なこと、その単純なことが自分は成されていない
            ということを強く感じるのです。これは前に紹介したコエン・エルカさんの「生き物として、
            忘れてはいけないこと」の中でも語られおり、強く心に刻まれた言葉でした。

            「ホピ銀細工」を加筆しました。
            日本にも数多くのインディアン関連の装身具、装飾品が売られていますが、この本に紹介
            されているのは有名なホピ銀細工に関する刻印の資料です。ホピに限らず現在多くの
            部族が装身具を作っていますが、その裏面には作者の刻印がある場合が多いと思います。
            日本でも数多く出回っている模造品を見分けるためにも、このような刻印と作者名を収集
            した文献は貴重なものだと思います。


2008.4.2    以下の項目を書き足しました。
            「アメリカ・インディアンの神話 ナバホの創世物語」ポール・G・ゾルブロッド著
            金関寿夫・迫村裕子訳 大修館書店
            「北米先住民ホティノンションーニ イロクォイ 神話の研究」木村武史著 大学教育出版
            「自然の教科書」スタン・パディラ編・画 北山耕平訳 マーブルトロン
            「バナナとりんご」アメリカ・サウスダコタ体験記 デイ 多佳子著 五月書房
            「パワー・オブ・ストーン 石の力と力の石」北山耕平著 築地出版社
            「太ったインディアンの警告」エリコ・ロウ 著 生活人新書
            「ジャンピング・マウス」ヘェメヨースツストーム他 述・著 北山耕平 解題と再話 太田出版


2008.4.1    「図説 世界の先住民族」ジュリアン・バージャー著 綾部恒雄・監修 明石書店
            「アメリカ・インディアンの聖なる大地の教え」 ジェミー・サムズ著 エリコ・ロウ訳 扶桑社
            の項目を書き足しました。

            今年の1月17日、チェスの元世界チャンピオン、ボビー・フィッシャー氏がアイスランドで
            死去した。私にとってフィッシャーはチェスの英雄であった。たった一人の力で、ソビエト
            という国家を相手に戦ったからである。それまでチェスのチャンピオンというとソビエトが
            独占していた。それは小学校の日常の科目にチェスがあったことでも、ソビエトがいかに
            チェスに力を注いでいたか理解できると思う。そして才能ある子供をチェスの英才教育を
            する特殊な学校へと送り込んだ。

            一方、フィッシャーは何の後ろ盾もなく、独学で自身のチェスを最高のものにしていった。
            チェスの最高の文献や分析を読むため、独学でロシア語を勉強し、人生そのものをチェス
            と同化させていった。ドイツ人の父、ユダヤ人の母を持つフィッシャーは両親の離婚などを
            経験し14歳という若さで全米チャンピオンになる。日本流で言うと中学2年生が日本一
            になるなんて囲碁・将棋の長い歴史を見てもあり得ない話である。まして世界中に数億
            人のファンがいるチェスと、アジアの一部の地域でしか広がっていない囲碁・将棋の競技
            人口を考えると、その進化のスピード、頂上の高さは遥かにチェスのほうが速く険しいと
            思う(勿論、だからと言ってチェスが一番優れた盤上ゲームとは言ってはいない)。
            世界チャンピオンになってからのフィッシャーは孤独だった。ひたすら自身のチェスに磨き
            をかけるため再び姿を消した。そして20年後に復活し、かつて世界チャンピオンだった
            スパスキー(ソビエトからフランスに国籍を代える)との対戦。

            スパスキーも私は敬服しているのだが、かつてソビエトがプラハに侵攻したとき、当時
            ソビエト代表としてチェスの国際大会に参加していたスパスキーは黒の腕章をつけて国家
            に抗議したのである。当時のソビエトの体制を考えるとき、このスパスキーがとった行動
            はソビエト国家への危険な背信行為であった。この時、多くの世界中のチェスファンが
            スパスキーの勇気と高潔さに心打たれたに違いない。

            少し長くなりすぎたのでこれで終わりにしますが、その後、フィッシャーはユダヤ人虐殺
            について、存在しなかったと言っています。自分自身にユダヤ人の血が流れていること
            を知っていながら、このような暴言を吐くことになります。このところは推測でしかありま
            せんのでここで言うのはやめますが、彼を知る人はフィッシャーほど誠実で嘘が嫌いな
            人はいないと言います。64というチェスの枡と同じ数で亡くなったフィッシャー、将棋の
            羽生さんはフィッシャーのことを「僕にとってはモーツァルトのような存在」と言っていま
            すが、ホロコースト(ユダヤ人虐殺)の言動を別にするなら、私にとってもチェスの偉大
            な伝説となった人なのです。


2008.3.31   「奄美 神々とともに暮らす島」という写真集を紹介します。
            奄美の美しい自然と、そこに生き、祈る人々を撮った素晴らしい写真集です。写真も
            素晴らしいのですが、序文にある「奄美・・・現代と古代が同居する“すべてが美しい島”」
            を書いた小林照幸さんの言葉がまた比類なき輝きを湛えています。この言葉を読んで
            改めてこの写真の数々を見ると、よりその深みが肌を通して理解できるのではないで
            しょうか。少し長くなりますが、この小林さんの文を掲載しましたのでお読みくだされば
            幸いです。私の父は船乗りでしたので、ユタが真剣に海に祈りを捧げている姿が心に
            残ります。この奄美で幼少の頃を過ごした大ばか者の私は、本当は幸せ者かもしれま
            せん。多くの人にこの写真を、そして言葉を見て読んでもらいたいです。


2008.3.29   「奪われた大陸」ロナルド・ライト著 香山千加子訳 植田覺監修 NTT出版
            古本屋さんで購入した本ですが、読む機会がなくずっと本棚にしまっていたものです。
            今日久しぶりに手にとって中身を見ると、これは読まなければと思いました。この本で
            は、南北両アメリカ大陸のアテスカ、マヤ、インカ、チェロキー、イロコイの五民族を取り
            上げ、勝者から見た歴史ではなく、先住民から見た歴史を彼らの言葉をちりばめながら
            再構築しています。

            「変貌する大地」ウィリアム・クロノン著 佐野敏行 藤田真理子訳 勁草書房
            のページを書き足しました。


2008.3.28   先日書いた奄美のことですが、昨日「奄美 二十世紀の記録」という本を読みました。
            自然や風景ではなく、奄美に生きる人びとを40年にわたって記録してきた写真集です。
            ユタと呼ばれるシャーマン(女性が圧倒的に多い)の写真をはじめ奄美の海や畑、そして
            祭りなどの場面での人びとの素顔を撮っています。中でも私自身とても嬉しかったのが
            1962年に撮られたサトウキビを食べる幼い姉妹の写真です。懐かしかったですね。
            私も1962年当時奄美におり、やはり幼かったですが、このようにサトウキビにかぶりつい
            ていました。
            奄美・沖縄にいるユタというシャーマンのことはまた後日書きたいと思いますが、これは
            世襲制とかいうものではなく、神がその能力を与えるんですね。選ばれた人はきっと
            光栄なことだと嬉しがると思っていたのですが、実際はなんとかその役目から逃げたい
            と思うことが多いようです。きっと身近にユタがどんなに大変かということを肌を通して
            感じていたからでしょうね。
            何か今は自分の幼少期の記憶を蘇らせることに集中したいと感じています。

            話は変わりますが、アメリカ・インディアンの文献は膨大な量にのぼりその全てを読む
            ことは出来ません。ただ本のはしがき、あとがきに書いてある著者の言葉は、その本が
            どのような内容であるのか端的に知ることができると思います。最初は「インディアンの
            歴史と現在を知る文献」から書き足していきますが、書き足したものはここで紹介します。
            「ネイティヴ・アメリカンの文学」西村頼男・喜納育枝 編著 ミネルヴァ書房
            「ウインター・カウント スー族の酋長が記したアメリカ・インディアンの歴史」D・チーフ・イーグル著
            「アメリカ先住民ウエスタン・ショショニの歴史」スティーブン・J・クラム著 斎藤省三訳 明石書店


2008.3.24   アメリカ・インディアンの言葉を集めた本を紹介します。
            「ネイティブ・アメリカンの364のことわざが示す今日を生きる指針」北山耕平訳と編纂 中央公論新社
            「ネイティブ・アメリカンの こころが よろこぶ ことば」しおうら しんたろう(塩浦信太郎)著 東京書籍
            「アメリカインディアン 聖なる言葉」ロバート・ブラックウルフ・ジョーンズ+ジーナ・ジョーンズ著
            加藤諦三 訳・解説

            北山さんの本は月の暦に合わせて、364のインディアンの言葉を日めくりのように掲載した文献で、塩浦
            さんの本は、インディアンの言葉を紹介しながら著者自身が感じたことを書かれています。加藤さんが訳
            された「聖なる言葉」ですが、インディアンの癒しの技術を取り入れたサイコセラピーが土台にある本です。

            最近強く感じるのですが、自分自身が育った奄美について、その精神文化をもっと深く知りたいという
            気持ちが強くなっています。私の奄美の思い出と言えば、さとうきび、赤いソテツの実、青い海、猛毒を
            もつ蛇のハブ、バナナ、カトリック幼稚園など断片的に浮かんできます。子どもながらに自然の恵みという
            ものをなんとなく感じていた時期でもあり、宗教に初めて触れた時期でもありました。今こうして先住民と
            呼ばれる人たちの視点に共感するのは、奄美の懐で生きてきたからだと言っても過言ではないのかも
            知れません。しかし今までの私は、自分が生きてきた奄美のことをただ思い出の中にだけにしまっていた
            ように思います。


2008.3.21  「ネイティブ・アメリカンの教え」を掲載しました。カーティスの有名な写真を取り入れながら、各部族の
            美しい言葉を載せています。


2008.3.20  「アメリカン・インディアンの歌」を紹介します。この文献の偉大さは三つあります。一つは1918年に発行
            された本であるということ(1892年のインディアン虐殺から26年後)、もう一つはこれがアメリカ文学界に
            影響を与えた点。最後に一番重要なのだが、アメリカへの抵抗運動が姿を消した当時、彼らインディアンが
            何を思い、戦い、祈りながら生きていたかということを垣間見ることが出来る点であるかと思います。
            文字を持たないインディアンの口承文学(詩や儀式の歌、昔話)を収集するため、インディアンの言語に
            堪能な複数の人間によってなされた画期的な文献でありますし、数多くのインディアンの文献の中でも
            最も重要な位置に占める文献の一つであることに疑いの余地はないと思います。


2008.3.19  「ネイティブアメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」北山耕平著。北山さんが探し続けている日本人いや
           縄文人としてのルーツ、その想いがこの本に書かれています。この本の中で失われた物語という言葉を
           使っていますが、ユング心理学者の河合隼雄さんも「失われた神話」という言葉を使ってルーツを取り戻す
           ことの必要性を説いています。ただ感じたのですが、私が幼少のころ育った奄美大島とか沖縄、そして
           アイヌの人たちが持っていた視点はインディアンと同じものだということも忘れてほしくないとは思います。
           縄文時代に遡るまでもなく、先住民族が共有していた視点は今でもこれら日本の地に受け継がれていると
           思うからです。しかし北山さんの言うように近代文明によって着実にそれらの目が滅ぼされようとしているの
           も事実だと思います。その意味で「自分は何者であるか」という北山さんの問いかけを、自分自身も含めて
           問い直す時期にきていると感じさせられました。


2008.3 17  「大事なことはインディアンに学べ」。日本にインディアンの文化や、その視点を紹介し続けている北山
           耕平さんによる新しいインディアンの本を紹介します。「レイム・ディア」のヴィジョン・クエスト、「インディ
           アンに残された予言の解説」など興味ある記事が掲載されております。また初めてインディアンの文化に触
           れる方のために写真など豊富に用いて読みやすくしており、インディアンの言葉や文献、映画なども紹介
           されています。この出版社であるワールド・フォトプレスはこれまでにも、以下の質がとても高いインディアン
           特集の本(雑誌)を出し続けています。
           「インディアンの生き方」
           「インディアンの声を聞け」
           「インディアンの生き方を学ぶ」
           「インディアンの魂とアートにふれる旅」
           「インディアン・ジュエリー」
           「ドリーム・キャッチャー」
           「インディアン・クラフト・ブック」


2008.3.12 「生き物として、忘れてはいけないこと 次代へ贈るメッセージ」を紹介します。数多くのインディアンの
           文献の中で、心に最も響いた本の中の一冊「鷲の羽衣の女」を書いた方がコエン・エルカさんです。
           その彼女が次の世代を担う子どもたちへ書いた本がこの「生き物として、忘れてはいけないこと」です。
           子どもたちが感じる素朴な疑問に対して強く揺るぎない視点で、そして何より実直な飾らない言葉は
           胸を打ちました。実際彼女はとても真っ直ぐで着飾ることをしません。恐らく絶版になったかと思いますが、
           多くの人に紹介できないのが残念です。私自身最近この本の存在を知り、サンマーク出版に直接申し
           込みをしました。それがもう注文出来ないとは悲しい限りです。彼女はアメリカ在住のころ、狼に誘われ
           彼ら狼と話をし、破ってはいけない約束を交わしました。その約束をコエン・エルカさんはこの日本の地で
           も忘れず動物保護などの運動をされているのです。


           長い間、更新をしないで申し訳ありません。これから少しずつ書き足していこうと思っています。


           リンクしてくださった方を紹介します。

           「島国魂生」、日々の生活の中で感じたものを全く飾らず率直に書いておられますが、
           その端々に彼女が希求してやまない崇高な目的を感じることがあります。前述したコエン・
           エルカさんのような着飾らないその言葉に、時に笑い、時に共に悲しくなったりすることが
           あります。私のような出来の悪い人間は文章を綺麗に書こうとか考えますが、そこにはその
           人間の叫びとか聞こえてこないのかも知れません。


2006.2.21 次の方たちがリンクしてくださいました。ありがとうございました。

          本・物・嗜・好「徒然なるままに絵本と本のあらすじ紹介」・・・・絵本を愛するお母さんが多くの絵本を紹介している
          ブログですが、その絵本の多さに驚かされました。それぞれの絵本の表紙、あらすじや感想が書かれているので、
          子供たちのために自分のために絵本を買いたいと思っている方にはとても参考になるかと思います。私自身絵本
          が好きなのでこのようなブログに出会ったことを感謝しています。絵本は子供が読むためだけのものではなく、昔
          子供だった大人にとっても、今の自分が形成されてきたゆりかごの時代の視点でもう一度いろいろなことを見て
          みるきっかけを絵本が与えてくれるように思えてなりません。

          脱・され妻日記 【私の夫はエロ大魔神】「夫の浮気を切欠に、いかに成長し、前向きな人生を歩む事が出きるか? 
          ◆ 真面目に哲学してみたり、たまにエロに走ったり、気ままに書いています  ◆  脱皮するされ妻の日記=脱され
          妻日記。よろしくお願いします」・・・・このブログは性や人生のことを飾ることなく、自分の心に正直に過去に体験した
          こと、そして現在進行形のことが書かれています。性は、いろいろな面を持ち合わせており、決して一つの表情を見せ
          ることはないかも知れません。それ故に性に関して悩んだときなど、人にどう話していいのか戸惑うことも事実なのだ
          と思います。性に限らず私たちが悩みに遭った時、同じような体験者の言葉がもっとも心に響くときがあります。
          このブログは性の悩みに、そしてそれをどう自分は捉えていけばいいのかという、考えるヒント・視点を与えてくれる
          のではないでしょうか。


2006.1.9  1月8日のフジTVの細木数子の番組を見ていて無性に腹が立って仕方なかった。現在では歯に衣を着せぬ発言で
          視聴率をとる代表的な人物だろう。ただ昨日の番組の中で、子供が発した質問「どうして人は死ぬのか?」に対して
          「人は足の下で神様とつながって生きている。神様からエネルギーをもらっているから生きられる。悪い心を持つと
          そのエネルギーが切れて死ぬことになる。殺されたり、事故や病気で死ぬ子も、悪い心を持ったから死んじゃった。」
          と答えていた。

          恐らく彼女は随分前から子供を失った人の痛み、身近な人を失った人の痛み、虐待で亡くなった小さな子供たちの
          叫びなど人の痛みなど全く無関心に生きてきたのだろうと感じてならなかった。人の痛みに共感などしない冷酷な
          人間性をもった彼女が、人に生きるべき道を諭している。「地獄へ堕ちるわよ」と彼女は良く言う。しかしもしその地獄
          があるとすれば、恐らく彼女にもその門が開かれているだろうと感じてならなかった。
          そして無関心族の一人である私にもその門は開かれているのだろう。

          また先の選挙で、細木数子が自民党の応援演説で「自民党に入れること。いいわね。入れないと、交通事故に遭う
          わよ」と報じたニュースを思い出すと、細木と小泉には共通する闇で繋がっているような気さえしてならない。


2005.12.9 今年ももう来年の準備をしながら日々を過ごす日々が来ている。でも私自身の気持ちは新しい年に向かっての
          希望はなくなっている。小泉・竹中が推し進めるアメリカ的な弱肉強食が加速度的に横行し、マスコミの多くも
          その危険性に警鐘を鳴らすどころか積極的に支持してしまった。マスコミは日本の将来に思いを馳せることなく、
          そして日本国民もファッション化した政治に目を奪われ続けている。恐らくというか間違いなくこのまま小泉・竹中
          が推し進める改革によって、貧富の格差による社会不安、犯罪の増加、地方の過疎化など多くの不安を日本は
          抱え込むだろう。国民の多くが最も身近に感じていた年金の不安の問題を隅に追いやり、郵政民営化だけの賛否
          を焦点とした小泉・竹中の手法、たった一つの意見の違いだけで相手を抹殺する手法など、小泉には人間性のか
          けらも見られない。そしてそれを良しとした日本人の国民性の問題。確かにどのような時代においても、どのような
          国においても強いリーダーシップある人間を求めるのは当然のことかも知れない。しかしそこに弱者にも目を向ける
          暖かい人間性が伴っていなければ、それは危険な道を踏み出す一歩になるのではないだろうか。
          今の私にとって希望はもうなくなりつつある。


2005.8.26  新しくこのサイトをリンクしてくださった方を紹介します。




「WAOは、宇宙本源の愛による地球創生と、恒久平和を
目指して活動するシン クロ・ネットワーク機構です。」

「風のとおり道」

北海道に住んでおられる主婦の方のページですが、その
みずみずしい感性から生まれる詩や言葉には教えられる
ことが実に多いです。


以下の文献を掲載しました。

「ポッツヌが生きた世界」ジーン・シューツ&ジル・メリック著 飯野朝世訳 めるくまーる

「インディアンは手で話す」ウィリアム・トムキンズ著 渡辺義彦 編著 径書房


2005.6.8  この一年間更新することが出来ませんでしたが、これから少しずつまた書いていこうと思っています。またお詫びしな
          ければいけないのですが、随分前からスパムメール(迷惑メール)が非常に多くなり、電子メールを設定しているうち
          に今までのメールが全て消失し、最近になってメールを下さった方のアドレスがわからずご返事を出すことが出来なく
          なってしまいました。特に宇宙のページを紹介して下さった方、人生のところでリンクしてくださった方、お礼のご返事が
          差し上げられず本当に申し訳ありません。そして心より感謝しております。
          昨日からメールソフトを迷惑メール対策として「Thunderbird」を導入しました。フリーのソフトでありながら使い勝手がと
          ても良く重宝しそうです。ソースコードなど公開されていてる姿勢は素晴らしいですね。


2004.7.12 「輝く星」ホピ・インディアンの少年の物語、「大地の手のなかで」アメリカ先住民文学を掲載しました。


2004.5.19 現在上映中の映画「オーシャン・オブ・ファイヤー」(原題ヒダルゴ)は未だ見ておりませんが、主人公はインディアン
          の血を持ち、1890年12月に実際に起こったウンデッド・ニーの虐殺事件から物語が始まります。テレビなどの宣伝
          から受けるイメージ(アクション映画)と全く違うもののようです。この情報はこの映画を正しく伝えようとしておられる
          田中淳子さんからいただきました。詳しくは田中さんのホームページを見ていただけたらと思います。また田中さんは
          この映画の紹介のところで私のサイトをリンクしてくださいました。本当にありがとうございます。


2004.5.14 高橋由紀子作品展「かたち・きもち・いのち」が京都で開催されます。高橋さん独特の視点によって映し出された
          その写真は心に残ると思います。今回の作品展は杜を訪ね、五感を通して木を体験する企画も含まれておりま
          す。詳しくは高橋さんのホームページをご覧になられていただけたらと思います。尚、高橋さんは以前リンクして
          下さった方で書道家でもあります。

          アッシジの聖フランシスコの生涯を描いた名画「ブラザー・サン シスター・ムーン」のDVDが6月25日に発売さ
          れます。聖フランシスコを描いた映画は幾つかあるのですが、この映画を超えるものは今後とも出ないのではな
          いかと思われます。この映画を通して、人間は勿論のこと、あらゆる生き物に神の息吹を感じた彼の生涯に触れ
          てくださればと思います。


2004.5.5 「聖なる言の葉」という文献が出版されています。3月に紹介した「自然の教科書」の姉妹編と呼べるもので、
         亜北極圏のアリュートからインディアン、中米のマヤにいたる、人々の祈りの言葉を集めたものです。これら
         の言葉は「一族」「祈る」「感謝を」「自然への祈り」「季節」「朝」「造物主とスピリットたち」「家族」「祝福」「宇宙
         との対話」「責任」の項目に分けられ、序文には「過去と現在と未来のネイティブの女性たちへ愛と尊敬と良き
         精神とともに本書を捧げます」と書かれています。

         「サイレントルーツ」と「Harmony Producer」の二つのサイトがリンクして下さいました。「サイレントルーツ」は、
         世界の伝承・占いとヒーリング、アロマテラピー・イベント企画、ネイティヴフルート・ヒーリングクリスタル販売
         をされているところで、作者はアメリカ・インディアン・チェロキー族Earth Thunderの弟子であります。
         「Harmony Producer」は、最近ホピの預言などインディアンに関心を持たれた方のサイトです。リンクしてくだ
         さり本当にありがとうございます。


2004.3.28 この半年間更新できませんでしたが、この間にも様々な先住民に関する文献が出版されました。
          その全てを網羅することは出来ませんが、少しずつ読んで紹介していきたいと思っています。また
          既に絶版となった文献も幾つかあり感想なりをいつか書いてみたいです。

「ホワイト・バッファローの教え」チーフ・アーボル・ルッキングホース著 ハービー・アーデン、ポーラ・ホーン編集 本出みさ訳 スタジオ・リーフ

「アメリカ先住民の宗教」P・R・ハーツ著 西本あづさ訳 青土社

「イーグルに訊け」天外伺朗 衛藤信之著 飛鳥新社

「自然の教科書」スタン・パディラ編・画 北山耕平訳 マーブルトロン

「変貌する大地」ウィリアム・クロノン著 佐野敏行 藤田真理子訳 勁草書房

「オローニの日々」冨岡多恵子訳 マルコム・マーゴリン著 マイケル・ハーニー絵 スタジオ・リーフ

「白いインディアン」ジェイムズ・ヒューストン著 工藤政司訳 株式会社サンリオ

「生命の大地」アボリジニ文化とエコロジー デボラ・B・ローズ著 保苅実訳 平凡社

「ラコタとナバホに恋をして」塩浦信太郎・舟木卓也・ぬくみちほ 著 ぬくみちほ 写真 めるくまーる

「アメリカ・インディアンの知恵」エリコ・ロウ著 PHP研究所


2004.3.20  長い間このホームページを更新できなく申し訳ありませんでした。いろいろ疲れていた時期でしたが、
           これから少しずつ加筆していこうと思っていますので温かく見守ってくだされば幸いです。







神を待ちのぞむ

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